表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/1233

第135話 領都前

「やっと、領都か。」

「ええ、流石に連日馬車の中だと、疲れますね。」


シグルドが、ぐったりとした様子でそういえば、トモエも疲れた声で同意する。

朝から晩までというほどでもないが、それこそ8時間程度はこうして、馬車の中でただただ時間を使っている。

合間に魔物を狩るための休憩時間を、毎日心待ちにしてしまうくらいだ。


「瞑想ばかりも、流石に体が固まりますからね。」

「んで、これっぽっちもマナの気配なんてわからないと来てる。」

「芽が出たのはセシリアさんくらいですか。」

「あんちゃんとオユキは、こう、すっとこなすと思ってたんだけどなぁ。」


その信頼は嬉しいが、流石に過大評価だと、トモエとオユキは笑う。

剣で圧倒できるのは、積み重ねがあるからでしかない。

勿論人生経験というものは彼らに比べればあるだろうが、今度ばかりはそれが足を引っ張っているのだろう。


「異邦には、マナなどありませんでしたから。」

「正直、あるといわれて、その、向こうではまずできない事を目にしていますが、それが無ければ存在を信じなかったでしょうね。」

「そっか。」

「おや。速度が落ちてきましたか。」


休憩を終えてから、そこまでの時間はまだ立っていない。

目的地に着くには早いはずだ、そう思い、馬車の布を開けると、説明に来ていたのか、傭兵の一人と目が合う。


「ああ、気が付いたか。そろそろ領都が近いからな。あんまり速度出してると、怒られちまう。」

「成程。相応に人出もあるでしょうからね。」

「その通りだ。これまでの町はすんなり出入りできたが、領都はそうもいかんからな。」

「速度がそうでもないなら、私達も歩きましょうか。流石に、気が滅入ってきました。」

「ちょっと待て、話してくる。」


そういって一度引っ込んだ傭兵がまた戻ってくると、オユキ達は馬車から降りて、体を伸ばす。

昨日から遠くに見えてはいたが、目の前には一面の灰色が広がっている。

それこそ、軽く視線を左右に振ったくらいでは、途切れないほどに。


「壁もかなり近づいたみたいですね。」

「まぁ、のんびり歩いて後3時間ほどか。」

「遠近感が狂いますね。」


トモエが壁を見ながらため息をつくようにそう答える。


「ま、そこらの町とは壁の高さも厚さも違うからな。

 近づきゃ、より驚くだろうさ。」

「それは、楽しみですね。」

「ま、その前に、速度を落としたから、さっそく魔物だ。

 このあたりはグレイハウンド、タンブルウィード、シエルヴォ、それと、気を付けなきゃいけないのは。」

「プラドティグレでしたか。正直人里近くで出ていい物とも思えませんが。」


トモエはそう応えて、苦笑いをする。

徒歩三時間圏内に、虎が出る様な人里など、前の世界ではそうそうある物では無い。

そもそも、人里にとらが出れば、大騒ぎになるのだから。


「ま、そこまで大きくはないからな。あんたらは、うん、どうにかできそうだが、餓鬼どもの手に余ると思ったらこっちで対処するからな。」

「ええ、頼りにしています。」


そう答えると、トモエは早速少年たちに声をかける。


「では、行きますよ。今日がグレイハウンドと戦うのは、初めてです。

 油断なく、確かに。今のあなた方ならやれると、そう判断して、任せます。

 意味は分かりますね。」


その言葉に、シグルドがすぐに頷くかと思えば、彼はただ身体を固くして、自分の手を見ている。


「やってみます。」


アナがそんなシグルドの様子を見て、心配そうな表情を浮かべるが、ただ、そうとだけ答える。

初めての魔物、それと対峙することに緊張しているのかと思えば、表情が厳しすぎる。


「では、パウ君からにしますか。」

「ああ。」


そう声をかければ、ただパウが進み出るのを、シグルドが見送る。

非常に珍しい、その光景に、さて何事かと思えば、シグルドの背中をアナが叩く。


「緊張しない。思い詰めない。何回も言われたでしょ。」

「でも、前は俺のせいで。」


シグルドのその言葉に、オユキはそういえばと思い出す。

イリアとカナリアと出会う、その切欠。

そこで彼は、なかなかの事をしていたなと。

ならば、オユキからかける言葉は一つしかない。


「あの時と、今は違います。それを証明しましょう。」

