第145話 領都の朝
「あれは、今は無理ですね。」
起き上がるなり、オユキとトモエは顔を見合わせてそう話す。
「ええ。蟻がどれだけ物理に頼ろうと、象は倒せませんから。
いえ、象の皮膚から浸透して、十分な効果を発揮する毒があるなら。」
「それはもう、蟻ではなく、その形をした兵器かと。」
そんな益体もない話を続けながら、体を伸ばそうと考えるが、先にと枕もとを確認すれば、夢の中で言われたように、不思議な立方体が3つ程置かれている。
「おや、一つではないのですね。」
「さて、とにかく確かに届けましょう。それにしても、水と癒しの神を祀る教会ですか、どこにあるのでしょうか。
あの仰りようであれば、この町にあるのでしょうけれど。」
「それこそ、尋ねてみるのが良いでしょう。
ん、まずはお風呂と、そうしませんか。」
そうして二人で、朝からゆっくりと浴室で過ごしていると、少年たちも起きだしてきたようだ。
まだ夜明けといった時間ではあるが、教会で育ったという事もあるのだろう。
旅の最中は疲れに加え、眠りやすい環境ではなかったからかと考えていたが、そうでもないらしい。
「おはようございます皆さん。」
「おはよ。疲れてたから、起きるの遅れちゃった。」
そういって、アナがあくびをしながら体を伸ばしている。
柔軟をするようにと言ったが、きちんと習慣になっているようで何よりだ。
「皆さん起きてきたようですし、少しのんびりしたら食事を頼みましょうか。」
「あれ、オユキちゃん髪が濡れてる。」
「ええ、先にお風呂に。目が覚めますよ。」
「あ、そっかお風呂があるんだ。私も入ってこようかな。」
「それも良いかと思いますよ。」
そうしているうちに少女三人が連れ立って、浴室へと向かい、残されたものたちで柔軟を続ける。
「で、今日は昼頃に工房だったか。」
「はい。朝食を終えたら商人ギルドへ向かいましょうか。
時間が余るようでしたら、狩猟者ギルドにも寄りたいのですが、私達も教会に用ができましたから、そちらが先ですね。」
「あれ、そうなのか。」
「はい、水と癒しの神を祀る教会へと。」
「へー。そういや、ここってどっか武器振れる場所はあんのかな。」
「それも探さなければいけませんね、傭兵ギルドもあるでしょうから、そちらでまた場所を借りられればいいんですけど。」
「あんま、町中に空き地はなさそうだったからなぁ。」
「いえ、あったとしても、あまり町中で、場所を構わず武器を振り回してはいけませんよ。」
そう言えば、シグルドもそれには分かってると頷いた。
「魔物は、どうする。」
今度はパウがそう聞いてくる。
「今日と明日はお休みですね。まずは武器の手配、それから教会への届け物、それからです。
町がかなり大きいので、移動で結構な時間を取られるでしょうから。」
「ああ。分かった。」
「それに、このあたりの魔物の情報調べてないしな。」
「ええ、その通りですよ。」
そんな話をしていると、少女たちも浴室から出てきたため、朝食の時間となる。
「えっと、二人とも、慣れてるみたいだけど。」
「いえ、こちらの作法は詳しくありませんから、どうなのでしょうか。
流石にそれを習うとなると、簡単ではありませんが。」
内装や運ばれる料理、側にウエイターが控えている、そんな状況にどうしても緊張するのだろう。
アドリアーナがぎこちなくオユキとトモエの動作をまねしながら、そう尋ねる。
ただ、二人にしても、以前覚えたテーブルマナー、ところ変わればいくらでも変わるそれを、欧州で一般的とそうされている形で行っているに過ぎない。
その返答にアナがウエイターを見るが、まぁ、ここまで教育の行き届いた従業員であれば、その視線をもちろんただ受け流す。
そもそも完全に区切られたスペースで、他の利用客から見える場所でもないのだ。
悪戯に備品を損なうような真似をしなければ、彼らにとっては、こちらが寛げることが正解なのだから。
「ああ、申し訳ありません、コンシェルジュという呼び方であっているでしょうか。
食事を終えたら、商人ギルドへ向かいたいのですが。」
オユキが控えているウエイターにそう伝えると、彼は頭を下げて訂正をする。
「この部屋付きの執事に伝えておきます。」
