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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
37章 新年に向けて
1226/1233

第1226話 困ったことに

困ったことにオユキのアベルに対する評価というのは、実のところ限りなく低い。

勿論、これまで傭兵ギルドを間借りになりもまとめ上げてきた手腕であったり、個人の武力という部分では正当に評価している。

だが、それ以外の部分。

全てから外れた上で、アベルという個人に対する評価というのは限りなく低い。

それこそ、オユキに対してアベルという人間を取引相手としてみることが出来るのかと聞けば間違いなく首を横に振る。さらには、己の部下として抱えたいのかと言われれば、こちらもイマノルのほうがまだ良いと応えるだろう。

後者の問いに関しては、アベルという人間の抱える厄介があるからというのも少しは考慮されるには違いないが。


「アイリスさんの祖霊様から、ヴァレリー様に対して、ですか」

「祖霊様にとっては、一応父の巫女だからと言う理屈なのだけれど」

「そういえば、そのような話でしたか」

「貴女は。いえ、そちらは今置いておきましょうか」


アイリスは、コースの組み立てなど知らないだろうに、何故だかこうしてオユキの機嫌が間違いなく良くなるタイミングを計っている。

そこに、トモエとしてはやはり疑念を覚えるのだ。

これからアイリスがするだろう話、間違いなく平素であればオユキからアベルへの評価が下がる話。

それを、こうして他に気がとられる間に行おうと考えるのは抜け目がないと言えばいいのだろうか。

オユキからの評価として、アイリスというのは基本として直情型等と言う話はされたものだが、やはりトモエからの評価は違う。

己とて、生前そうであったように、この人物にしてもきちんと物事を組み立てることが出来るのだ。

誰が、己の味方となってくれるのかを、きちんと判断ができるのだ。

誰かから言われたのか、どうやらアイリスにしてもトモエとオユキの性別が生前と入れ替わっているのだと、此処でトモエにしてもようやく理解が及ぶ。そして、話しの内容として、これから話すことがアベルへの評価を如何に落とさないように運ぶのか、それをかなり細かく選んだらしいと言う事も。


「ええと、ヴァレリー様の境遇の改善と言う事でしたら、そこまで困難とも思えませんが」

「貴女と私は、神国の巫女だもの」

「確かに、武国のとなれば、難しいところもありますか。いえ、それを言うのであれば、その、ですね」


元より、ヴァレリーの立場がやけに低いのだと言う事には、己と同じ巫女等と言う肩書を戦と武技から与えられてているというのに、何故武国においてそこまで過小評価されているのか、それがどうにもオユキには理解が出来ていない。


「そのあたり、説明する気になれたのかしら」

「以前にお話しした時には、私の立場、いえ、母の事もご想像頂けているようでしたが」

「側室の娘とは、どなたからか伺っていたようには思いますが、王族であることには変わりないでしょう。継承権の問題でと言う事であれば、武国と名乗っている割には特に手習いも行われていない様子。それで、十分以上に分けられていたものかと」


まさに手弱女。

その現状を、巫女になってからは、神殿に入ってからは勤めもあるだろう。

だというのに、王都で見かけた戦と武技に仕える神職の者達の誰程も体を動かしていないと分かる様子を見れば、巫女となってから日が浅いというのも、オユキは理解が及ぶところではある。

いや、そもそも、前提とでも言えばいいのだろうか。


「ヴァレリー様は、門を使って移動されたからと、神殿におられたと考えていたのですが」

「私もそう考えていたのだけれど、神殿には既に巫女はいたそうよ」


そして、運ばれてくるトモエが手を加えたグラニテにオユキの意識が完全に傾いている処に、アイリスとヴァレリーがここぞとばかりに簡単な前置きをしたうえで、すぐさま本題に。


「そも、私はこちらに来るにあたって、アベル様とのことを言い含められてもいます。かの御仁を、己の身を使って武国に繋ぎ留めよと」

「その、婚姻という話であれば、アベル様との話し合いの事ですし」

「こちらに来る前に、その」

「この子は、貴女を疑っていたのよね、私に合うまでは」

「流石に、見当違いも甚だしいとしか」


ヴァレリーの言葉に、改めてトモエにしてもようやく納得がいく。

何故、この人物がオユキを前にして非常に追い詰められているそぶりを見せていたのか。その大きな理由というのが、母国から言い含められていた指示による物であったらしい。

要は、武国に何やらねじ曲がってという程でも無いのだが、アベルが己の伴侶にと望む巫女がいるらしいという話だけが伝わって。

そして、出会ってみたのがトモエしか己の伴侶にと考えていないオユキ。

ヴァレリーが、アイリスという祖霊を第一にと考える素振りを一切隠す気が無いアイリスに出会ったあとも。アベルという人間が既に心に決めた相手、その上見目にしてもあまりにも幼い相手に懸想しているのだという彼女から見た事実。

それが、何処まで行っても彼女の自尊心であったり、アベルという人間に対しての評価であったりに影響していたらしい。

トモエにしてみれば、確かに栓無い事だと考える。だが、オユキはまた異なった印象を抱くだろう。

事実として、すっかりと運ばれ、目の前に置かれたグラニテに、トモエの手が入っていると何やら不思議と理解の及ぶ感覚にすっかりと浮かれているオユキは、最早それどころではないのだ。

