第123話 イマノル
驚く少年たちに、トモエがさて困ったと話しかける。
「さて、こういった技術をこれから伝えていくのですが。」
そう、腕を組んで考えるトモエに、少年たちが不安げな表情になる。
「時間がかかります。最低でも二年程は、かかるでしょうね。
本当に最低限、どうにか形になるまでに。」
トモエの言葉に、もっととんでもない言葉が飛び出すと予想していたのだろうか、少年たちはあからさまに落ち着き、シグルドは頭を掻きながら、トモエに応える。
「まぁ、2年で最低限でも行けるって、そっちのほうが驚きだ。
でも、その、いいのか、そんなに長い事。」
「そちらは、構いませんよ。ただ、技術ばかりに目を向けて、せっかくの実践の機会を捨てるのも惜しいと、そう思ってしまいますから。」
「まぁ、俺たちも魔物を狩らなきゃ、生きていけないしな。いや、他にも仕事は探せばあるんだろうけど。」
「そうなんですよね。朝から晩まで、寝ているときも夢に見るほど、こちらの世界に漬け込めば、もう少し上達も早いのでしょうが。」
「その、私教会のお手伝いもしたいかなって。」
トモエが、さも当然と呟いた言葉に、アナが恐る恐ると言葉をはさむ。
「そうですよね。武のために人の世を捨てろというのも、まぁ、一部ではやりますが、私もそこまでは言えないですからね。」
「なぁ、もし弟子入りするって言ったら。」
「流石に、それでもそこまでは言いませんよ。半分は諦めて貰いますが。」
トモエの言葉に、少女たちがオユキを見る。
「そうまでして、物になるかもわからない、そういった物ですからね。」
止めるそぶりを見せないオユキに、少年たちは揃って顔を青ざめさせる。
「まぁ、先ほどはああ言いましたが、神々の恩恵によって、やればやった分だけ、確かな成果があるのです。
そこまでしなくとも、ある程度は形になるでしょう。
流派を名乗る目録くらいは渡せるようになるでしょう。免状迄を求めるのであれば、話は変わりますが。」
「その、とりあえず、ある程度までで。いや、なんだ軽い気持ちで教えてくれって、そういっているわけじゃないんだ。」
「大丈夫です。そのあたりはわかっていますよ。まぁ、奥の深い、それこそ私で道の始まりに足を置いた、そういうものですから。さて、それでは、先ほど何があったかを、改めて説明しましょうか。」
そういって、トモエが少年たちに並ぶように言うと、先ほどから剣呑な空気を纏っていた、イマノルが、ついに口を開く。
「トモエさん。試合を望んでも。」
「構いませんよ。お遊びではなく、技を尽くして、そういう事ですよね。」
「はい。家の伝える武の道に背き、進んだ騎士の道からも出奔した半端ものではありますが。」
「そこに葛藤と決意があったことはわかりますから、悪いとは思いませんよ。」
「ええ、私なりに、ではありますが。」
そういって、イマノルが剣を持ち、訓練場の中央へ向けて歩き出す。
そして、いつからそこにいたのか、アベルが審判を買って出る。
「ま、見極めはこっちでやる、大怪我はさせないから安心しな。」
「これは、気が付きませんでしたね。」
「なに、トモエだけだ。」
「ええ、私も、今気が付きましたわ。」
訓練場の中央に先にたどり着いたイマノルが、確かめるように数度剣を振る。
その姿は、堂に入ったもので、剣先に僅かな乱れもない。
彼の琴線に何が触れたかはわからないが、トモエと立ち会うことが今の彼にとって重要なのだと、傍目にもそう分かるほどの気迫を湛えている。
「さて、トモエさんも本気でやるようですから、見てわかれとは言いません。
一つの到達点、ただ、そう思って見ていてください。」
少年たちにそう声をかけながら、距離を取ってオユキも二人の立ち合いを見る。
イマノルが、その身体能力も限界まで使えば、さて勝敗はトモエの言に従えば、イマノルが勝つのだろうが、トモエにしても、ただ勝たせたりはしないだろう。
さて、どうなるかと、気楽に眺めていると、少年たちが、こぶしを握り固唾を飲んで見守っているのに気が付く。
「あまり力を入れてみても、全体を把握できなくなりますから。
あくまで、試合です。気楽に見ましょう。」
「あ、ああ。」
ただ返事はそれでも固く、力が抜けた風でもない。
オユキはそれに若さを感じ、そう思う自分は年を取ったのだなと、改めてそんな感覚を覚える。
そして、訓練場の中央では、戦いの火ぶたが切って落とされた。
トモエもイマノルも、開始の合図が聞こえているだろうに、直ぐに動くことはない。
