第177話 公爵からの手紙
「昨日の今日で、大きく変わったりはしませんか。」
草原に出てあたりを見回して、オユキがそう呟くと、ルイスがそれに応える。
「正直、昨日の今日で変わってない時点で、もう終わりなんだがな。」
「流石に、そこに容赦ありませんか。」
「まぁ、な。」
子供たちがそこそこ近くにいるため、聞かれても何かわからないように伏せる言葉を多くして会話する。
確かに、氾濫という、町、都市規模での災害を助長させているのだ。
それはもう人のためではない、人を害するための仕事に他ならない。
「あとで、そうですね、子供たちが寝た後に詳しく聞きましょうか。」
「おう。伝言もある。」
「困ったものですね。こうして子供たちの面倒を見ながら、自身の技を磨く、一先ずはそれでよいのですが。」
「ま、今回ばかりは間が悪かった、そうとしか言いようがないな。
それにしても、やけに伸びがいいな。」
「そうなのでしょうか。シグルド君たちに比べれば、正直体ができていないことを差し引いても少々劣るといったところかと。」
そういってオユキは少年たちと子供たちを見比べる。
もともと狩猟者になろうと、恐らく子供のころから、今もオユキやトモエから見れば子供ではあるが、互いにそこらの枝や手に入れた木材をそれらしく仕立てて振っていたのだろう。少なくとも最初からがむしゃらに、無茶苦茶に、丸兎を追い回しながら30分剣を振れるだけの体力があったのだ。
新しく加わった子供たちは、あと数年、トモエが何もさせなければ、それができるようになるとは思えない。
「ま、光るものはあるよな、確かに。イマノルが王都の従騎士試験は行けそうだっつたんだろ。」
「ええ、確か。そう考えれば、確かに十分すぎる才能は有りますか。」
「お前とトモエは見方が厳しすぎるぞ。」
言われて、改めてオユキは反省する。この話は後でトモエにも共有しなければいけないだろう。
過大評価はまずいが、過小評価もまずいのだ。
王都の騎士団、その末席に加われる。それはまさに同世代の一握り、そういう事なのだから。
「気を付けましょう。それにしても、グレイハウンド程度なら危なげなくなってきましたね。」
「ああ。正直厳しいとは言ったが、トモエの指導力には頭が下がるな。」
「先人の積み重ねの賜物ですよ。」
「俺たちは、どうしてもなぁ。」
「いえ、私が習った物に比べても、指導は的確よ。あそこまで細かく相手に合わせて姿勢を直したりなんて、早々できないもの。」
連日、同じ場所で魔物を狩り続けているせいか、数も減ってきた。そして周囲には傭兵らしき人影が散り、これまでよりも勢いを増して、魔物を蹴散らしている。
少年たちの周りにしても、既に始まりの町、それと同じような状況ができている。
だからだろうか、アイリスも、するりと近寄ってきて話に加わる。
この距離でも対応できる、それもあるのだろうが。
「そういや、お前この前やり合ってるときに初伝とか言ってたけど、それってどんなもんなんだ。」
「流派として蜻蛉を一人前として扱えるようになった、その程度ね。」
「ほう。オユキは。」
「私たちの流派は、技の体系が4種類あるので、そのうちいくつを収めたか、ですね。
私は大目録なので、3種類です。」
「ほう、で、トモエは。」
「皆伝です。流派の全てをその掌中に収めています。」
そうして楽しげに話すオユキの視線の先では、少年たちから子供たちへと順番が変わっていた。
今日で3日目、灰兎はどうにか一振りで迎え撃てるようになっている。
まだまだ、魔物を倒すたびに、自分の進歩が感じられるのか、喜んではトモエに怒られる、そんなことを繰り返している。子供らしい元気さと、そう呼べるものではあるが、魔物がいる場で、それを許すわけにもいかない。
「あら。シエルヴォね。」
「私も少し動きましょうか。積極的に動かなければ、魔物を狩れませんし。」
そう言って、アイリスの視線の向く方向に踏み出して手に持つ片手剣を軽く振る。
