第197話 人形
「げ、固まるのか。」
少し進めば狂った地精の他にも泥人形がその姿を現し始める。
動きは鈍く、簡単に切れる。攻撃手段は腕を振り回すだけと、非常に相手取りやすい。
問題は、今シグルドが言った言葉だろう。
「落とせそうですか。」
「まぁ、どうにか。続けて戦うのは面倒だな。」
「武器の質でしょうか。私の物は切っても残らないのですが。」
「こう、なんか斬り方に差があるとか。」
「あるでしょうが、当たっていることに変わりはありませんから。
泥の塊に剣を突き込んで、汚れがつかないというのは、私の教える物とは別の理屈です。」
「そっか。なんかあんちゃんなら、こう河の流れを斬ったりとか。」
「滝を二つに割る、そう言った逸話は残っていましたが、流石に試したことがありませんね。」
「ああ、試してないんだ。」
シグルドとトモエがそんな話をしている間にも、パウが泥人形を手早く仕留める。
「よし。」
「パウさんは、相性がよさそうですね。ただ、振り方が雑になりすぎないように。」
「む。雑だったか。」
「いえ。今は。ただここになれると、そうなりそうですね。」
「分かった、自覚はある。それにしても。」
そうしてパウが腕組みをして、泥人形が落としたものを眺める。
「大きいな。」
「はい。」
泥人形自体、オユキよりも小さく、雑に人の形に泥をこねた、そうとしか言いようのない形をしているのだが、人型である以上、大きさにふさわしく、全体的に細い。
しかし、残す何かの塊は、明らかに泥人形の横幅を超えている。
「これは、なんだ。」
「色合いで言えば粘土のように見えますが。」
「なんであれ、とりあえず回収するか。」
パウがそういって持ち上げて、少し後ろに戻り、それを置けば、今度は子供たちがアイリスに連れられ数人がかりでそれを馬車迄運んでいく。
「何と言いますか、人気がない理由がわかってきました。」
「な。騎士団も仕事と割り切っているからな。」
パウもシグルドに混ざって、せっせと武器、つるはしの先に付いた泥を落としている。
早々に片を付けた彼も、どうやら先端の泥が固まり始めているようで、落とすのに苦戦している。
「武器、私達の物はあまり泥が付かないので、楽ですが。」
「溢れの魔物の素材だろ。それなりの魔力付きだからな。下位の魔物の一部くらいなら弾くからな。」
「成程、それは良いことを聞きました。」
「いや、早々手に入るもんじゃないからな。っと、お前らのお目当てが来たぞ。」
「そのようですね、トモエさん。」
オユキがそう声をかけて少年たちを庇える位置に移動すると、トモエが楽し気に石人形の前に立つ。
「これは斬りでがありそうです。」
「あんちゃん、普段はのんびりしてるけど、こう、ああいう姿を見ると、な。」
「うむ。」
「かわいらしいでしょう。」
オユキがそうシグルドとパウに声をかければ、二人がなかなか凄い目でオユキを見る。
そしてトモエは石人形、オユキも背が高い、1m60cmはあるだろうか。
それでもトモエや、シグルドよりは背が低いそれが、泥人形とは違い、石人形、名前の通り、石がどのような力か人の形に集まった、そんな外見をしているものが、その腕を振り上げて、トモエめがけて叩きつける。
「動作は人型のそれ、しかし力任せ。足も併せて動く。
機械工学、ロボティクスの専攻であれば、実に喜びそうな見た目ですね。」
叩きつけられた腕、開くことができない手は地響きを上げ、砂埃を巻き上げる。
「躱した後の方が厄介。」
そう、事前に情報は要れているが、改めてその動きを確認する。
とはいっても、他に攻撃手段は、腕を振り回す、足を大きく振るしかないのだが。
それらも距離を取って躱して、改めて石人形を見る。
「試しの相手には、十分ですか。効率で言えばパウ君が向いていますね。弓は、こちらの技に期待するしかないですが。まずは継ぎ目。」
そう、言葉に出しながら、石と石のつなぎ目に刃を入れて切り落とす。
狙い通りに太刀が走れば、振り回された足を後ろから追いかけるように振ったためその勢いのまま斬られた足が飛び壁に当たり、周囲に音を響かせる。
