第1232話 改めて
「装飾の類を、もう少し増やしてもいいかとは思いますが」
ようやくこれで完成とばかりに、侍女たちが、特にエステールが疲れ切ったと言わんばかりの表情を浮かべてオユキをトモエたちの元に連れてきた。
成程、完成系としては、降臨祭での装いがまずは先にとなったのだろう。
武闘大会の折に着こんでいた薄墨色の衣装ではなく、緋袴は新年祭で着こむ予定があるからとまた少し異なる色合いで。言ってしまえば、冬と眠りの色を差し色とした、闘技大会の折に来たものとは綺麗に逆だと分かる色合い。
オユキの背丈、現状の体系を考えれば少し背伸びをしているようにも、オユキ自身は間違い無くそうした印象を受けたからだろうと分かる洋装姿。
スレンダーラインと呼ばれる形状の、オユキの体系を隠すのではなく、寧ろこれが今の姿だと示す形状。
アイリスは変わらず、部族の物と分かる装束に身を包み、型や武国の巫女として少女たちのほうと何やらオユキと共にトモエも僅かに習い覚えた挨拶などを交わしているヴァレリーはらしい長衣姿。
成程、どうやら今回に関しては三者三様とその様に決まったのだなと、トモエとしてはその様な事を考えながら。
「洗礼の際に、どうしても動きを作らねばならぬこともありますし、その、私と、そうしたことを望まれる方々との差を考えると、ですね」
「確かに、生後すぐにとなる事を考えれば金属の類は危ない、ですか」
「慣れた方であれば問題ないのかもしれませんが、生憎と私では」
「簡単な貴石に穴をあけて、そうした飾りも良いかとは思いますが、そうした物はどちらかといえばカリンさんにばかり回していましたね」
シェリアとエステールの要望、間違いなくオユキは断る、身に付ける事を渋る理由というのを伝えていないだろうと考えて。トモエは、侍女たちの視線を追いかける形で簡単にオユキと話していく。
飾り立てたい者たち、それに対して祭りの場では己は明確に職務を持っており、衣装として最低限求めるところがあるのだと考えるオユキと。
間を埋めるのも、トモエの役目なのだろうとどこか諦観という程でもなく、苦労を覚えはするもののどこか楽しさを感じる時間。
ここ暫くは、オユキにしてもセツナから程よく言われることもあって、美的感覚というのもかなり難しい己の見た目に対する自尊心とでも言えばいいのだろうか。
トモエの手によって作られた己の見た目、それを如何に飾るのか。
他と比べて、己の見た目という物が優れているのだと見せようと、そうした部分ばかりではなく。
如何に己がトモエを喜ばせるのか、そうしたことを起点として考えて。
「今からでも、間に合いそうなものですが」
「ですが、オユキさんとしてはそうした硬質な物がやはり赤子に触れるかもしれないというのは」
「金属であれば、その、過去の事として」
「そういえば、こちらでは効かぬからと見落としていましたね」
オユキの装い、恐らくオユキが押し通しただろうことして、今は功績の類にしても首から下げてそのまま胸元の中に。
オユキがあまり肌をさらすことを好まぬことに加えて、色々と暗器を近頃持ち歩くことを考えての事もある。洋装姿では袂に隠すのは難しい。さらには、人前で、それが必要と判断した時には平然と衣装などどうでもよいいとばかりに破り捨てるなり切り捨てるなりすることを警戒もされている。だからこそ。胸元周りにはきちんと多めの布を使って、色々と仕込める空間を用意もされている。
勿論、他にもオユキの体系を少しでも他の二人の巫女から見劣りせぬ様にとの配慮もあるのだが。
「そのあたりは、どうなのでしょうか」
「後で、それこそ聞いてみるしかありませんか。そういえば、今度ばかりはヴァレリー様もおられますし、そちらとも分担してかと考えていたのですが」
「ええと、その、マルタ司祭からのご指名と申しますか」
「オユキさんも、習った事をきちんと行えるのかとそうした話ですね」
ヴァレリーは己の巫女としての資質を気にしている、それに間違いはない。
だが、すっかりと慣れた所作が通じるからだろう少年たちとの挨拶、そちらに関してはオユキなどよりも遥かになれた動きを見せている。
トモエから見て、手弱女とそうした部分は変わらないのだが、きちんとした動き、理合いの存在する所作であるには違いない。何よりも、細かく足を置く場を変えながら、身振りをそれに従うように、指先までもきちんと意識を通した動きとして。
何故それが武の場面で生かされぬのかと、そうした疑問を持たないわけでもないのだが。
「トモエさんは、当日の衣装は」
「私の物は、やはりどうしてもオユキさんと比べると簡素な物になりますから。祭りの間にしても、その、鞘の件が」
「事前にと言う訳にも、確かにいきませんか」
王都にいくつもある広場、その大半は確かに降臨祭として領都や始まりの町でもあるように、民たちの場で埋まる事にはなる。貴族区画の中だけで祝うような物でも無い祭り、そも教会にしてもすべてが今オユキたちがいる区画の外にある。
そして、そちらでオユキが頼んでもいるトモエのための鞘、すっかりと降臨祭におけるファンタズマ子爵家からの出し物とでもいのだろうか。アルノーにも頼んで、その場では振る舞いを出すと決めていることもあり、かなり忙しくなるだろうこと。そちらの為に、トモエとしても今既に存在している簡素な鞘しか身に付けられない。
