第240話 カナリアへの土産
少年たちは、少々教会で行儀作法について教えなければならないと、助祭に迫力の笑顔で伝えられたため、その場で分かれることとなった。
叶うなら、一緒にと、そんな話もしてはみたが、外の人がいると少年たちも気にするからと、建前を作られてトモエとオユキは追い払われた。どこか助けを求めるような視線を感じながらも、少年たちにも誘おうかと考え、宴会、酒の席になるだろうからと、やめて教会を二人で後にした。
「すいません、こちら、カナリアさんは今お手隙でしょうか。」
トモエとオユキ、二人連れ立って魔術師ギルドを訪れる。
ここに来ること自体は、カナリアに魔術の適性を見てもらって以来となるが、相変わらず、言葉は失礼だが全体的に薄暗く、何処か雨が降る前の土、それに似たにおい、黴の様なにおいが漂っている。
知識、文字を使いその意味を継承し、研鑽をする以上、学問とは切っても切れない。それがこの空気を湛えるのだろう。好意的に見れば、そうなるなと、そんなことをトモエは考える。換気や日干しをすればいいのにとも。
「ええ、呼んできますね。お名前を伺っても。」
「失礼しました、私がトモエ、こちらがオユキです。」
そう伝えれば、職員らしき人物が奥へと向かう。
つまりこの施設の中で、部屋を与えられる程度に優れていると、そう判断はできるのだが。それでは何故最初に出会ったとき、あのような事態になっていたのかと、トモエとしては疑問が浮かぶ。
「恐らく、ですが。油断でしょうね。」
「ああ、溢れが。」
「はい。普段通り、そのつもりでいたために、非常時に対応が出来なかったと、そういう事でしょう。」
「ですが、イリアさんであれば。」
「ええ、おそらく気が付き、荷物を捨てて移動を優先した、ただカナリアさんは純粋な魔術師でしょうから、早い魔物に対応しきれず、囲まれたと、そう言ったところでしょうか。」
トモエの疑問に、オユキがそう応える。
「成程。私たちはまだ入ってはいませんが、相応の危険があると、そういう事ですか。」
「種類は、狩猟者ギルドで聞くのがよいでしょうが、溢れ規模の魔物が発生すれば、それこそ見渡す限りと、そうなりますから。」
「ああ。」
こちらに来たばかりの時、溢れを見たときに、それこそ文字通りの様子だったことを思い出したトモエが頷く。
それこそ他の者の活躍によって、当たるを幸い、その様に蹴散らされていったが。
「強力な魔物、その場合だと、大変そうですね。」
「ええ。思い出したくもありません。」
「あったのですか。」
「極稀、ですが。強力な魔物は、発生に淀みを多く使う様で。それに人里からは遠いですからね。」
二人でそんな話をしていると、珍しく羽の出る服を着たカナリアが、職員と並んで現れる。
「お待たせしました。お二人とも、お久しぶりですね。」
「はい。お久しぶりです。昨日領都から戻りましたので、こうして顔見知りの方にお土産を。」
そうして、トモエが短杖が詰められた木箱を3つとも差し出す。
「あら、こんなにたくさん。えっと、中身は伺っても。」
「短杖と、そう呼ばれているとか。」
「まぁ、助かります。こちらだと手に入りにくいですから。」
背中から覗く羽が、パタパタと動いている。恐らく感情表現の一端なのだろうが。隣の職員にあたっているため、少々迷惑そうな顔をされてしまっている。その職員にしても、興味深げに木箱を見ているが。
「その、良かったんですか、こんなにたくさん。」
「ええ、向こうで稼ぎもありましたし、その結果は出ていませんが、あれこれとご教示いただいていますから。」
「えっと、人種の方は、平均で一年、それくらいですから。」
「継続していくつもりではいますが、どうにも手ごたえがなく。」
果たしてその平均値に、生涯身に付けられなかった相手が入っているのだろうか。そんなことをトモエは考えてしまう。そうであれば、早々に諦めるものが増えそうだが。
「それと、お土産として持参して、厚かましいとは思うのですが。」
そう、少し恥ずかし気にトモエが切り出せば、カナリアの方も分かっていますと、頷いて見せる。
「ええと、どういった形で使って見せましょうか。」
「ありがとうございます。その、実のところ概要しか聞いておらず、魔術師の方なら喜ぶ品と、それだけしか聞いていない物で。」
「そうですね。販売される方も、魔術師とは限りませんから。ええと、こちらへ。
その、二箱はギルドの共有にしても。」
「差し上げた物ですから。その、使うと痩せてと聞きましたが。」
「そんなに、直ぐに駄目にはなりませんから、使い方にもよりますけど。」
