第1219話 続けて
オユキの思うよりも、遥かに多い量の商品をどうやら今回持ち込んできていたらしい。
考えてみれば、降臨祭が近い事もあるのだ。そこで公爵家としても改めて種々の品々を頼んでおき、その出来を改めてみる、そうした機会なのだろうかとオユキとしてはそんな事を考えている頃だろう。実態としては、今まさにオユキがシェリアとエステールに運び出されて着替えさせられている、そこで分かるものなのだろうが。
「トモエ、オユキは、どうにも」
「己が品を送られる、それに慣れていないこともありますから」
「トモエは、いえ、確かにそうしたこともありますか。ですが、かつては紹介の上にオユキもいたのでしょう」
「確か、福利厚生は別の部署の担当だったような」
それこそ、今もあのオユキが被害を集中させると決めてしまった哀れな少女を手伝っている人物。ケレスの担当だと、そうした話はトモエにしても過去に聞いたことがある。それ以上の物が何かあるのかと言われれば、初期の頃だろうか。オユキにも部下らしい相手が出来、暫くはそれこそオユキよりも年配の相手に囲まれていたためまた難しい関係があったとか。それから先、会社としてきちんと軌道に乗り、最早黎明期を過ぎた頃にはミズキリの用意していた組織図に従う形で、制度がつくられてしまったためにオユキの周りに直接という人員はなかなかにいなくなったとトモエは聞いている。何より、オユキは基本として営業に多くの時間を回されることになっていたらしく、トモエにしても随分と不満を覚える時期に入っていたこともある。
「トモエ、貴方、それでよくも」
「公爵夫人も、似たようなものでは」
「私たちは、幼いころからそれが当然と聞かされて、身の回りにもそうした相手を見ています。しかし、貴方方の世界では」
「確かに、無くなったはずだというのに、そうした部分だけが残っていたのですよね」
そもそも、トモエが生まれる前には、そんなものはなかったはずなのだ。しかし、現実に周囲を見てみれば名残どころでは無いものがそこには残っていたものだ。形だけ、ではあったのだろう。寧ろ太古から営まれてきた人の世。その中で、かなりの早期に発明されていた役割分担という仕組み。
「上手く言葉には出来ませんが、選べる、選択の自由は確かにありましたから。勿論、生まれによる制限などはいくらでもありましたが、明確な制度となっている物に比べれば」
「どうにも、貴方の語る物というのは」
「他の方々が私たちの世界を評して、こちらと比べてどのように語ったのかは分かりませんが、私から見ればやはりそこまで差のあるものでは、いえ魔術と技術という差はかなり大きい物ですが」
そうして話しながらも、太刀を飾るための台、用意された物を改めてトモエは検分しながら。
区分としては確かに両手剣でもあるため、基本として用意されているのは立てかけるための物が多く、他にも壁にかけるためだと分かる造りとしては確かに簡素ではあるのだがそれでも細かな装飾、彫刻の施されている物。他にも、かつて有名な展示品として存在していた太刀、その鞘を用意した者が作ったのだろう刀掛台もある。トモエとしては一も二も無く、まずはそちらは必ずもらい受けると宣言したうえで、基本の形としてはこちらを用意するように伝えた上で、合わせて敷布であったりを改めて頼んで。
「トモエの目には、そのように」
「どういえばいいのでしょうか。あの子たちに言われたことで、改めて己の身を振り返ったと言いましょうか。私にしても、かつては没落しきった武家の子でしたから」
「そこを、オユキが救って、と言う事でしたか」
「実際には、また少し複雑な流れもありましたが」
「複雑というのは」
「オユキさんは忘れてしまっていることですので」
そうトモエが僅かにはにかんで話してみれば、成程と頷いた公爵夫人があっさりと人払いを行う。勿論、刀を置く台を既にいくつか選んだこともあり、新しい品をとって来いと公爵夫人が声をかけたと言う事もある。また、トモエの要望というよりも、今まさに新しい衣装を着せこまれているオユキ、そちらに合わせるための装飾なども確かにそろそろ必要になるだろう。また、オユキが戻ってくれば、そもそもオユキは気が付いていないのだが事前に公爵からトモエに下賜された、今着ている新しい服に合わせた物をオユキにも選んでもらわねばならない。
それが、ここ暫くの事に対する公爵家からファンタズマ子爵家への礼品となるのだから。
「あの者は、意外と、いえ、見目で判断するというのが難しいのは分かりますが」
「幼い頃でしたから。私にしても、母親が無くなる前後での事です。あの頃のオユキさんは、それこそまだ一人で立って歩くことも少しの間しかでき無い頃、そこから数年の間、でしたから」
「それは、確かに人によってはという物ですか。確か、オユキの言葉では」
「是非とも、思い出してもらいたいものなのですが」
それは、寧ろ添い遂げている間に記憶が戻らなかった以上は、最早望み薄ではないかと、そうした様子が公爵夫人から。そして、公爵夫人が基本として側に置いている相手に合図をして用意の終わった相手を順次迎え入れる。今度は、改めて本腰を据えてと言う事でもあるのだろうか。
