第217話 アマリーアと
その後は、床に転がした狩猟者はただ怯える様な、化け物を見るような眼をトモエに向けて、そのまま三々五々に訓練所を後にしていった。
そのため、新たに邪魔が入ることもなく軽く訓練をすれば、細工を頼んでいた品を受け取り、宿に戻る。
虹月石は、完成品を見たアナが歓声を上げるほど綺麗に整えられており、さらにいくらかの装飾、ブローチとしての台座、繊細な鎖などがあしらわれていた。
追加の料金をと、そう申し出れば、見立てよりも余ったもので十分とそう言われた。
どうやら、こうして一つの装飾にする以外にも、欠片をあしらう等、色々と用途があるようで、店主からはまた見つけたら持ってきてほしいと、そう言われて別れることになった。
そして宿に戻り、それぞれが休めば、意外なことにアマリーアが、食事の時間に訪れた。
「急で悪いなとは思ったのだけど、装飾もあるの。」
そうして、彼女は持ってきた化粧箱を開いて見せる。
「わ、すごい。きれー。」
「すてき。」
そしてそれを覗き込んだ少女たちが喝采を上げる。
「一応、虹月石は加工してしまえば、祭具としても使うのだから、様式があるのよ。」
「中は見たことないけど、そういえば、倉庫に置いてあったかも。」
「まぁ、そうでしょうね。それで、此処に置いてちょうだい。ああ、逆よ。」
そうしてアマリーアが少女たちに声をかけながら、虹月石のブローチをしまわせる。
そして、それを納めてみれば、また歓声が上がる。
「よくできているでしょう。」
「ほんと。ありがとうございます。」
「閉めるのは少し待ってちょうだいね。まとめて封をしたほうが面倒がないから。
それと、アクアマリンはこっちね。」
そうして、アマリーアが置いた化粧箱に少女たちがキャイキャイと黄色い声を上げながら、石を収める。
「食事の席で少し見ただけというのに、よくもここまで見事な物を。」
用意された化粧箱は、まさにそれを納めるため、そう言った風情で原石を収めている。
それを横から覗いたトモエがアマリーアに声をかける。
「あら、これでも商人ギルドの偉い人よ。」
そう軽く言うと、肩を竦めて話を続ける。
「ま、種明かしをすると、あの鉱山から出て来るものは原石としての大きさは決まっているもの。
事前に用意してあるわよ、相応の数。」
「へー。そういや、俺が渡したのは。」
「安心してちょうだい、ちゃんと届けてきたわよ。ああ、それと明日の御前に公爵様から遣いが来るわ。」
「ああ、伝言役までしていただき。」
「遣いを立てようにも、あなた達が戻る時間が想像がつかなったし、夕食時となれば、公爵様は招待する側だもの。仕方ないわ。あなた達も困るでしょう。ああ、そちらの二人はどうにか出来そうだけれど。」
そう、アマリーアがいたずら気にオユキとトモエに視線を送る。
「流石に私達も困りますよ。晩餐に向いた衣装の持ち合わせはありませんから。」
「あら、そちらの良い人は、服の一つも贈っていないの。」
「こちらに来てまだ二月と少しですから。」
「そう、そんな短い期間に、これだけやらかしたのね。」
そう、アマリーアの言葉に棘が混ざるが、オユキはそれに苦笑いで返すしかない。
「私達も求めるものがありますから、そのために。」
「それは、聞いても。」
その言葉には、ただオユキは微笑みを返す。
少年達にはすでに伝えているが、彼女にまでは、どうだろうか。
それを望んでいるのはトモエでもあるため、その判断はトモエに委ねる。
どのみち、今後も情報を集めるだろうから、遅かれ早かれ気が付くのだろうが。
「十の神殿を巡る予定です。」
そして、トモエはあっさりとそれを告げる。
「あら、神職になるのが希望だったのかしら。正直そのまま狩猟者として大成すると思っていたのだけれど。」
「いえ、観光です。異邦には無い光景が広がっていると、そう聞いていますから。」
「そんな気楽に、足を踏み入れられる場所ではないと思うのだけれど、まぁ、いいわ。
何か手がいるなら、手伝いましょう。その程度の恩恵は得ていますからね。」
