第277話 衣装合わせ
「では、これからの事だな。」
そこで改めて公爵から明日の予定が伝えられる。
「移動については先ほど説明したはずだが、その後は離宮を使い陛下にお目通りを願う事になる。」
「そこまで私的な場が用意されますか。」
「メイ伯爵子女にしても、流石にな。その方らにしても謁見の作法を全て半日で覚えよ、そう言われても困ろう。」
「それは、流石に。」
過去の記憶が正しければ、そもそも身分や立場によってどの程度まで近寄っても良いのか、それすらも違ったはずだ。目印とすべき何かは配置されるではあろうが、そういった実に細々したことまでとなると、練習の機会が無ければ不安もある。
今回はいくつかの立場が混在するという理由もあるが、メイ、それこそ教育をきっちりと受け、公爵家の侍女の立場を得られるほどの人物ですらこなせぬと、そう判断が下されるのだから。
「なんにせよ、一度褒美といった話は出るが、それについてはリース伯爵へとなる。」
それについては、正直ありがたい。
最初からそれができないのは、まぁ、今回ばかりは実際に誰が得た物か、それが問題になるからなのだが。
「ご迷惑を。」
「良いよ。それこそ我らの役目でもある故な。
つまり、明日の夜、その場だけを凌げれば、後の事はこちらである程度制御しよう。
すまぬが数回は機会がある。特に王太子殿下より確実に一度は招かれる。」
ようやく得た子供、その不安が解消できるのだ。
それに対して礼を言うのは、人の親として当然の心の動きではあるだろう。
「なるべく、気安い席であるのなら、そう思わずにはいられませんが。」
「何、無体はせぬよ。それでも晩餐とはなるだろうが。茶会では耳目も増える。」
「畏まりました。並々ならぬご配慮を頂いていることに、まずは感謝を。」
「次に神殿への訪問だが、少々急かすこととなる。」
「成程。お披露目が早くなりますか。周囲の移動が間に合うとは思えませんが。」
「まずは民に、そうなるだろう。」
つまり、民衆が、この広すぎる王都の民衆がお祭り騒ぎを始め、神殿が混み合う前に観光を済ませろとそういう事であるらしい。
「それでは、日取りはお決め頂けますよう。」
「確か、シグルドであったな、その者たちは。」
「その、俺らも。」
突然話を振られたシグルドがぎこちなく返事を返す。
さて、行きたいと考えてはいるだろうが、直ぐに返事があるという事は、司教からの頼まれごともあるのだろう。
「ふむ。相分かった。その方らの分も準備しておこう。一緒でよいのか。」
「はい。」
やはり入るには許可がいるらしいが、まぁそれについてはこれで問題は解消できた。
ロザリアの言葉では、神殿に入るためには越えねばならぬ門がある、そのような事ではあったが、さて。
外から眺めるだけでも良し。こうして用事があるのだからそれに対応するための別の窓口とて用意はされているだろう。
「王都への滞在はリース伯爵の別邸を利用するがよい。今後の予定については、そうだな、また人を付ける故そのものに伝えてくれ。」
「こちらでも護衛を頼もうかと。」
「ふむ。こちらで手配しても良いが、まぁ慣れた顔がよかろう。ここまでの道中の者たちから数人、側に付けて置く。」
そうして一先ずの準備が終われば次は、そのための用意となる。
一応衣装はそれこそ公爵によって用意されたものを持ってきてはいるが、少年たちはそうもいかない。
屋敷に置いてきた子供たちは、まぁ、未だに疲れているだろうから今日もゆっくり休んでいる事だろう。
あの子供たちには、立て続けに酷な移動が重なってしまったものだが。
「オユキちゃん、かわいいよ。」
「皆さんもよく似合っていますよ。」
今回は少女達も王の前に出る、そのための衣装として今は新しく仕立てる時間は無い。メイのお古に手を入れる形で対応をという事になった。
各々柔らかく明るい色合いの、何とも子供らしいと言えばいいのか、普段の少々くたびれた物では無く、きちんと手入れをされていると分かる衣装に身を包んでいる。
オユキとしては、やたらと広がりを持つ足首まであるスカートなどというのは邪魔に感じる部分が多いのだが。他の子供たちは普段着ているものが、もっと楽な物だからだろう。首元迄きっちりと閉められた、その感触に慣れていないようではあるが。
アイリスは、リース伯爵夫人から借りる形にはなるのだが、そもそも人と獣人、成人としての体形の違いがあるため早々に別室に連れ出されはしたが。
「アナさん達は、持祭としての衣装でなくてもよかったのですか。」
「教会にとか、神殿にとかだとそうだけど。」
「うん。教会の外ではまだ着ちゃいけないの。修道の位からかな。着ても良くなるのは。」
「色々、面白いものですね。それにしても。」
基本的に詰めるだけで済んだために、こうして先に他の者たちを応接間で待ってはいるのだが、なかなかに時間がかかっている。
それこそ以前であれば女性の方がこういった準備には時間がかかるものではあったがと、そこまで考えて、そもそもリース伯爵家の子供はメイだけであったと思いなおす。