イマノルはトモエの技を警戒しているし、トモエにしてもイマノルがどこまで遠慮なくやるのか、それが分からないから、まずは見極めようと、そう考えている。
ただ、その均衡は、トモエによって、無造作に破られる。
「では、参ります。」
トモエはそういうが早いか、過剰な気迫を湛え、悪い方向に集中しているイマノルの虚を付き、滑るように動く。
その動きにつられるように、イマノルが剣を振れば、それを掬い上げるように力を入れずに片手で緩く持っていた剣を合わせる。
これまでに、数度巻き技は見せているため、それを嫌いイマノルが尋常ではない腕力で振る剣の向きを変え、逆に剣を叩こうとするが、そんなものはトモエにしても織り込み済みだ。
緩く持たれた剣は、イマノルが剣に乗せた力に逆らわず向きを変え、剣を狙ったため、トモエの移動方向に対してすぐに動けない、そんな体勢を作ったイマノルの剣を持つ手、その指を柄で叩く。
相手の力も使ったそれは、さて前の世界であれば骨を砕いたであろうが、ここではそんなものは軽傷にもならない。
しかし、それに驚き体が固まったイマノルの後ろに回り込む動きを作っていたトモエはさらに膝裏に蹴りを加える。
そこで致命的なまでにバランスを崩したイマノルは、やはり理外の身体能力で跳ね飛び、トモエと距離を開けて見せる。
「成程。少々崩した程度では、返されますか。」
そう呟くが早いか、トモエは相手の飛ぶ方向に向けて体を動かす、その勢いのままに、上段から切り込む。
それを両手に持った剣で、イマノルがしっかりと受け止めながら、言葉を返す。
「肝が冷えました、久しぶりに。」
「あの程度でですか。」
イマノルはつばぜり合いになると踏んだのだろうが、トモエがそれに付き合うはずもない。
鍔競りの技として、居付けなどもあるが、そもそも相手のほうが圧倒的に腕力に優れている以上、意味のある理合いではない。
力をわずかに緩めて、先に見た少年たちの結果を思い出したのだろう、直ぐに剣を引くその動作に合わせて、柄頭を蹴り上げ、手から落とそうとすれば、イマノルは慌てて力を入れて握り込み、またそれが原因で動きが固まる。
そんな彼に前蹴りを入れ、その勢いで足が一歩下がったイマノルが、急ぎ腕の力だけで振り下ろす剣に、その場に残した剣を添わせて流しながら、トモエはまた横に回る。
そして、そこからの攻防を嫌ったイマノルが、また飛び退って距離を取る。
「反応速度は、そこまで変わりませんか。成程。」
「ここまで、ここまでですか。」
「さて、私の攻撃で、一切傷を受けていない方に、そう言われても。
それに、力もある程度抑えていただいているようですから。」
「それでも、並の騎士程度、それくらいの力は込めていますとも。」
「では、次はそちらからどうぞ。」
トモエが最初と同じように、力を入れず緩く、自然に垂らした腕、その手のひらで持つ剣を軽く揺らしながらそう誘えば、次はイマノルから、トモエに切り込む。
動きそのものは目で追えないほどではないが、3歩ほどの距離を即座に詰めて、イマノルが剣を振り下ろす。
それがどのように振られるのか、あらかじめわかっているとでも言うように、トモエがその剣閃から体を後ろに下げながら外し、イマノルはそれに対して横薙ぎに振り、追いかける。
そして、腕が伸び切った体勢で振られたそれを剣で下から掬い上げトモエの体が入る隙間を作るのと同時に、イマノルの肘へトモエの蹴りが入る。
そこで、ついにイマノルの片手が剣から離れる。
そしてそれを巻き込む様に、剣を動かしトモエが力を込めて下に叩きつけようとしたときに、裂ぱくの気合を込めたイマノルの声が響き、結果として、トモエの持つ剣が砕け、その両手も上にはね上げられる。
そして、イマノルはすぐに剣を切り返して、トモエに切りつけようとするが、それも誘いの一つ。
空いた手を、イマノルが握る剣に向けて片方、もう片方は、振られる剣に添えるように。
それぞれを起点に、イマノルが制御を誤るよう、手放さざるを得ないように、力を加える。
突然加えられた過剰な回転に、イマノルの手から剣が零れ、回る切っ先が彼を向く。
そして、それに対応するため、再び声を上げたイマノルが、トモエも、剣も、振られた腕で無理やり弾く。
前の世界でそんなことをすれば、もちろん刃で傷を負うだろうが、持ち手のいない刃ならば、こちらであれば問題ないだろう。剣の制御を早々に投げ、力任せに振られるイマノルの腕を、どうにかいなしながらも、トモエが弾き飛ばされる。
つまり、決着がついたのだ。
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