第269話 騒動を楽しむためには
「あ、ほんとに来た。」
起き抜けに身支度を整え、朝食を取れば約束通りにと教会へ向かい。その最中アイリスに捕獲されたオユキは、まさに肉食獣にとらえられた獲物、そう言った風情で教会にたどり着くこととなった。
「ロザリア様から、伺っていましたか。」
アイリスとオユキの間にある妙な空気にアナが気圧されてはいるが、ここで待っている理由としてトモエがあげれば彼女はそれに頷く。
「うん。来るからお迎えしなさいって。後は助祭様がメイ様を呼びに言ったり。」
何かあったの、そう聞きたげな彼女にトモエはただ苦笑いで返す。
説明は一度で済ませてしまうほうが早いことも有るし、言われた勤めもある。
オユキとしては、ロザリアに言葉がかけられるなら、そうも考えるが彼女に寄付をねだるようにと、そう神々も指示ができるものではないのだろう。神職のあり方として。
「今日はお供え物があるので、それを。」
「わ、綺麗。」
トモエがそういって、瓶を差し出せば、それを見たアナが喜ぶ。蜂蜜酒に付けられた色とりどりの果物は確かに目を喜ばせるものでもあるだろう。
「5柱の神々へお分けさせていただきたいのですが。」
「あー。それでジークとパウが、倉庫に行ってたんだ。でも、司教様、何で分かったんだろう。」
「そうですね。それはまたあとで。」
「あ、そうだよね。お供えが先だよね。」
そうしてトモエがアナに案内される姿を見送って、オユキはアイリスに声をかける。
「その、そろそろ降ろして頂いても。」
「ちょっと目を話したら、また大事じゃない。」
「いえ、今度ばかりは本当に間が悪いとしか。」
「言い出したのは、あなたでしょ。」
「自覚はありますが、何分。」
人はともかく神々の介入、そこまで考えろと言われても流石にそれはオユキには無理だ。
それこそロザリアであるならと、司教という、その高位にある彼女であるならまだしも。
「ええと。アイリスさんも、今後は間違いなく。」
「これが巫女の務め、何かしら、正直納得したくないわ。」
そう呟いたアイリスの体から力が抜けて、オユキはようやく解放される。
捕獲された時に、瓶はトモエに任せたが御言葉の小箱、それについては、オユキも、アイリスも持っている。
つまり、そのあたり、巫女にならこうして渡せるものもあるとそいう事なのだろう。
もう少し条件が緩いのかと思えば、向こうは向こうで色々と制限があるのかもしれない。そんなことを考えながらも、オユキはアイリスに声をかける。
「幸いと言いますか、私は一度経験がありますが。」
「護衛でずっとついていたから、流石に覚えてるわよ。それにしても、2週もすれば立つのに、またやるのかしら。」
「どうでしょうか。それこそ私はこれを見ても何が分かるわけでもありません。ロザリア様に任せましょう。」
そうしてアイリスと話しながら、少々遅れて教会に入れば、そこでは既に準備がされていたのか普段とは全く異なる様相で神々へのお供えが行われている。
トモエにしても預けてしまいたかったのだろうが、それは断られたのだろう。隣に立つ助祭に手伝われながら、何かしているとその背中からでも分かる。
そして、入ってきたこちらに気が付いたロザリアに目で合図をされれば言いたいことも分かるため、アイリスと揃って二人で殊更ゆっくりと、普段の衣装ではあるため恰好はつかないが、習った所作のままに掌の上に御言葉の小箱を捧げ持ち、礼拝堂を進む。
どうにも少年たちからの視線が、生暖かい事が気になるが、そのまま二人戦と武技の神の前、そこに在る供物台に置けば、一先ずお仕事は御終いだ。
トモエの方も5つの酒杯に瓶の中身を注ぎ終わったのか、後はそれぞれの神像の前にと運ばれる。
「では、この良き日。神の望まれた物、それをこうして運んだトモエとオユキとアイリス、変わらぬ愛と、そのお力の一端を我らに日々与えてくださる神に感謝を。」
そうロザリアが言って、その場にいた皆が揃って礼を行えば何処かから光が差した、そう思ったときには供物台にあった酒杯が消えうせる。
以前の戦と武技の神にしてもそうであったが、どうやらこちらの物はそのまま召し上げることもできる様だ。
そんな事を今更ながらに思っていれば、ロザリアがそっと御言葉の小箱を持ち上げ、見慣れた通路へと進んでいく。
周囲の促しもあり、それについていけば、何度か利用した応接間へと通され、そこで一息つくこととなった。
「えっと、また、なのか。」
「ええ、またよ。」
トモエとオユキにシグルドは尋ねたが、回答はアイリスから行われた。
「夢で招かれて、その二人の漬けたお酒、それに興味を示した神々が居られたようで。」