伯爵のお古それも幼少期ともなれば、残っているかもわからず、少年たちの方で時間がかかっているのだろう。
「本当に、暫くは忙しくなりそうですね。」
「えっと、さっき聞いた話だと、明日と、それからしばらくしたらもう一度。」
「その間に、私たちも司教様の用事をして、えっと行儀作法も教えて頂く事になるのかな。」
「ええ、晩餐には招かれるようですから、そちらの分が。その他についてはリース伯爵が引き取ってくださるので、かなり楽にはなりますが。」
正直、それが無ければ大勢の前で褒められ、そこから続いて方々から招かれと、それも断りにくい立場の者から、そうなっていっただろう。
「えっと、神殿への日程は公爵様が決めてくださるから、私たちは他の教会の分を決めなきゃいけないのかな。」
「そのあたりは、一先ず明日を終えて相談しましょうか。こちらで先に決めてしまっても、動かす必要が出るでしょうから。」
「そっか。」
「ただ、狩猟者ギルドの一員としてのことも有りますから、そちらは早めに時間を作らねばいけないのですよね。」
「あー、そっか。移動の報告があるもんね。ほんと、暫くは忙しそう。」
そう、預かっている書類もある。
「一先ず1週間、その間で片づけていきましょうか。神殿だけでなく、王都の観光、名産などにも興味がありますし。」
「うん。私も見て回りたいかも。えっとね、有名な公園があるんだよ。」
「そうなのですか。」
さて、それはゲームの後に出来た物か。そもそも王都、ゲームの時代であれば、確かに広くはあったがこれほどではなかったのだ。
オユキの知らない施設もさぞ増えている事だろう。
「後は、ジークとパウは武器見てみたいって言ってたし。」
「確かに、この国で求められる最も良い物、それを見ることは叶うでしょうね。値段は相応になるでしょうが、目標としては確かに良いかもしれません。」
「あと、王都の騎士様を見てみたいとか言ってたかな。」
そうして、相応に長くなるであろう王都での滞在、その予定を話しているとアイリスが先にやってくる。
「あら、私が先なのね。」
「わ、アイリスさん綺麗。」
「ありがとう。あなた達もかわいらしいわよ。」
普段はオユキ達とそう変わらぬ、仕立てが良いと分かるものではあるが長袖長ズボンな彼女だが、ドレス姿も良く似合っている。
特に髪色がメイに近いことも有り、彼女の母親の物ではあろうが、色合いにしても実によく合っている。
オユキ達はそういった面では少々似合っていないのだが。
「殿方たちの方が遅いというのは、どういう理屈かしら。」
「この家の子供はメイ様だけですから。トモエさんはともかく、シグルド君とパウ君は大変でしょう。」
そうオユキが告げれば、アイリスも事情を理解したらしく、一つ頷いて空いている場所に座る。
狐らしい尻尾がしっかりと衣装から出ているあたり、ひと手間がしっかりと短い時間でも加えられたのだろう。
「それにしても、落ち着かないわね。」
「まぁ、慣れない衣装である以上、そういう物でしょう。アイリスさんはこちらでの滞在中の予定は。」
「とにもかくにもあなた達に同行ね。」
そうして彼女はため息をつく。
恐らくアベル、始まりの町の傭兵ギルドの長からきっちりと言い含められていることも有るのだろう。
それに加えて彼女の願い、それで行われる催し、それもある以上、下手をすればオユキ達よりも忙しくなることであろうし。
「そういえば、狩猟者ギルドに、そのような話もあったかと思いますが。」
「一応登録だけは済ませたわよ。」
「あ、そうなんですね。」
「ええ、傭兵ギルドの方は拠点を移したばかりだし、人手が足りなくなることもあって、籍は残すことになったわね。」
アイリスにしても、実に忙しくなりそうである。
オユキとしては是非とも闘技場周りは彼女に引き取ってほしくはあるが。
そんな事を考えていると、ようやく男性陣が部屋に現れる。しかしその見た目については、何とも形容しにくいものではあるが。
「えっと、トモエさんは良く似合ってますよ。」
「ありがとうございます。」
「その、ジークとパウは。」
アナはとりあえずとトモエを誉め、セシリアが残りの二人、それに向けた言葉に詰まっている。
「あー、いや、俺らも分かってるからいいよ。衣装の準備してくれた人たちも苦笑いだったしな。」
正直服を着ているのではなく、服に着られている。彼らでは無く衣装が主役と、そうなってしまっている。
少女達との差は、つまり次期伯爵としての物と、婿を迎える予定、その差であろうか。
少年達とトモエに限って見ても、トモエの物は割と落ち着いたものであるのに対し、少年の衣装は刺繍が随所に施され、袖口は紐で飾られ、宝石も編み込まれている、ボタンにしても貴金属とそうわかる輝きに、複雑な模様、恐らく伯爵家の家紋だろうが彫り込まれており、非常に華美な物となっている。
「姿勢も少し整ってきてはいますが、まだこれからですからね。
とにかく回数を着て、慣れるしかありませんよ。」
「あんちゃんは、まぁ、何となく大丈夫そうだけど。」
「私の物は、結局背格好の近い方から借りていますから。伯爵様のお古ではありませんので。」
「ああ、そういう。」