己の好む物、こちらの世界に来てからという物、種族の年長から指導を受けてからというのも尚の事好むようになっている物。

加えて、色々と理解が及ぶよりも前から、トモエが手を加えているとなればそれだけでも己を満たすと分かっている物があるのだ。

ここ暫く、確かに少しづつ口に運んでいたという物の、どうにも己の内に湧き上がる飢餓感とでもいえる物に支配されそうになる感覚のあったオユキとしては、最早気が気ではない。

特に、今度の物はどうだろう。

アルノーに相談したうえで、トモエが趣向を凝らしていると分かるほどに、見た目にも華やかなのだ。


「オユキ、聞いているのかしら」

「ええ、一応は」

「まぁ、前よりはましなのかしら。話すなら、場を整えてと祖霊様に言われたけれど、此処までとは思わなかったわ」

「あの、アイリス様、オユキ様の様子はが、あまりにも」

「あの子が奇天烈な振る舞いを行うのは、まぁ、確かに珍しいかもしれないけれど、都合はいいでしょう」


外野からの評価は、最早オユキの目に届いてなどいない。

トモエとしても、此処までかと思わず苦笑いをしながら、簡単に。


「生前、オユキさんが好んでいた果物を中心に、簡単に格子状に凍らせたものを添えて見た目を華やかにしてみましたが」

「素敵ですね、トモエさん」


普段であれば、それこそトモエに視線を移してとするだろうに、オユキの目線は既に目の前に置かれた皿から動くことが無い。

コースの組み立てとしては、どうなのかとトモエにしても考えるものだが、今度のはグラニテに関してはどちらかといえばオユキにとってはメインと呼ぶべき料理でもある。

凍らせた果汁、季節に合わせた事もあるのだが、本来の目的を果たすためにレモンの果汁を使った物として。そこに乗せるアイスキューブにはイチゴやキウイといった物を色とりどりに閉じ込めて。

今回の席はと言う事も無く、オユキが戦と武技の巫女でもあるからと、トモエにしてもどうにも緋色、赤系統の色をと考えてしまうきらいもあり、季節の果物でもあるからとイチゴを中心に。緑の果肉を持つキウイを、葉に見立てて、添える洋梨は花に。アルノーの、彼の徒弟たちの協力を得て、どうにか完成した物のお披露目として。


「今後は、こうした物をオユキさんの飲み物にと考えてもいますので」

「楽しみですね」


アイリスから、オユキがこのような状態で話ができるのかと、そういった心配げな視線も投げられるのだが、トモエからは明確な時間制限がある以上つまらぬ背景などは語る事無く、さっさと本題を放せとしか言えない。

そもそも、今後というよりも、すぐそこに控えている新年祭での事までにアベルの評価を落としたくないと考えているのはアイリスとヴァレリーの側なのだから。

トモエにしてみれば、彼に対して今は達成できぬ試練が与えられたとして、それこそ数年をかけて成し遂げろとしか言うつもりが無い。

オユキのように、そこで心織られる程度であるならば、その程度の熱量なのだとあまりにも無体な結論を下す気が無いだけで、どちらかといえばトモエにしてもオユキよりな思考ではあるのだから。


「話は戻すけれど、今、トモエと貴女でこの子に色々仕込んでいるのでしょう」

「私は、ましな案山子程度ですが、はい」


こちらに来て初めて目にした時には、無心ですぐに口に運んでいたものだが、今は銀の匙に乗せて陽光に翳して見た目にしても楽しんでいる。

要は、見た目に関してもトモエが気を使って作ってみたのだと、そう話したことをきちんと考えてと言う訳でもなく、ならばとばかりにそれにしても楽しんでいるに違いない。

常春の陽気。

日差しも、かつての、こちらでもあるとされている冬に比べれば、やはり少々強い。

そうしていれば、すぐに融けだしそうなものではあるのだが、そのような気配はみじんも無い。

アイリスとヴァレリーの前に置かれた物に関しては、置かれて少し経つ間にも、既に結露の結果と分かるきらめきが生まれているというのに。


「成果のほどは流石に私も聞く気は無いのだけれど、今度の降臨祭までに、この子に舞の一つでもと、そう祖霊様から言われているのよね」

「それこそ、アイリス様が伝えれば良いのでは」

「私だと過剰になるのよ、基礎の身体能力がどうしたところで違うもの」

「それで、私に話すという形をとった上で、トモエさんにと言う事ですか」

「私としても、貴女とトモエの時間を他にというのはそこまで気が進まないのだけれど」

「そこで、アイリスさんの祖霊様からと言う事ですか。と、言いますか、ヴァレリー様は巫女としての勤めを他国で行うのですか」


武国に対して、きちんと確認をとったのかと疑問を含めてオユキが尋ねる。

そして、相手の返答を聞く時間の内はと、眺めていたアイスキューブを、オユキが一口でそのまま口に運べる大きさにと作られているそれをそのまま口に運ぶ。

成程、口内の温度で融け、まずはレモンのさわやかさ、酸味という物が先ほどまでの料理の油に既に辟易とし始めていたオユキの口内を洗う。


「その、そちらに関しても、オユキ様とアイリス様の手をお借りしたく」

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