そこで言葉を切って、アマリーアが一通の便箋と、装飾の施された短剣を取り出し、シグルドによく見えるようにする。
「ん、俺か。特におばさんには何にも頼んでねーけど。」
「公爵様からよ。手紙と、お礼にしては高価すぎるからと。」
「んー、お礼のお礼ってのは。手紙だけって言うのは。」
「公爵様からの下賜品を無碍に断れば、最悪首が飛ぶわよ。公爵様の指示ではなく、その権威を守ろうとする人からの動きでね。」
「面倒だな。」
そうして、実に疲れた顔でつぶやくシグルドに、オユキは笑いながら言葉を加える。
「その面倒をなくすために、こうしてアマリーアさんが、骨を折ってくださっているのですよ。」
「ま、恩に着せる気はないけれど。」
「そっか、ありがとな。」
「一応あなた達も、今の調子で狩猟者を続ければ係わりを持つこともあるだろうから、何処かで勉強しておきなさいね。」
「あー。面倒だな。」
そうして、シグルドが椅子にもたれるようにして座る。
「もうしっかりしなさいよ。」
「でもなぁ。」
「司教様にお願いしますか。これまで、避けてきたから大変だと思いますけど。」
「ああ、あなた達はそうだったわね。合格はもらえているのかしら。」
その言葉に少年たちが揃って首を横に振り、アマリーアがただため息をつく。
「あなた達ね。」
「いや、なんか始まりの町だと、色々足りないとかでさ。」
「ああ、そうね、そういう事もあるでしょうね。」
そうしてアマリーアが少し考えるそぶりを見せる。
碌なことになりそうにないなと、オユキはその意識を逸らす。
「では、シグルド君。覚えている範囲で、高位の物、神職ではありません、その相手からものを受け取ってみましょうか。」
「ああ、まぁいいけど。」
シグルドはそう応えると、椅子から立ち上がり、ぎこちなく動きながら、アマリーアの前少し離れた位置で膝を落と右手を背中に、左手を胸に沿えて頭を下げる。
そうされれば、アマリーアもそれに合わせて立ち振る舞いを変える。
側に授ける品を持つ物がいないため、やむなくではあろうが、一度それらを机に置き、それから口上を述べ、改めて授与するしな、短剣を持ち、それをシグルドの方に差し出せば、シグルドが恭しく頭を下げたまま両手を差し出し、その上にアマリーアが短剣を置き、また言葉をかければ、シグルドが格式に則った口上を述べる。
それが終われば、アマリーアがシグルドに下がるように告げ、それを受けてシグルドが立ち上がれば、それで終わりとなる。
「あら、ちゃんとできるじゃない。」
「まぁ、一応教わったわけだし。でも、肩凝るし。」
「出来るなら、いいのよ。それに意味があるから。」
「んー、正直ぱっとは出来ないけどな。」
「ぱっとやらせたりしないわよ、高位の人が。先ぶれがあって、それからだもの。」
そうして、手紙は無造作にシグルドに渡す。
「リーアがやると様になるから、そういうのは任せたいなぁ。」
「あのね、お金の管理も、誰かの相手もって、それは押し付けすぎでしょ。」
「その、どうしてもって言うなら。」
「いわ、悪い。面倒だからって全部任せるのは違うもんな。つっても、そう言ったときは衣装もなんか決まりがあるんだろ。流石にあっちこっちにそんなの持って歩けないぞ。」
「あー。馬車に適当に入れて、しわになったり、ダメにするのもダメだしね。」
そうして少年たちが困り顔をすれば、アマリーアがそれに助け舟を出す。
「そういう時は、先ぶれの人に相談しなさい。招待して恥をかかせるのは、それこそ名折れだもの。
用意してくれるわよ、衣装も。それをしない相手なら商業ギルドに頼りなさい。
「へー、そんなもんなのか。」
「よっぽど急ぎでもなければ、礼儀作法の教師、それから衣装も手配してもらえるわよ。
それこそ、それすらしない相手は付き合わないようにしておきなさいな。
理解が深くて、私的な場に案内するならまだしも、笑いものにしようとする下種の類の方が多いから。」
「ほんと、面倒だな。」
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