「ああ。その、悪かった。今更だが。」

「気にしていませんよ。ほら、痕もないでしょう。」


オユキはそういって、服の袖をまくり見せる。


「でも、万が一があったんだ。確かに、あの時は。」

「それが分かるようになったのなら、構いません。

 それだけでも、あの時とは違います。それに結果として、皆無事でしたから。」


オユキは、それにほらと、少し前を指す。

そこでは、トモエがいつでも助けられるようにと構えてはいるが、パウがグレイハウンドが飛び掛かってくるのを、真っ向から棒で打ち据え、地面にたたき落としていた。

そこで油断するでもなく、棒術というよりも、槍術の一環として教えた突きを、地面に向けて行い、その結果として、彼の雄たけびが聞こえる。


「そっか、やったか。」


彼らにしてみれば、命の危機を始めて感じた魔物であろうし、初対面のイリアに手ひどくあしらわれた、そんな相手でもある。

それを今、こうして一匹だけとはいえ、一人で倒せることが証明された、その事実は大きいのだろう。

それを見て、程よくシグルドの肩から力が抜ける。

そして、パウにしては珍しく、トモエに叱りつけられている。

その様子を見守る、周囲に散った傭兵も、微笑まし気にパウを見ながら、初心者の一つの壁だよな、などと話しつつも、数匹で群れたグレイハウンドや、角というよりも、枝分かれした刃物とでも呼んだほうが良いような、そんな角を振り回して突っ込んでくる鹿を仕留めている。


「次は、俺がやる。」


戻ってきた、パウにそう告げて、シグルドがその場で数回素振りをすると、トモエのいるほうへと進んでいく。

まだ、力が入りすぎているなと、オユキが見ても思うほどではあるが、そちらはトモエに任せ、オユキはパウの様子を見る。

彼は、武器の様子を確認するでもなく、何度も手を開いては閉じてと、そんなことを繰り返している。


「お見事でした。今回は武器も大丈夫でしたか。」


オユキがそう声をかければ、パウが慌てたように、武器を確認する。


「強くなったか。」

「ええ、前よりも遥かに。」

「前が、お粗末だったか。」

「独学では、限界がありますから。」

「そうだな。運が良かった。」


相変わらず、端的に喋るパウではあるが、何を言いたいかはオユキにもわかる。


「これまでの皆さんの努力に、神様が幸運を与えて下さったのかもしれませんよ。」

「そういう事もあるか。」


そう答えると、パウが改めて武器を細かく確認し始める。

そして、間が良いのだろうか。

シグルドがちょうどグレイハウンドと相対し始める。

肩に入っていた力が、程よく抜けているのは、トモエが上手く声をかけたからだろうか。

飛び掛かるグレイハウンドに対して、シグルドが動き出すのを見て、オユキは声を出す。


「おや。」


これまでは、飛び掛かる魔物を正面にとらえ、それに対して剣を振る。

間に合わない、体勢が崩れているなら躱すと、そういった方法ばかり教えてきたが、彼は飛び掛かり振られる爪の軌道からまず体をそらす。

足運びは拙く、避けた後に剣を振るのに、足の位置を直す羽目になっているが、それでも、以前オユキが打ち合ったときに一度だけ見せた、過剰な力の入っていない、見事な一振りでグレイハウンドの首を切り落とす。

ただ、しぼりが甘い。

そのまま剣が地面をたたいたため、トモエに叱られることだろう。


「やるな。」

「武器の差もありますから。」


呟いたパウに、オユキはそう声をかける。

彼の武器は、そもそも斬れる物ではないのだから。

そして、パウよりも派手に、両手を空に掲げて喜ぶシグルドを、鞘に入ったままの剣でトモエが叩き、その様子を見たアナもただ額を抑えて、天を仰いだ。

アルファポリス

https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/160552885

カクヨム

https://kakuyomu.jp/users/Itsumi2456

にて他作品も連載しています。

宜しければ、そちらもご一読いただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー アルファポリス
― 新着の感想 ―
[気になる点] トモエに𠮟りつけられている。  叱りつけられている?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