「崩落などが無ければいいのですが。あまりやるべきではないですね。」
そしてトモエの前では、片足を失った事で、体勢を大きく崩した石人形が。
腕を狙い、次は継ぎ目など気にせず、そのまま切り落とし、その断面を横目に確認しながら、首と胴体の継ぎ目を跳ねる。
急所であったかは不明だが、魔物がその時点で消え去り、後には壁際に転がる足、半ばで断ち切った腕、それから、美しい光沢を放つ、黒い石。
「良い練習にはなりますが、さて、これは人手を借りなければ無理ですね。」
太刀を見れば刃毀れもなく曇りもない。そうであれば、ここなら思う存分に試し切りができそうではあると、トモエは少年たちの元へ戻る。
「相変わらず、無茶苦茶だなぁ。」
「鉄を斬るよりは簡単ですよ。それに継ぎ目を狙えば、かなり簡単に落とせます。」
「へー。」
「こう、枯れ枝を斬るような感じでしたね、継ぎ目は。」
「おー。じゃ、うまく狙えばって感じか、首落とせば終わりなのかな。」
「そのあたりはよくわかりませんね。さて、あちら、お願いしますね。」
そうトモエが声をかければ子供たちが、元気よく答えて、数人がかりでそれぞれ持ち上げて運んでいく。
そして、通り過ぎる残った石人形の腕、その断面を見て、シグルドがそれに手を伸ばして触り、驚く。
「うわ、磨いたみたいになってる。」
「子供たちの仕事の邪魔をしてはいけませんよ。」
「ああ、悪い、気になって。石って言うか岩か、あんなふうに斬れるもんなんだな。」
「流石に、石を切ったのは初めてでしたが、うまくいくものです。」
「あんちゃんが楽しそうで何よりだ。」
「あなた達でも相手ができそうでしたから、数が増えれば、挑戦しましょうか。パウ君は、かなり有利でしょうね。」
そういってトモエがパウを見れば、自信があるように頷く。
「俺は、継ぎ目を狙ってかな、アナは届きそうか。」
「うーん。ギリギリ行けそうかな。細いところを狙って、手足なら。首はあの太さだと無理。」
「ま、そうだよなぁ。ちなみにおっちゃんだと、どうやるんだ。」
「いつもと同じだな。見つけたら剣振ってそれでおしまいだ。ま、斬れずに砕くことになるが。」
「おー。そっか。俺も斬るの目指してみるかな。」
「先は長いですよ、おや次が来ましたか、オユキさん。」
「ええ。見本として、先に長刀にしましょうか。」
二体目の石人形が現れ、次はオユキが対峙する。
ただ、対峙というほどの物では無かったが。
「首が急所で間違いなさそうです。」
腕を振り上げた直後に、その腕を振り下ろしても当たらない位置。
あげられた腕の反対側に回り込み、そのついでに首を狙い長刀を振って、首を落とせばそれで終わった。
そして、後には透明感はあるが白い、角度によっては虹色に光って見える、不思議な石の塊が残っている。
「石の類は分かりませんね。」
「流石にそのあたりの目利きは、専門家行きだ。にしても、その武器面白そうだな。」
「ルイスさんも気になりますか。」
「ああ、元々ハルバードの類を使ってたこともあってな。」
そう言いながらルイスは武器全体、特に先端に取り付けられた長大な刃部分をじっくりと見分する。
「理合いは近いですね、出来る事は少ないですが。」
「その分刃の部分が大きいからな、俺も作ってみるかな。」
どうやら、こまごまと、斧として、返しを刃として、先端を槍として、そういう細かい扱いが、最終的に合わなかったのだと、オユキはその言葉に苦笑いをする。
「試すだけであれば、お貸ししますよ。」
「悪いな。そうだな、後で訓練所で少し借りよう。俺がそうすりゃアイリスもトモエの武器を借りたいといえそうだしな。」
「お気づきでしたか。」
「そりゃな。ちょっと気を抜きゃ見てるからな。ただ、普通の鉄で作って、あんだけ丈夫になるかが問題だろうな。」
「それにしても、人手がなければ、どうにもなりそうにありませんね。」
そういってオユキが見る先では、戻ってきた少年たちが、今度はオユキが残した石を抱えてまた馬車へと戻っていく。
「真面目な話、うちにもそういう話は来るしな。狩猟者ギルドでも、話せば荷運び斡旋してくれるんじゃないか。」
「成程。」