つまりは、あまりにも衣装を華美にしてしまえば、トモエは普段使いの太刀を佩くことが出来なくなる。
オユキであれば、構うまいというのだろうが、トモエとしては己の審美眼が許せるような物でも無い。
当日には、そも、祭りの場、戦と武技の巫女であるオユキの隣に立つための衣装とて、オユキは知らぬのだが幾つも用意がなされている。
こうして、己が飾り立てられてはトモエに意見を聞きに来るオユキではあるのだが、ではオユキがトモエの装いを気にするのかと言われれば、そこまで気が回らないというのも事実。
苦手意識がほとんどを占めているのだが、元よりオユキ自身が作った姿であり、長い事使っていた姿だという意識もある。
「ですので、当日は公爵様から私も宝剣の類をお借りすることに」
「良いのですか」
「ええ、儀仗としてのと言う事でしたら、流石に今の普段使いにしている物はと考えてしまいますから」
そうして、トモエがオユキの意識を少しづつ逸らすように話していれば、侍女たちも我が意を得たとばかりに次なる用意を整え始める。
要は、少年たちとトモエたちが話している場、そこにオユキが着替え終わって出てきた以上は、少し時間が空いた以上は簡単にオユキもつまめるものをとトモエは求めている。
この場は、少年たちだけではなく、オユキの練習の場でもあるのだから。
「では、オユキさん」
「何でしょうか」
「あちらで少し、お茶の時間としましょうか。アイリスさんとヴァレリー様もおられますから」
「あの、着替えてからでは」
オユキから、本番用の今の衣装では無くと、そうした訴えがなされるのだが其方にトモエは取り合わず。
正面に立つオユキの隣に立って、改めてオユキの腕をとって。
「既に、簡単に用意を始めてくださっていますよ」
「おや」
少年たちと話しながらも、簡単な身振りで既にエステールが用意を進める様にと他に示していたこともある。
「当日の振る舞いで出す物も選ばねばなりませんし」
「そのあたりは、アルノーの領分では」
「オユキさん、一応はファンタズマ子爵家としての物ですから、オユキさんの裁可が必要ですよ」
オユキとしては、それに関してはすっかりと任せたと考えている。
「それに、あの子達からも」
「いつもの顔ぶれには、少し足りませんが」
「残っている子たちは、残るだけの理由があるそうですから」
トモエに託された、オユキ宛の書簡もあるにはある。だが、それにしても改めて少年たちからオユキへと報告の時間を持ってもいいだろう。
あの少年たちにしても、教会できちんと所作を習っているようで、ヴァレリー相手にはきちんとできてもいたのだから。
「オユキさんも、そのあたりはエリーザ助祭やマルタ司祭とばかり考えず、ヴァレリー様に学ぶのも良いかもしれませんね」
「ああ、教会の所作、ですか。確かに、常の事と比べて整って見えますが」
「私たちにとっての常の事ではありますが、なかなか難しい方も多い事でしょう。過去と変わらず」
オユキには、散々にトモエが言い聞かせたことではある。
武に身を置くというのであれば、常日頃から己の動きをそちらに寄せねばならぬのだと。それが、如何に他から違う動きなのだとしても。オユキにしても、それを良く守ってくれているのはトモエもよく分かる。
こちらに来てからという物、数は少ないのだが、同じような動きをする者たちにしてもちらほらと存在している。
歩く際に、まず頭が上下に動いたりはしない。すり足、実際に地面をこすって歩くようなものではなく、僅かに浮かせてはいるもののという動き。砂地を歩くときに、寧ろ足を擦ったような跡が残れば、きちんとお叱りを受けるという物だ。
その結果として、重心を落とし己の腰を起点として動くという動作、それを行う事が常となっている者たちはとかく頭が上下したりはしない。目線が、ぶれない。だからこそと呼べる動きが、増えていく。
事、こうした動きに関してはカリンも間違いなく身に付けているのだが、彼女のほうはどちらかといえば弾むような動きを作ることが多いため、わざと崩すという場面も実に多い。
オユキのほうでも、近頃はそちらの動きを手本にと考えている素振りが見られるため、トモエとしても改めてオユキの振る舞いを、動きとしての引き出しの数をそろそろ増やすべきかと考えていることもある。
「巫女としての動き、勿論あの子たちもそうなのですが」
「確かに、教会に所属すると考えたときにはという物ですか。ですが、どうにも」
「共通する部分は、きちんとありますよ。そのあたり、改めてヴァレリー様に習うのも良いでしょう」
そして、トモエの言葉にオユキとしても納得する部分がある。
何よりも、武国においてはリゴドー公に連なる人物、こちらではユニエス公爵。その人物を頼って、もしくは押し付けられていた先からさらには子爵家にとなっている人物。なんだかんだと、気にすることも多かろう。
だからこそ、逗留の、身を寄せる言い訳として、ヴァレリーに少しくらいは仕事を頼むのも良いだろうと考えて。
トモエがそうした話をしていれば、何やら少年たちが気の毒そうにヴァレリーに視線を向けているのだが、そちらはトモエとしても気が付かないと振る舞いながら。