「ああ、そうなっているのですね。お願いします。」
そうして食後に、飲み物を出されて、用件を伝えた以上はと、部屋でのんびりと待っていると、アナからあれこれと質問をされる。
「えっと、二人とも宿の人を呼ぶ時に、呼び方かえてるけど。」
「そうですね、場所によって異なりますが、一般的な、あくまで異邦で一般的だったものですが。
アナさんも、教会でロザリア様とそれ以外の方、役職で呼ぶこともあるでしょう。」
「宿にもあるんだ。」
「おおよそ、仕事、人が集まって組織として動かなければいけないときは、役割分担が発生しますから。
狩猟者でも、ありますよ。偵察する人、盾を持つ人、魔術を使う人。
それぞれ名称があるかは分かりませんが、そうして分業が一般的になれば、呼び名も変わってくるでしょう。」
「そんなもんか。」
「そんなものですよ。狩猟者、商人、魔術、ギルドだってそれぞれでしょう。
全部一緒だと、大変そうではありませんか。」
「あー、そっか、それだと一回中に入ってから探すのか。
いや、同じだと、全部同じ場所に行くのか。」
「分かれていると、使う方も楽でしょう。」
そうして待っていると、ドアをノックする音が聞こえ、入室を促すと、その人物が執事として付けられているのだろう、紳士然とした初老の男性が、燕尾服に身を包んで、頭を下げている。
「馬車のご用意ができました。早速出発なさいますか。」
「はい、よろしくお願いします。」
「お帰りはどうなさいますか。」
「予定が立たないので、こちらで。」
「かしこまりました。ではご案内します。」
そうしてホテルの出入り口の正面に用意された馬車に乗り込むと、ゆっくりと、それこそここまでの移動で草原を突っ切った時とは比べ物にならないゆったりとした速度で進みだす。
馬車の客室にしても、丈夫な梁に布をかけただけの物では無く、きちんと客車として作られたものであり、座席も用意されている。
そういった物をいざ使うとなれば、オユキとトモエにしても物珍しさで嬉しくなるもので、少年たちと改めて今日以降の予定を賑やかに話しているうちに、直ぐに目的地へとたどり着く。
「中を確認されなかったという事は、門を超えていないのでしょうか。」
「外に出るときは、という事も考えられますが、まぁ、出てみれば分かるでしょう。」
「それもそうですね。」
そう話し、馬車から出てみれば、さて一番近いのはイタリアでも有名なあの町であろうか。
道の中央を幅のある水路が隔て、左右には背も高く、幅も広い石造りの建物が並んでいる。
どの建造物にしても、前庭と道を分ける門があり、緑と季節の花だろう、見覚えのあるものとない物が美しく彩っている。
「素敵な景観ですね。」
「本当に。」
視線を馬車の進行方向へ向ければ、周囲の建物よりもさらに一段は高い石壁が見え、その奥にも尖塔に城とそうとしか言えない建造物も見える。
そうしてあたりをのんびりと二人で眺めていると、御者ともう一人いたのだろう。宿の制服に身を包んだ人物が、門の警備をしている人物に声をかけてから、戻ってくる。
「お待たせいたしました。ホセ様は既に到着されているようです。」
「ありがとうございます。滞在中、またお願いすることもあるかと思いますが。」
「ええ、いつでもお申し付けください。」
そうして場所と別れて、未だにあたりをぼんやりと見まわす少年たちに声をかけ、門に近づけば、それが当然とばかりに門番がそれを開け、招き入れる。
そして、横合い、小さな守衛室から、一人の人物が出てきて案内を買って出てくれる。
門からは、数十メートルは距離があり、商人ギルドというよりも格式のある旧家や富豪の屋敷と、そう言われたほうが納得できそうなものである。
「素晴らしい庭ですね。」
「ありがとうございます。当ギルドの長が、特に力を入れておりまして。」
「成程、道理で。」
そうして、少し話していれば屋敷としか言いようのない建物に案内され、応接間に通される。
中の絢爛さに少年たちがまた身を固めるのを見て、程々になれなければいけませんよと、そんな声をトモエがかける。
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