第1221話 悩むのは
さて、困ったことだとオユキは思う。
今、まさに目の前には解決すべき問題がある。
しかしながら、オユキのこれまでの経験では、知識ではなかなかに解決が難しい問題が。
要は、トモエの為にと用意された絢爛なマントの全て。もはや、オユキの中では、今目の前に並んでいるもののうち、十ほどはあろうかというマントなのだが、半数は買い求めるつもりになっている。
では、どれを選んで、何を残すのか。
選ぶ基準、もしくは選ばない基準。
それがオユキの中には存在しないために、今まさに頭を悩ませている。
尋ねればと、そうしたことを言うものもいるのだろう。
だが、オユキにとっては、少なくとも自分が選択する物を決めてからでなければトモエも喜ぶまい。オユキにはそれが分かるからこそ。
「巫女様」
「私の役職、いえ、種族由来の物を慮ってと言う事でしょうか。もしくは、新たに得た神授の衣装に合わせてと言う事なのでしょうが」
「お悩みのところは、そこですか。はい、私どもとしてもやはり頭を悩ませるところは其処でして」
「トモエさんにはあまり合わない、それが難しいところですね。こちらの、差し色にもなっていない、いえ、少し口が過ぎましたか」
「おっしゃりたい事は、重々」
基本としては、裏地が薄墨色。
オユキにとっては、過去の物が度々そうであったように、特にオユキたちが暮らしていた地域では裏地こそ少々華美な色合いにするのが粋だと言われていたという記憶もある。
事実として、トモエがオユキの為にと用意したものにしても、そうした傾向があったのだ。
ならば、それを覚えているオユキとしては、やはりそちらにしてもこだわるべきだとまた悩みが増えるという物だ。
「ですが、御身としては、以前から互いの色をと言う事にこだわりを見せておられるのだとか」
「確かに、装飾に関してはそうしたことを口にしたこともありますが」
そして、今まさに起きている問題の因果というのが過去の己の言動にあるというのが、また厄介としてオユキに降りかかる。
「オユキに興味を持たせるには、やはり貴方の物を選ばせるのが良いようですね」
「自分を飾ることについては、一応考えが無いでもないのですが」
「トモエ」
「いえ、それを口にしてしまうと、どういえばいいのでしょうか」
グティエレス伯爵とエステールを従えて、時に足元をよろけさせてはシェリアに支えられながら。
どうやら、一つは触れた結果手触りが気に入らなかったのだろう。
早々にこれは無いと、そうした判断を行ったらしい品、興味が途端に失せたように視界から外す動きを作った品に関しては、後で外套と言う事も考えた上でトモエのほうで判断をしなければならないなと考えながら。
「オユキさんは、凝り性でもありますから」
「何も、身代を傾ける程と言う事は無いでしょうに」
「それは、そうなのですが、素材面で拘るとなると狩猟者でもありますから」
「それは、確かに考えるべき事ですね」
そう、ただでさえファンタズマ子爵家の財産というのは今でもあまりに余っている。
だというのに、此処でオユキが己の身形を気にして、トモエが作った見た目なのだとそうした話をしてオユキを誘導してしまえばどうなる事か。
オユキにしてみれば、残ったもののある程度はそれこそいつものように教会にとするのだろう。神々が召し上げればよいとばかりに、教会に供えに行くことだろう。
だが、それでも魔石をはじめ衣類に使わない素材などを纏めて狩猟者ギルドに卸すことになるだろう。
さらには、定期的に素材を求めて周囲の魔物の乱獲。魔物の情報を調べた上で、どうしたところで護衛たちを引き連れて、望む物を得るためにという活動を行う事になるだろう。
その結果として、トモエでも理解が及ぶだけの問題を引き起こすことだろう。
オユキにそのあたりの説明を行えば、行わずともオユキも当然理解を示すのだろうが。
「恐らく、そのあたりも考えた上で」
「成程。確かに貴方から口にして、それでもと言う事を考えれば、付随する問題を踏まえて暗にと言う事もありますか」
「あくまで、私の想像ですが」
「オユキの思考を貴方以上に考えられるものなどいないでしょうに」
「ミズキリが」
「側にいない以上は、考慮に値しません」
公爵夫人の言葉に、トモエが成程そう言うものかと頷いていれば。
トモエの目から見ても、薄墨色、褪せた灰色を上手く使っていると思える外套をオユキが手に取る。
どうしたところで、基本となる色はオユキに合わせる形での戦と武技の色でもある緋色。そして、マリーア公爵の寄子であることを示すためにも黒は避けられない。
そこに、飾緒に肩当にと細かいとは呼べない装飾が金糸を使って行われているため、灰色というのはやはりなかなかに難しい。
だが、その中でも一つ、揺らめく炎にたなびく煙。
全体として、月夜に掲げる篝火を思わせる形に綺麗にまとめている。
裏地にしても、表の生地と同じように緋色を僅かに使い、銀糸できちんと満月を思わせる刺繍。
表は緋色を主体として、黒でマリーア公爵家の家紋が。薄墨色で、ファンタズマ子爵家の家紋がきちんと刺繍されており、その位置関係でも裏地と同じような表現を行おうとしているのだろう。そんな外套を、オユキが手に取った上で、トモエを振り返る。
「トモエさん」
