第152話 帰る前に
「喜ばしいことは続きますね。さ、お二方、どうぞ。」
トモエとオユキが促され、戦と武技の神、その像の前に行けば供物台には、二つの指輪がそこに置かれていた。
恐らくこれが、加護を抑える、そのための物なのだろう。
二人で、こちらのものとは違う、慣れた仕草でそこから頂けば、ただ、これからも励め、そう再び声が響く。
その声にもう一度礼をとってから、立ち上がり、さてどこに戻るかと見回せば、レーナの視線がその隣へと戻るように語る。
そうして、二人並んでレーナの横に立てば、良く響く声で、礼拝堂にいるすべてのものへと語りかける。
「本日我らはこの場で、確かに神の声を聞く、その栄誉に預かれたのです。
そのことをどうか誉れに、今後も良き人として、日々を過ごしましょう。
ではどうか、今日は水と癒しの神を主として祀る教会、そうではありますが、御言葉と、その奇跡を授けてくれた戦と武技の神に、皆さまの祈りと、感謝を。」
そうして、この場が締められ、礼拝所にいた人々はそれぞれに帰っていく。
それを眺めながら、オユキとトモエはレーナとリザに改めて礼を告げ、不作法があったのならそれをと謝罪する。
「いえ、突然の事ですし、こちらの儀礼に合わせて頂いて、それに難癖をつける等。
それと司祭様、お二方からは、当日までに覚えることができるならと。」
「まぁ、寛大な心遣いをありがとうございます。
そうですね、日程次第、皆さまの都合もあるでしょう。
そのあたり改めてお話しさせていただく時間を設けさせていただいても宜しいでしょうか。」
「ええ、勿論です。」
「ありがとうございます。それとそちらの子たちも。」
「えっと、私達ですか。」
「ええ、人ではいくらあっても足りないでしょうから。
お手伝いをお願いしてもいいかしら。」
そうレーナが声をかけ得ると、アナとセシリアが特に喜ぶ。
他の三人も、そもそも慣れているし、それが生活の一部なのだろう。
ただ当たり前と、それを受け入れている様子だ。
そこで、オユキはふと思い出して、レーナに声をかける。
「司祭レーナ様。」
「異邦のお方、得難き恩人足る方に敬称を付けられては、私はどうすればよいのかと、こうして戸惑いを覚えてしまいますわ。」
「それでは、レーナ司祭。こちらのアドリアーナ、魔術の適性を見た折に、水と癒しの神、その色が。」
「あら、素晴らしい事ですね。
もちろん当教会も教えを望むものに閉ざす門はもっていません。」
「あの、でしたら、お時間のある時にどのようなことができるのか教えてもらいたいです。」
「ええ、勿論ですとも。魔術となると限られますが、どうぞ時間のある時にいつでもおいでなさい。」
それにアドリアーナがありがとうございます、そう頭を下げたところで、オユキとトモエは改めて別れを告げる。
「それでは、本日はお世話になりました。
その、宿ですが、申し訳ありません、宿の名前を聞いておりませんでしたので、明日、改めて。」
「ええ、お手数かけますがよろしくお願いいたします。
祭りの日程が決まれば、私どもから改めてそちらへ遣いを。」
そんな話をしながら、いたずら気な視線をアマリーアに送れば、わざとらしいため息が返ってくる。
「ホテル・カテドラルですよ。使徒様が特別にとお造りになった、あのホテルです。
それで、手間を省いたのですから、私達の事を忘れて帰るのは、やめて頂けるかしら。」
その言葉に、オユキとトモエは笑顔を返すが、少年たちは反応がやはり素直な物だった。
「ああ、そういや、そうだったな。もともとそんな話だっけ。」
「ほんと、すっかり忘れてたわ。」
「なんだか、今日は色々あって疲れました。」
その言葉にアマリーアがただ肩を落とす。
「私だって、神の奇跡を胸に、このまま帰りたい気持ちでいっぱいですわ。
正直、胸に秘めておくには難しい話もありましたもの。」
「アマリーア様。」
「ええ、分かっていますレーナ様。ただ、明日にと、そうするのもなかなか難しいのです。
正直私も、こんな面倒ごと、本当は関わりたくないのですから。
ですからどうか今日で終わらせましょう。」
「ええ、分かりました。レーナ司祭、改めて話し合いの場をお借りしても。」
「勿論です。それと私も同席しますね。神の前で、改めてそのようなお話でしたから。」
「ええ、お願いします。それにしても、司祭様が聞かなければいけない横槍ですか。」
