第219話 二人で生きる
少しの間、二人でただグラスを傾け、机に置かれたものに手を伸ばす、そんな時間を過ごす。
オユキとしても、一度内心、その疲れの原因を、ある程度吐き出してしまえば、心はさらに軽くなった。
二人だけの時間であれば、無理に期待される大人、成熟した精神性、その体現として、模範として、そんなことを機にせずに、ただ、今となってはオユキ、そのありのままでいいのだから。
「どうしましょうか。」
何をと、トモエはそれを口にすることはないが、話の流れも、これまでもある。
「始まりの町、あちらに期待しましょう。それ以上は。」
「良いのですか。居を構え、それこそ道場を開けば。」
「私は。」
トモエがそれ以上を続ける前に、言葉を遮る。
そこから先は言わせない、きっとそれが二人でいるためだと、オユキはそう信じている。
「私は、我慢を強いたいわけではありません。出来る事だけ、それでいいのです。」
「それでは、オユキさんが我慢を。」
「40年以上我慢させた、見たい景色がありますよ。」
「その、道楽です。」
「それを捨ててしまえば、機械で良いではないですか。
意味のないことを楽しむ、それが出来なければ、人である必要はありませんよ。
だから、いいのです。それに私達だけではありません。多くの人がその問題に気が付いているのでしょう、帰るため、既に動いているはずです。なら、甘えましょう。」
「割り切れなくて、疲れたのでは。」
トモエはまだ少し心配げに、オユキに声をかける。
恐らく、それほど今日のオユキは疲れて見えたのだろう。落ち込んで見えてしまったのだろう。
ただ、そう見えてしまった、隠せもしなかった、その事実は隠せない。
隠そうとしているのであれば、トモエはこうも気を遣わないのだから。
「ええ。久しぶりに、そうですねこちらに来て初めて、そう言っても良いほどに、疲れました。
先ほども言いましたが、心が年を取っている、改めて強くそれを実感するほどに。
だからこそ、楽しみを。トモエさんも。」
「その、良いのですか。」
「何か悪いことがありますか。待たせた私こそ、悪し様に言われるべきでしょうに。」
「あの子たちは。」
「それこそ、戻ってから聞いてみましょうか。次は水と癒しの神殿、国内、今いる国ですね、そこに在る神域はそれともう一つですから、そちらに、王都に向かうことになるでしょうから。長旅です。」
のんびりと、ワインをなめながら、おつまみ、チーズを焼いた物や、砂糖をかけてあぶった者、蜂蜜がかけられたもの、それらに手を伸ばしながら、それこそ過去によくあったように、話していると、オユキはどうにか自分が持ち直してきていると、そう自覚できるほどになってきた。
それにしても、こうして二人肩を寄せ合って等、いつ以来かいよいよ思い出せはしないが。
「王都、ですか。どういう道のりになるのでしょう。それにしても聞いた話であれば、水中にあると、そう聞いていましたが、王都にあるのですね。」
トモエも、オユキがどうにか持ち直してきて、明るい話題を求めている、そう感じ取ったからか、そちらの話に乗ってくる。
「そこは、見ての楽しみとしておきましょうか。」
「まぁ。」
「そもそも、今いる領都なども当時はありませんでしたから、神殿の威容は変わらないでしょうが、周囲は流石に。」
「それも楽しみにしていましょうか。」
そうして二人でくすくすと、軽く笑いあえば、話は少年たちに移る。
「ここまで、お伺いしませんでしたが、トモエさんから見てあの子たちは如何でしょうか。」
「どの子もまっすぐで、微笑ましい子たちですね。
初めにあった時は張り詰めていましたが、まぁ、何か、いいえ、狩猟者、その現状が立ちはだかっていたのでしょう。」
「命がけ、それは何処までいっても変わりませんからね。」
話の内容、それそのものは血なまぐさく、ともすれば暗くなることは避けられないが、少なくとも今の少年たちに関して、始まりの町であれば、もはや何程の苦労もなく生きて行けるようにはなっている。
後は、油断、事故そういったものが無ければ、問題は無いだろう。
それこそ杞憂というものだと、二人で、話す。
