第149話 お使いクエスト
それからしばらく、少年たちがただ静かに祈りを捧げるのを見守っていると、一人ずつ立ち上がっていき、全員が立ち上がると、振り返り、見守られていたことに驚きながら、近づいてくる。
「神への感謝は、捧げられましたか。」
「はい。司祭様。その、お待たせしてしまって。」
「謝ることなどありませんよ。人よりも神を優先する。それは正しい事ですから。」
そういって、司祭が微笑み頭を下げるアナの頭をなでる。
「遠い場所より、危険を超え、よく無事に来られました。
私からも、風と旅の神、その恩恵に感謝を。」
そういってアナの頭から手を放し、その手で印をきる。
「ありがとうございます。司祭様。その、ロザリア様から、手紙が。」
「ええ、聞いています。お預かりしても宜しいかしら。」
「はい、これです。」
先ほどは来たばかりで気が張っていたのだろうが、今となってはいつもの彼女らしいやり取りに、オユキとトモエは思わず苦笑いが零れる。
少年たちの中では割としっかりしているとはいえ、そのあたりは年相応と、そういったらしさがある。
ただ、セシリアとアドリアーナが苦い顔を見せているあたり、案外根は粗忽なのかもしれないが。
「ありがとうございます。確かに。
後で読ませて頂いて、必要でしたら、私からの返事をまた届けて頂けると嬉しいのだけれど。」
「はい。勿論です。」
「ありがとうございます。では、その時はよろしくお願いしますね。」
そういって、微笑む司祭に、トモエが数歩近寄ってから声をかける。
「私達からも、用件があるので、この場でお伝えさせて頂いても構いませんか。」
「ええ。勿論ですとも。」
その言葉に、トモエが腰につけている小物入れから、今朝がた枕元に突然現れた透明な立方体を取り出し、それを司祭に見せる。
「その、この子たちと違って、作法が分からず。」
「まぁ、それは。」
司祭はそれがなにか分かるのか、ひどく驚いた顔をしている。
その様子にオユキが周囲を伺えば、表情を出しているのはアマリーアもであった。
他の者は、それがなにか分からないのか、何故今ここでそれを渡すのか、分かっていない風である。
「ええ、戦と武技の神より預かりました。水と癒しの神が、今こちらに言葉を届ける余裕がないため、こちらに伝言が入っていると。」
「まぁまぁ。なんと有難い事でしょう。作法など、所詮は私どもが分かり易くするためのものでしかありませんとも。神より直接頼まれたかだが何を憚る事が有りましょう。」
「この町にある、水と癒しの神の教会へと、そう伺っております。」
「こちらで間違いありませんとも。」
そう答えた司祭は、トモエの前でひざを折り、頭より高い位置に手を出す。
トモエは、とりあえずと、戦と武技の神への印を切ると、一つづつ司祭の手へ、預かり物を乗せる。
「異邦の者ではありますが、トモエがここに、確かに戦と武技の神よりの預かり物を。」
「水と癒しを司る神、それを祀るレーナ・アスクレピオ・プリエステスが確かに受け取りました。」
そのやり取りで、司祭が立ち上がると、やはり気になったのか、トモエが質問を行う。
「その、確認をしておきたいのですが、本来であれば、どのように。」
トモエが少しバツが悪そうに尋ねれば、司祭レーナは、それに苦笑いで応える。
「恐らく、想像されている物より、数段大仰なものになります。」
「神から言葉を賜る以上、そうなりますか。」
「ええ、後程私どもで執り行わさせていただきます。お望みとあらば、もちろん届けてくださった方ですもの、喜んでお招きしますよ。」
「その、見学で済むのであれば、興味はあるのですが。」
「流石に、届けてくださった方が教会におられるのであれば、私どもといたしましても。
ただ、無理強いは望めませんから、見学でも足を運んでくださるというのなら、何よりでございます。」
「あまり馴染みがありませんから、申し訳ありません。
その、事前に教えて頂けるのであれば、もちろん協力できることがあれば吝かではありませんが。
私のようなものに預けるほどです、急ぎとそういう事ではないのかと。」