先は少年達の為に補助に徹したが、まだまだ試したい動きはあるのだから。
「私も仕事でなければ、一緒に訓練を受けたいわね。」
「傭兵ギルドの中なら、ありじゃねーか。雇い主とギルド長に確認してみな。」
そんな二人の声を背に、角をこちらに向けて一直線に突っ込んでくるシエルヴォへとオユキも踏み出す。
本番、技を練るのは頼んでいる武器が出来上がってからだとしても、今も試すべきことは多くあるのだから。
「では、まだ時間もありますし、もう一周しましょうか。」
トモエがのんびりとそう言うのを遠くに聞きながら、オユキはオユキで自分の技を磨く時間に向かう。
そして、狩りも終わり、一連の流れを終えるだけかと思えば、許可が下りたのだろう。
オユキが素振りをする少年と子供たちの並びにアイリスが加わることとなった。
流派としては、蜻蛉ではなく八双でもあるし、違う構えに引っ張られては困るからと、アイリスも晴眼に構え武器を振る。
それも終われば、宿に帰り、それぞれが身支度をすれば、食事のためにと、部屋に集まってくる。
そんな中、オユキとトモエは、浴室が空くまでの間に、公爵からの手紙を確認していた。
「なんか豪華な手紙だな。あんちゃん、それ誰からの。」
「公爵様からですよ。シグルド君へもお礼が書いてありますね。」
「ああ、毛皮の。」
それで興味を持ったのか、側に寄ってきて、手紙を覗き込んで、渋い顔をするとすぐに離れていく。
「やばい、わかんねー。知らない単語もそうだけど、分かる部分も何が書いてるか分かんねー。」
「もう、ちゃんと勉強しないから。」
「いや、アンも読んでみろって。ああ、それはまずいか。悪い。あんちゃん。」
「そうですね、宛先のあるものですから、勝手に読んではいけませんよ。
書いてあるのは時候の挨拶、それからトロフィーを譲ったことのお礼、ですね。
私達には御言葉の小箱に関してもう少し続きがありますが。
ああ、すいません、末尾にもう少しありました。
お礼の気持ち、贈り物は何であれ受け取ってくださるとのことです。
その時はアマリーアさんに渡せばいいと。」
公爵の人柄が、その末尾に書かれた分だけでも伝わってくるというものだ。
少年が漏らした言葉を伝えてくれたアマリーアにしてもそうだが、それをわざわざきちんと手紙に書くあたりが、実直で自身の領で暮らす、その民を大切にしているのだろう。
特に良い性根をしているものであるのなら。
「そっか。でも、結局町中も見て回れてないし、何がいいかな。」
「前にも言いましたが、急ぐものではないですから。これはと、そう思うものを贈りましょう。
お祭りの最中、少しは町を見て回れそうですか。」
「いや、流石に無理だ。一番忙しいから。ああ、それなんだけどあんちゃん、祭りの日、一日手伝ってほしいって言われてて。」
「ええ。勿論構いませんよ。恐らく私達も一日取られるでしょうから。」
「そっか。アンが結構悩んでたから、ささっと話してやってくれ。」
「そうですか。分かりました。」
そうして、トモエは手紙を畳む。
少年には語らなかったが、御言葉の小箱、その中の言葉が貴族の中ですでに共有されている事、合わせてそれを運んだ人間を害そうとした愚か者は、一先ずの処分が下ったこと、改めて礼品を贈るが望みの品があるのなら、そのようなことが書かれていた。
さて、礼品、前の世界と違って消え物というわけにもいかないだろうし、日用使いの武器は、どうしても消耗品となりそうではない武器は、飾る場所もない。
さて、どうしたものか、オユキとトモエは、揃って新しい悩みを抱えることとなった。
この町を離れるまで、どころか恐らく教会での祭事が終われば声をかけられるだろう、その時までに何か思いつかなければいけないと、相場も分からない中で、都合の良さそうな物を考えなければいけない。
こればかりはなかなか骨が折れる。
そうしてトモエとオユキが視線を合わせて悩むこと暫く、トモエが良いことを思いついたとばかりに笑顔を浮かべる。
「礼服をお願いしましょうか。」