「へー。スゲーな。」
「いえ、本当に簡単な物ですよ。ああして瓶に蜂蜜酒と水洗いした果物を一緒に入れておく、その程度の物ですから。」
「でも、神様が興味を持ったんですよね。」
「皆さんでも簡単に作れますから、また一緒に作って、今度は皆さんもお供えしましょうか。」
そうトモエが誘えば少女たちが殊更喜ぶ。
「その、司教様。この度は朝から。」
「謝罪を頂く事ではありませんよ。私たちの大事な勤めですから。」
「やはり、月と安息の神から。」
「ええ。大枠は。元々そう言う予定でもありましたから。」
そう言えば、以前あの神にロザリアに渡すようにと、そう言われたものが有ったが。恐らくそれも関連しているのだろう。そうして聞くにつけても、こちらの神の途方もなさが分かるようだ。
「さて、こちらの小箱はメイ様がいらしてからにしましょうか。お持ちいただいたお二人は、ダンジョンと、お祭りと、どちらから先がよいかしら。」
「順番は決まってないのですね。」
「ええ。ダンジョンは創造神様から、そしてお祭りは月と安息の女神様からですね。」
どうにも、神職である彼女にはそこまではっきりと、下手をすれば内容まで分かるものであるらしい。
「なぁ、ばーさん、祭りって。」
「ええ。神々より直接こういった祭りを行いなさい、そのお言葉が頂けているのですよ。」
「おー、ってことは、ダンジョンの祭りも四大祭りの仲間入りか。」
「一つ増えるから、五大とそうなるでしょうね。」
さて、そのダンジョンにしても、今日も朝早くからメイによって作られ騎士やその手伝いを行うものたちで今も攻略されているのだろうか。
そんな事を考えていると、部屋にノックの音が響き、ロザリアが声をかければメイがローラを連れて入ってくる。
そして応接間の真ん中、そこに置かれたものを見て、表情が抜ける。
「なんか、ねーちゃん、領都のギルドの人らとおんなじ顔してんな。」
「忘れたの少年。アレが覚悟の顔よ。」
「ほー。」
そして、彼女の瞳はまっすぐと犯人候補を捉えるのだ。冤罪ではない。しかし故意犯ではないのだ。
「今回はアイリスさんもです。」
「そうなのだけれど。」
「巫女が二人、成程、そう言うことも有るのでしょうね。」
「え、オユキちゃんとアイリスさん、巫女様になったの。」
その言葉にアナが思わずといった様子で声を上げるが、それにはロザリアが目線で注意して一先ず飲み込ませる。
メイは今忙しい身でもあるのだ。直ぐにでも用件を片付けなければならないだろう。それにそう言うアナとて月と安息の女神、その神から候補として見られているのだから。
「司教ロザリア、急かして申し訳ありませんが。」
「いいえ。メイ様向けの言葉も入っていますから。ダンジョンとお祭り、どちらからがよいでしょうか。」
そんなロザリアの言葉に、メイはため息とともに応える。
「その、衝撃が強い物を後に。それで後の話が頭に入らないと困りますから。」
その言葉にロザリアが優雅にほほ笑んで聖印を切れば、それだけで小箱が開く。領都では巫女との二人掛で、相応の時間もかかったというのに。加護があるからこそ神職の位階、そこにはあまりに歴然とした差が存在するのだろう。
そして、祭りについての話が月と安息の神、その姿を伴って伝えられる。
要約してしまえば、その日は人の手それによって作られたものをそれぞれに持ちより、町の皆総出でそれぞれに楽しむ、そしてその姿を神々に示しながら感謝を捧げる、そのような祭りであるらしい。
つまりは、その機会に色々と加工された物、それを神々も楽しむ。伝えにくい趣味嗜好を新たにし、気に入ったものに印を与え供物とする、神としても都合がよく、皆が喜ぶそんな祭りであるらしい。
為政者であるメイにとっては、準備に対する負担は非常に少ないだろう。場所を決め、そこに持ち寄る、そう言った場を整えるだけで済む、そうともいえるのだから。それはあくまで始まりの町の様に、普段が長閑な場所であれば、そう言った枕はつくのだが。
「これは、領都や王都は大変でしょうね。」
「そのための騎士団ですよ、メイ様。」
「そうせざるを得ないでしょう。新年祭より二月後ですか。準備の期間も十分ありますし。
さて、シグルド、アナ。二人はこれでダンジョンから得られる糧、それに納得は行きますか。」
そうメイに尋ねられれば、二人はそれに実に元気よく返事を返す。
神がそうして感謝を示してくれ、そう言うのだから、この二人には異存などは当然ないだろう。他の者についても。
そして、負担はオユキが言ったように、誰もが等しく背負うのだ。少し、若しくは一年かけて準備して、手を加えた物を持ち寄る、そう言った行為によって。