「ええ、そちらは、そうなるでしょう。ですが、この言伝の証が3つあるのは、そういった事も踏まえて、でしょうから。一つは、そうですね、皆さま、奥へ。それと、リザ。準備を。」
「かしこまりました、司祭様。」
司祭の言葉によれば、3つある、それは繰り返すそのためではないかとのことだが、そもそもあの小さなさいころのようなものに、伝言、それ自体が不思議ではあるし、神がこうして人をはっきりと慮る、その在りようが不思議に感じられる。
そんなことを思いながらも、少しずれた場所へ視線を送れば、顔を青くしたカレンとため息をつくアマリーアが対照的だ。
さて、そうであれば話を押し込まれたのはカレンで間違っていなかったと、そういう事らしい。
こちらもまとめて片付けばいいのだが、トモエもなかなか過激な手を打つな、そんなことを考えてオユキが視線をトモエに戻せば、実にいい笑顔でトモエがオユキに目を合わせる。
その目に浮かんでいるのは、子供に危害を加えようとした、その明確な怒り。
オユキが少々棘を刺した程度では、残念ながら収まっていなかったようだ。
こちらも、手を打たなければいけないなと、そうオユキは内心でため息をついて、算段を始める。
せっかくのこの世界、出来ればこういう心配りではなく、楽しく、過去に楽しんだあの世界、それがまぁ、どうしても人の生活、その生々しさを持てばどうしてもこういうことも起こるかと考えどうにか切り替える。
叶うなら、稀な出来事であってほしいと、そうとだけ思いを残して。
司祭の案内についていきながら、トモエの手を取り、分かっています、任せてくださいと、その意志だけを伝えて歩けば、暫く歩き、奥まった一室。応接室ではないだろう、それでも仕立ての良い家具が供えられた一室へとたどり着く。
「さ。皆さんどうぞ楽になさってください。」
司祭に促され、それぞれが席に着くと、アナがやけにキラキラした目で、司祭が恭しく机に置いたものに視線を向けている。
「アナさんは、これ、ご存じなんですか。」
「オユキちゃん。これなんて言ったらだめ。」
軽く話を向けたつもりであったが、思いのほか強い声で返され、ああ、そういえば神々から直接頂いた物であったと、オユキは思いなおす。
「その、申し訳ありません。」
「持祭アナ、その様に言う物ではありませんよ。」
「その、ごめんねオユキちゃん。強く言いすぎちゃった。」
「いえ、どうにもあちらでは神の距離が遠く、こうして未だにそれを引きずってしまいますから。
敬意を払う事を忘れるつもりはありませんが、そう見えたのなら、注意していただけると、こちらも助かりますから。」
そういって、オユキが微笑むと、アナもそれに笑顔を返す。
「では、持祭アナ、知識を望む者へ、説明を。」
「分かりました。トモエさんが運んでいたのは、御言葉の小箱。神々が人に言葉を下さる方法は3つ。
一つは、神託で、司祭様とか巫女様に直接言葉を伝える方法、後は信徒が祈りを捧げたときに、極稀に。
この前、戦と武技の神から、傭兵ギルドでお言葉を頂いたのが、神託だよ。
一つは、神界に招かれて、直接お言葉をかけていただく方法。夢の中とかであるみたい。
えっと、神託とは、何が違うんだったかな。」
アナがそういって、思い出そうと首を傾げ始めると、セシリアが言葉を添える。
「もう。お言葉だけ頂くのと、御前にお招きいただく事。それが一番違う事だし、格が大きく違うでしょ。」
「でも、どちらも神様が私たちに、直接何かしてくださってるんだよ。」
「それはそうですけど、どちらがより深く、そういう事だったじゃないですか。」
「でも、それは私たちの考えだし。」
そうして、セシリアとアナが話し始めたのを、レーナが手を叩いて止める。
「大事な話ではありますが、今は説明を待っている人がいますよ。
それは、それよりも大事な話ですか。」
そうかけられた言葉に、二人そろってオユキに頭を下げる。
アルファポリス
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/160552885
カクヨム
https://kakuyomu.jp/users/Itsumi2456
にて他作品も連載しています。
宜しければ、そちらもご一読いただけましたら幸いです。