「悪い話ではないのですが、放っておけば悪いことになるかもしれない、そのような話です。」
アマリーアはそういうと、殊更大きなため息をつく。
その隣では、変わらず顔色の悪いカレンが立っていたが。
そうしてレーナに案内された先は、最初に通された部屋とはまた違い、応接間と、そう分かる場所であった。
席に着くと同時に、人数分の飲み物が並べられ、各々それに口を付けると、アマリーアが早速とばかりに口火を切る。
「商業ギルドに、領主様から相談がありました。
どうにか、競売にかけず、トロフィーを直接購入できないかと。」
「西は、やはり行政区ですか。」
「行政区、成程的を得た呼び名ですね。貴族街の中心、そこに公爵様が政務を行うための城がありますから。
さて、そこまでわかっているのであれば、分からないことを聞いたほうが早そうですね。
それとも、そちらの少年たちにも、私から説明したほうが良いのかしら。」
そう首をかしげるアマリーアに、シグルドが首を振って応える。
「いや、後であんちゃんに聞く。なんだかんだで疲れたし、早く終わったほうが、皆良いんだよな。
俺たちだけの時は、分かるまで説明してくれって言うけどさ。」
そういって、周囲の顔を見回すと、ただ、とシグルドが言葉を続ける。
「そっちのねーちゃんがやけに顔色悪いのだけは、気になるかも。」
そうシグルドが言えば、アマリーアはそれに対してただ肩を竦める。
「この子は、あなた達、見た目は子供ですから、上手くやり込める、そんなことを考えていたんですよ。
まったく。商人であればこそ胸襟を開いて話せと、いつもそう言っているでしょうに。
ギルドの利益など、程々にあればよいのです。降ってわいた儲け話、それに飛びつく愚か者は商人として大成できませんよ。」
「仰る通りです。その、皆さまには改めて謝罪を。」
「私からも、この通り。」
そうして二人が頭を下げるが、シグルドはそれに対してもよくわからないと首をかしげる。
「別にまだ何も起こっちゃいないし、いいんじゃねーか。
見た目ではんだするなって、それが難しいのは、俺もよく分かるし。」
「まったく、こんないい子を食い物にしようなどと。私がホセから相談を受けなければどうなっていたことか。」
「恐らく、狩猟者ギルドの方々とやりあっていたでしょうね。」
オユキが微笑みながらそう言えば、カレンはまた顔色を変える。
「さて、ある程度舞台裏は読めました。
競売に賭ければ、同じ品を求める方との間で、値段が上がり、無意味な出費が増えるでしょう。
狩猟者ギルドでも、値段が上がる品だ、そう考え相応のそれこそ最低ラインの価格を用意する。
直接の取引であれば、そういった不要を、そして手に入らないかもしれないと、その可能性を避けられる。
ですが、毛皮にそこまでしますか。珍しくはあるでしょうが、そこまででしょう。」
「一応、こちらは話して回らないでくださいね。王太子妃様のご懐妊が間もなく発表されます。」
「ああ、その贈り物。確かに珍しければ縁起物として相応しくはありますか。
しかし、こちらの要望は。」
オユキが少し目に力を込めてそう話せば、アマリーアはただそれに頷く。
「私はこの子とは、というよりもこの子に押し付けた愚か者とは違うもの。
シエルヴォの頭部をそのまま。後はグレイハウンドとプラドティグレの毛皮それを。」
「ああ、他の方が傘を借りて全てを、と。
領主様は良い方のようですね。」
「魔物の相手を進んでしてくれる相手が離れれば、都市がどうなるかなんて、領主さま以上に思い知らされてる人間はいない者。それで、そちらは。」
聞かれて、オユキはシグルドに視線を向ける。
「相場でいいさ。無理に高く売る物でもないしな。
ん、でも相場で売って、武器って買えそうか。」
「求める品質次第、ではあるけれど、まぁそれこそ普通の、大量に作れるような物なら、20や30簡単に買えるわ。」
「そっか。じゃぁ、俺はそれで。ホセのおっちゃんはそれでよかったのかな。」
ここまでただ黙って、影のようになっていたホセにシグルドが視線を向ければ、彼もそれに頷く。
「ええ、代わりにこちらでの買い付けに、便宜は図ってもらいますから。」
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宜しければ、そちらもご一読いただけましたら幸いです。