「安全に、怪我をせずに。そのことについてはきちんと理解してくれています。
シグルド君は、恐らく仲間、他の子が怪我をしないようにと、過剰に気を張っていたのでしょうね。」
「そうでしょうね。あの子が誘ったのでしょうから。
私からは、あの子が一番伸びているように見えますが。」
「どう、でしょうか。」
オユキの目からは、シグルドが最も伸びており、魔物との戦いもトモエの教えをよく聞いて、学びを得ているように見えていたが、トモエは少し首をかしげる。
「おや、指導する側からは、別の観点が。」
「ええ、まぁ。流石にそこでは譲りませんとも。
伸びているという点では、セシリアさんになるでしょうね。」
そういって、トモエが先ごろから、オユキと同じく長刀を使い始めた少女の名前を上げる。
「おや、そうなのですか。」
「はい。種族の差、なのでしょうか。体がとても柔らかいんですよ、あの子。」
オユキはセシリアが戦っているところを思い出すが、それを感じられる動きをしているようには見られない。
「そうなのですか、木精と聞くと、どうしても細胞壁として、硬い印象が生まれますが。」
「他の子たちは柔軟を始めて、徐々に柔らかい動きもできるようになってきましたが、あの子は初めからでしたから。当たり前のように、オユキさんの長刀を見て取ったでしょう。」
言われて、ようやくオユキもそれに思い至る。
他の子供たちは、見本としてのトモエを真似するのにも手間取っているのに、彼女は確かにオユキの動きを直ぐに見おぼえて、真似をして見せた。精度はともかく。
「そういえば、そうでしたね。目もいいのでしょう。」
「ええ、そうですね。身体的にはパウ君がかなり恵まれていますし、アナさんも今オユキさんが目指しているものが性に合っているようです。」
「パウ君は、本当に恵体と、そう呼ぶべきでしょうね。」
「はい。それこそ力任せに、それで片が付くことが今後増えていくでしょう。順調にいけば、騎士、イマノルさんとよく似た戦い方が、最も合うと思います。」
「そうでしょうね。今のまま伸びていけば、正直崩すための手管を使わなければ。」
「ええ、加護もありますから、崩すのにも難儀しそうです。」
「アナさんは、どうなのでしょうね。」
彼女に話が及んだときに、オユキはわずかに首をかしげる。
オユキの動き、剣舞を喜んで真似ようとはしているようだが、所々不思議な動きをするのだ。
不思議といっても、流れを乱すようなものでもないのだが、本人が意識して、そのようにも思えない。
「あれは、確かに。こちらでは演武にはどのような意味が。」
「いえ、私も始めたばかりですし、ああした感覚はありませんから。悪いものと、そう見ますか。」
「いえ、あの子にはあっていると思いますから。」
「でしたら、そのままで。楽しんでいるようですし。」
「そうですね。危険がない場所では。」
そうして、残りの二人についても、ただアドリアーナに関しては、二人で頭を痛めるしかない。
「太刀を気に行ってもらえたのは幸いですが。」
「弓術は目録にありませんからね。あったとしても和弓と西洋弓、それどころか短弓ともなると。」
「打矢、素槍ですか、そういった物まで含めた流派も聞き覚えはありますが、それこそ聞きかじる、それ未満ですから。」
「流石に武芸百般と、そうはいきませんよ。ルーリエラさんが弓を使うようですから、戻った時に改めて頼むしか。傭兵ギルドでも、基礎だけは教えて頂けましたし。」
「型として、弓を引くのに近い物もありますが、近いだけですから。」
「一人だけ、教えることができないというのは、やはりつらい物ですね。」
そうして、二人でため息をつく。今のところは太刀に心惹かれてくれて入るが、その心の内にはどうしても残ってるだろう。
「シグルド君は、そうですね。恐らくあの子が結果として、一番強くなるでしょうね。」
「おや。伸びしろという点では、他二人に譲るとのことでしたが。」
「あら、伸びしろだけではありませんよ、特にこちらは。」
そうして、トモエが楽しそうに笑う。
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