第122話 トモエの語る武
トモエが、技を教える前、彼女の祖父がそうしていたように、心構えを説く。
「そもそも、こうした武や技、というのは、弱者の物です。」
その言葉に、オユキは懐かしさを覚える。
常々そう語られ、それを自分より強い相手がそう語るのだから、腑に落ちない理屈であった。
ただ、年を重ねて、こうしてこことは違う場所で、魔物と戦いを続ける中、ある日唐突にその言葉を納得した瞬間があったのだ。
「でも、あんたも、オユキも、俺達より強い。」
「総合では、そうでしょう。ただ身体能力では、オユキさんはあなた方の半分に劣ります。」
「ああ、いや、それはそうだけどさ。」
「言いたいことはわかりますよ、でも今はお聞きなさい。」
そういって、トモエが少年たちに座るように促し、自身もその前に腰を下ろす。
「さて、あなた方は、例えば丸兎、それを狩るのに工夫をこらそうと思いますか。今、この段階で。」
「いや、一匹だけなら突っ込んできたのを斬るだけだし。」
「そうでしょうとも。力がつけば、それはどれでも変わりません。
寄らば斬る、それだけで片が付きます。それこそ離れた位置を斬ることが叶えば、一振りで地を割り、森を薙ぎ払える、そんな力があれば、技術など不要でしょう。一振り、力任せに、それですべて事足ります。」
「でも、それを身に着けるには、やっぱり強い魔物と戦って。」
「今のあなた達は、多少力が付きましたが、強い魔物と戦いましたか。」
トモエの言葉に、シグルドは押し黙る。
「でも、それは、神様が私たちの努力を認めてくれて。」
「ああ、ごめんなさい。その、神々の御業を否定する意図はないのです。
そのように聞こえたかもしれません、それについては、ごめんなさい、私の落ち度ですね。」
どこか泣き出しそうな、そんな震える声で絞り出した、アナの言葉にトモエが頭を下げる。
「いえ、私のほうこそ、その早とちりみたいで、ごめんなさい。」
互いに頭を下げれば、それは終わりと、トモエが話を続ける。
「そうなのです。力が、十分すぎるほどの力があれば、そこに技などいりません。
では、何故技を求めるのか、何故助けになるのか、それはただ、自分より強いものを打倒す、畢竟そのような卑屈な、弱者の精神が、その根底にあるのです。」
「戦と武技の神、その前でも、同じことを言うのか。」
「言いますとも。」
トモエがそう答えると、道場に据えられた神棚、そこに向けて行っていたその通りの礼を取り、口上を述べる。
「かけまくも畏き、戦と武技の神、未だその道を歩き出した矮小な身の上ではありますが、どうか我が声を聞き届けよ。
我が言葉に、我が信念に、異存ありと、御心にかなわぬと、そうであるのなら、この身に裁きを。
我が言葉に、理があると、我が信念が武の道にかなうものだというのなら、その印を、ここに。」
トモエが行った礼拝の作法はわからなかったのだろうが、その口から紡がれた内容はわかったのだろう。
神が実在し、介在する、その世界で審判を仰ぐことの恐ろしさを教会で暮らす彼らはよく知っていたのだろう。
慌てて、立ち上がろうとするアナを隣に座っていた、オユキが止める。
イマノルとクララも、止めようと、そういう動きを見せるが、オユキが強く見返すと、それ以上の動きはすぐに止めた。
そして、言葉が届いたのだろう。
何処からともなく、苛烈な、そう感じるほどの光が落ちるとともに、ただ、一言、それも側面の一つである、そうとだけ威厳に満ちた言葉が響く。
その声に、トモエとオユキを除き、その場にいた者が首を垂れて、印を切る。
神の介在は、思ったよりも頻繁にあるのだなと、オユキはそんなことを考えてしまったが。
「私たちの流派、その開祖は、そう考え技を編み出し、それに共感したものが、それを伝えてきました。
ならばそこに恥じ入るところはありません。私たちはそうと捉え、そうして技を磨くのです。」
「ええ。それにあなた達も大げさに考えすぎです。
なぜ人は武器を持つのか、それを考えると、同じ結論に至るでしょう。
武器が無ければ勝てぬ、されど武器があれば、それを持たぬ身では敵わぬ者も打倒せる。
武、その技術とは、その一つだ、そう考えるとよいでしょう。」