「ええ、身に付けてみましょうか。ですが、そうした外套であれば、私としてはこの衣服の上にという事はなかなかありませんから」
「そう、なのですか」
トモエの言葉に、オユキがよく分からぬとばかりに首をかしげている。
公爵夫人を招き、さらには外から商業ギルドの長を招いているとはいえ、あくまで屋敷の中。
本来外套を身に纏うのは、屋敷の外に出る時。
つまりは屋内で着る衣装と、全く同じと言う訳では当然ない。
「ええ。どうしましょうか、外套を着る予定の衣服、そちらに着替えてきましょうか」
「いえ、せっかくですから、そちらも用意してしまえば良いのでは」
そして、軽くオユキを誘導するためのトモエの言葉に、きちんとオユキが乗ってくる。
成程、オユキが今トモエが身に付ける衣装として考えている物、それには合わないものが多いのは確か。
ならば、寧ろ外套に合わせた衣装の用意を考えてもいいのだと。
そんな事に、今更オユキが思いたる。
ただ、トモエの考えとしてはグティエレス伯爵への助け舟の心算でもいたのだが、表情からうかがえる範囲では、今そちらの用意までがなされているわけではない様子。
「伯爵、よもや」
「生憎と、今は頼める手も限られていますから。日を改めてと、させて頂きたく」
「片手落ち、どころの話では」
そして、トモエよりも遥かにこうした機微に敏い公爵夫人が。
「お言葉は、至極ごもっとも。ですが、今は何分ファンタズマ子爵への贈り物をはじめ、御子様に加えて新年祭で禅譲が行われるだけでなく、降臨祭に付け加えられた催事もございますれば」
「もはや日も近い事を考えれば、という物ですか」
「となると、改めて頼むこととなりますが」
「少し日は頂きますが」
「では、本日選んだ物に、それぞれ合わせる形でいくらか頼むと致しましょうか」
理由を言いつのられてみれば、成程と思える物ばかり。
ここ暫く回数のかさんでいた狩猟際、そこで得られた品をこぞって職人たちが今まさに加工を行っているのだろう。
戦う者たち、己の身を刃に、盾に預けて身を成す者たちが主役となる祭りが、幾たびか行われたのは事実。
そして、そこで新たに加護を、神々からの祝福を得た者たちも多いのだ。
ならば、戦わぬ者たちが次こそは己らが主役になるのだと奮起しているというのも確かに理解が及ぶものではある。
降臨祭で神々からの印を得ることが出来れば、禅譲に合わせて必要になる新王の衣装や装飾。さらには、王孫から王子になる子供の衣類に至るまで。
王家から、子爵家などよりも遥かに高位の相手から依頼を受ける機会がすぐそこにあるのだ。
如何に神々からの覚えの愛でたい巫女からの頼みとはいえ、そちらにばかり手を割くわけにもいかないというのは確かに想像に難くない。
特にここ暫くの間は、ファンタズマ子爵家からの客人たちが各々頼んでいたものも多いのだ。
トモエとオユキは、専ら武具に偏っていたものだが、セツナというトモエが下にも置かぬ扱いをしているようにも見える氷の乙女。
王都では、尚の事方々から覚えがめでたくなっているヴィルヘルミナにカリン。
そちらからも、きちんと色々と頼みごとがなされている。
そして、それらが終わったかと思えば、今はこうしてファンタズマ子爵家への用意に忙しくしていたという物であるらしい。
「では、余裕を持った日程を改めて」
「そちらは、確かにご提案させていただきましょう」
「とすると、今は」
「オユキさん、先ほどの話では」
そして、オユキとしてはトモエが今持っている衣装に合わせるつもりで考えていた以上は、もはや選ぶのも難しと言い出すところを止める。
オユキが、ここであまり考えずに今オユキが選んだ物以外、適当に選びかねないと考えたからこそ。
手を抜いて選ぶつもりではなく、それぞれ異なる特徴を持つからとそうした考えだけで。
だからこそ、トモエとしてはきちんと選んで欲しいという願いも込めて、声をかけて。
「そうですね。ですが、残りの物に関しては」
「オユキさんは、先ほど触れて考えから外したものがありましたが」
だからこそ、考えるきっかえとでも言えばいいのだろう。
それを、改めてトモエから提案する形をとって。
やはり、オユキにとっては難しい事でもあり、興味が無い事柄でもあるからだろう。あまり集中が持たない様子であり、せっかく意識が向いたのにと残念そうにする侍女たちにも慮る形で。
「先ほどの物は、手触りがどうにも」
「肌に直接触れると言う事はありませんが」
「それは理解しているのですが、どうにも少し引っ掛かると言いますか」
「外套ですから、衣服とのずれを考えればそれも一つの工夫かと思いますよ」
「いえ、そうであるならば、ベルトであったり留め具を他の物のように使えば良いだけでは。どうにも、どれも前をただ空けている物ばかりではありますが、今私が身に付けている物にしても、そうした工夫は行われていますし」
「オユキさん、そちらはいよいよ完成をさせる時に取り付けることが多いですから」
そうして、トモエが軽く声をかけながらオユキを主体にトモエ用の衣装を一緒に考える。
そうした時間の過ごし方とでも言えばいいのだろうか。
傍らには茶席が用意され、品を並べてその品評を。その姿を見て、斯く有るべしと公爵夫人とエステールが頷く時間というのは、此処までの間に確かに無いものではあったのだなと、そんな事を考えながら。