ワゴンに乗せた茶器を、音もたてずにそのまま部屋の中に圧して入ってくるラズリアを筆頭とした侍女たち。此処が、公爵家から借り受けているとはいえ、基本としてファンタズマ子爵が使用しているとなっているからだろう。基本としては、客人である公爵夫人を持て成すという構えを使用人たちは取っている物であるらしい。寧ろ、公爵夫人にしてみれば、客人を持て成すためには、客を招くと言う事はこうしたことを行わなければならないのだと、そう示しているのだろう。
生前であれば、トモエにしても道場がほとんどの場所をとっていたとはいえ、それなりに広い平屋が持ち家だったこともある。オユキの知らないところで、色々と客人を招くことも多かった。当時は、多くの者たちに、子供たちはそれが当たり前と受け入れていたものだが、成長するにつれて子供たちと首を傾げ始めていたものだ。最終的には、オユキが両親から引き継いだ家はそのまま他の子どもの家族に。オユキとトモエは、トモエの父から引き継いだ道場のある家を基本として。
「オユキは、思いのほか時間がかかっていますね」
「オユキさんが、また、今頃何か行っているのかもしれませんが、そうですね」
ここ暫くのオユキの様子を思い出す。
どうにも、暫くの間は己の姿として受け入れようと、そうしたことを考えていた様子ではあった。だが、セツナ、氷の乙女の長を名乗る人物、その伴侶たるクレド。そういった出会いの結果とでも言えばいいのだろうか、少し特殊な割り切り方を行った結果とでも言えばいいのか。
「近頃は、ようやくと言う所ですから」
トモエの言葉に、公爵夫人が我が意を得たりとばかりの顔をするのだが、生憎ととトモエが苦笑いを浮かべて。
「異邦からの者たちが、新しく姿を作るというのはもう話をさせて頂いたのでしたか」
「それは、いえ、成程。そうした話にしても、ようやく聞こえるようになってきたという物ですか。では、あの者たちも」
「人によってはそれこそ髪の色を、瞳の色を、その程度とされていた方も多いと伺っていますが、それこそヴィルヘルミナさんやカリンさんなどは、確かそうであったように記憶していますが」
オユキは、あの二人がいくつかの媒体でたびたび取り上げられていたというのに、それを知らない。
そうしたオユキの在り方を差して、確かにこちらで暮らすにあたって貴族たちには自分たちと価値観を共有できているように見える物だろう。
「己の姿を自由に、それが出来るというのに。自信と取るのか、確固たる己と考えるべきか」
「私たちについては、少し例外も多いので少し難しいのですが、あの二人に関してはそれもあって神々からの覚えもめでたいのでしょうね」
「それは、一先ず置いておきましょう。私にしても予想はありますが、何分本人が神々が公言せず印も無いというのであれば」
「そのあたりは、戦と武技の神が粗忽だと方々から責められる結果を考えればと言うものですね」
侍女たちにしても、トモエは既に顔見知りの相手が多く、要は信頼がそれなりにできる者たちが周囲に配置されているのは見て取れる。だからこそ、こうした話もできるという物だ。あと少しもすれば、一体どうした交渉を行った結果なのか、空間拡張の奇跡を備えた馬車、それに大量に荷物を詰め込んできただろう伯爵が必要な物をまた一通り並べるためにと運んでくることだろう。
トモエとしては、客の前で品を並べるのかなどと考えてしまうものだが、成程その様子を見ていれば色々と納得のいくものがある。要は、そうして商品を取り出して並べるという行為、その中でも客の視線を敏感に追いながら改めてどの品をどこに置くのか、それを考えているのだろう。トモエとオユキが揃っていぶかしんでみる事となった鞘、それを少し離れた位置に、他の鞘で隠れるような位置に置いたというのに、オユキはまず真っ先にそれを選んで取りに行った。その様子に、何やら意外を覚えどこか考えるような様子が見て取れたのだから。商人でもあり、伯爵でもある以上は、それすらもトモエに見せるための演技ともとれるのだが、確かに意識の揺れは感じたからこそ。
「オユキさんが、戻ってきたようですね」
「相も変わらず、侍女や侍従よりも早くに気が付くのは」
「シェリアさんは少し分かりにくい頃もありましたが、今は殊更私に分かり易くしてくれていますから」
トモエが特に気にせずにその様な事を言い放てば、公爵夫人がしっかりと額に扇をあててため息を。
そうしているうちに、先ほどまでの衣装とはまた違う、今度の物は盛装と普段着の間とでも呼べばいいのだろうか。狩猟に行くには、確かに難しいだろうとは思うのだがそれでも乗馬、オユキのようにいよいよ馬の上で動かぬような乗り方しか選べないのであれば、街中を歩いてという位であれば問題ない程度の造り。これまでの物に比べて、肩回りが大きく開かれているのだが、そこは下に別の肌着を着込んで対応をしているのだが。それでも、オユキがこうした服が良いとそうした話を以前オユキが好んだものから判断したのだろうと思える衣装に身を包んで。