トモエとオユキの言葉に、まだ頭を下げたままの少年が、ぽつりと漏らす。
「じゃあ、強さってのは、道具でしかないのか。」
「さて、それはご自分で探すのが良いでしょう。」
そう、優しさは込められているが、言葉としては突き放すその内容に、シグルドが弾かれたように頭を上げる。
「私とて、答えのようなものはもっていますが、それでも探している最中ですから。
これでも、まだまだ修行中のみですよ。」
「そんなに強いのに。」
「私より強い方など、それこそ数えきれぬほどにいますよ。」
そう言えば、シグルドは二の句が継げない。
「まぁ、纏めてしまえば、弱いから工夫を。相手は自分よりも強いかもしれない、そう己を戒めて油断をしない。それだけです。
それでは、工夫の話を始めましょうか。」
トモエがそういって立ち上がれば、少年たちも、何処かぼんやりした様子で、それに続く。
「さて、私の修めた流派、その根幹の技術、その話をしましょう。」
トモエがそういって、力を入れずに、緩く剣をもって構える。
「イマノルさんとクララさんが、私とオユキさんが速いと、そういう理由となる物ですね。
ただ、言葉で説明するよりも、見るほうが良いでしょう。
シグルド君、構えてください。」
「あ、ああ。」
あまりにあっさりとしたオユキとトモエの空気に、未だ神から言葉を得た衝撃から立ち直れていないのだろうか、それともここまでの心構えの話を消化しきれずにいるのか。
シグルドがぼんやりとしたまま構える。その様子にトモエは苦笑いをしながら話しかける。
「その、日を改めたほうが良いですか。少々難解な話をしたと、その自覚はありますから。」
その声にシグルドは、自分の額を一度模造刀の腹で叩き、気を取り直す。
「いや、大丈夫だ。やれる。」
「よい覚悟です。」
「神様から声をかけられて、それで腑抜けてなんかいられないからな。」
「それでは、構えてください。こちらから仕掛けるので、防いでくださいね。」
トモエがそう声をかけると、構えたシグルドが、トモエに集中し仕掛けを見逃すまいとする。
ただ、その方法では対応できないのだ。これから見せる技は。
はたから見ていれば、特に力も入れずにトモエが動き、シグルドはそれに対して何をするでもなく、立っている、そのように見えるだろう。
拍の掌握。3拍の行動を1拍で。そうするだけで、相手の三倍、2拍の動作を、1拍で、そうすれば相手の倍速い。
彼らに教えている構えも、いずれはそこに繋がっていくのだが、今はそこに存在する理を知らない。
はたから見ても、不思議な速さで、その動きは全て目で終えるというのに、彼らが思うよりもかなり速い、そんな動作でシグルドの横腹をトモエが叩く。
そこで初めて、シグルドが気が付いたように視線を降ろして、ただただ顔を驚愕に染める。
「いま、何が。」
「これが技術としての速さです。次に力ですね。」
驚くシグルドに構わず、トモエが今度はシグルドがはっきりとわかるように剣を動かし、つばぜり合いに持ち込む。
未だ驚きはあるのだろうが、シグルドは反応よくそれに付き合い、押し込まれないようにと剣に力を籠める。
そして結果として、剣を持ったまま弾き飛ばされる。
オユキが紐であしらったように、力の緩急を付け、また足から剣迄、正しく力を伝えた結果として。
取り落とし、側に転がる剣を取ることもできず、ただ、驚きを顔に浮かべて、シグルドはトモエを見上げる。
「さて、このあたりはオユキさんも、できますからね。」
そのトモエの言葉に、オユキも笑顔を浮かべて頷けば、少年たちが疑うようにオユキを見る。
先の技はともかく、力で弾き飛ばすような、そういった真似はできないと、そう踏んでいるのだろう。
「では、パウさん。どうぞ。」
オユキがそう声をかけて呼べば、シグルドが落とした剣を拾って、パウが構える。
オユキもトモエから武器を借りて、向き合い、無造作に剣をぶつける。
そして、同じ流れで、パウを弾く。
「な。」
「力の使い方、その結果ですよ。どれだけ腕力があろうとも、無駄が多ければ、恐るるに足りません。」
アルファポリス
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宜しければ、そちらもご一読いただけましたら幸いです。