カナリアが渡した木箱のうち、二つを職員に渡し、残り一つを持って、トモエとオユキをギルドの奥へと案内する。
恐らく、以前適性を調べた場所だろうとあたりを付けはするが、その道すがらも、あれこれとカナリアが説明をしてくれる。
「戦闘とか、負荷の大きい使い方をすれば、それこそ一度で砕けますけど、一般的な、そうですね土地を肥やすためにとか、室温を整えたりとか、そういう使い方なら、一年は持ちますから。」
「負荷、ですか。」
「はい。刻み込む魔術式と、込めたマナがどう発散されるか、ですね。」
「そのような物ですか。一般的な用法というのは、場を整えるものですか。」
「後は、旅の道中、簡易的な結界を張ったりとか、本当に色々使い道が多いんですよ。」
そうして話しているうちに、目的の部屋にたどり着き、そこで早速と木箱を開けたカナリアが歓声を上げる。
「まぁ、こんなにたくさん。」
「残りの箱も、同じ本数のセットですので。」
「ありがとうございます。これは、私も是非いろいろとお伝えしなければいけませんね。」
店員が、まず外さない、そう言ったのが本当と分かるほどにカナリアは手土産に喜んでくれている。
普段は服の下、押し込めているだろう羽も大きく開いている。それに一つで一年持つほどの物であるなら、確かに十分な量なのだろう。購入額はさしたるものではないが、この世界での輸送、それを考えれば、こちらで求めたときの額は、それは愉快なことになるだろう。
質のあまり良くない武器が、10倍以上するように。
「ええと、そうですね。では部屋を整えるための魔術を刻みましょうか。」
そう、カナリアがいそいそと一本を取り出して見せる。
「その、部屋を整えるというのは。」
「ああ。そうですね、温度や湿度、他にもその場を快適と、そう感じるように、どれもそこまで強いものではありませんが。」
「それは、面白いですね。」
一つの道具で、そこまでいろいろな効果を持てるものかと、トモエは驚く。オユキにしてもゲームの中では存在しなかった、それこそ魔道具はあったが、それを複数組み合わせてと、そういう物だったため、きちんと技術発展があったのだと、感じ入る。
「使い方は、こうして手に持って、刻む文字を選ぶ。ええと、そちらに関してはマナの扱いが出来る事が前提になりますが。」
「ああ、大丈夫ですよ。魔術師向けと、そう伺っていますから。」
「マナの感知、取り込み迄が意図的に出来る様になったら、改めてご説明しますね。
一般的な物、そちらに関しては使う文字も決まっていますので、それをこうして一文字抜いて効果が出ないように刻みます。」
銀製の道具に刻む。そこから想像する何か道具を使っての物では無く、カナリアはただ手に持った短杖を指でなでていく。
何が起こったのかは見えないが、それが終わったらしいカナリアに見せられたそこには、以前紹介された文字というよりも模様に見える何かが、確かに刻まれている。
へこんだりと、そのようには見えないのだが、薄くその文字が張り付いている、そういうのが正しいのだろうか。
「これは、何とも。」
「不思議な物ですね。」
二人で、カナリアが見せるそれをしげしげと覗き込んでいると、追加で説明が加えられる。
「魔術師、そう名乗るものに与えられる最終試験の一つでもあります。なので、魔術師であれば皆さんできますよ。中には、独自の機能を与える方もいますし。
それと、ここ、先ほど言ったように、空いているのが分かりますか。」
「こうして開けることで、勝手に起動しないように、そういう事ですか。」
スイッチのようなものと、そう判断してトモエが応えれば、カナリアがそれに頷く。
「はい。後は、これを突き立てる先に用意しても良し、こちらに最後まで刻んでも良しです。」
「突き立てる先、ですか。」
「はい、高さを合わせて、銀板を仕込んで。」
「それはなかなか。」
鍵と鍵穴、そういった関係性のようにも聞こえる。
「ただ、そうなると細かい計測もいりますので、後からこうして入れれば。」
そうしてカナリアが、技と開けている箇所に指をあてて話すと、途端に部屋の空気が変わる。
これまで漂っていた匂いもなくなり、実に過ごしやすと、そう思える空気に。
「これは、すごいですね。持ち運んでも効果が。」
「はい、屋内であれば。ただ、屋外に出すと文字の都合で効果が無くなるどころではなく、過剰に発揮しようと砕けますけど。」
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