第1214話 気分転換
トモエに改めて言われた事。
かつてと比べて、オユキはあまりにも極端に変わってしまっている。
以前の通りには、かつての記憶にある通りに構えては、やはり不足という物が多くなる。足りぬ部分が、間合いという物だけではなく、記憶につられるように体が動くからこそ起きる問題が生まれる。そして、それを少しでも楽にするようにと、改めてトモエがオユキに伝えた構え。鍔から少し、指二本どころではなく、ぴたりと着けるわけでもなく。まるで長巻でも構えるかのように、柄の中ほどに左手を。そして、長巻ではないからこそ、柄頭を掌の中ほどにしか握りこむことが出来ない。
かつて散々に言われた、柄頭に近い方の手、そちらの小指を如何に使うのか。それとは、最早全く異なる理合いの構えをもって、同じく散々に苛立ちを抱え込んだらしいクララと向かい合う。
トモエとオユキは、それが当然と考えているのだが、他の物たちにしてみれば首をかしげるしかないだろう。この、クララにしても王都のファンタズマ子爵邸に身を寄せるにあたって、それが当然とばかりに武具一式を持ち込んでいる。生憎と、公爵夫人はいまもまだ屋敷の中で、呼びつけた商人たちに対してオユキの伝えたかつての世界の婚礼装束。そちらに合わせる小物の手配に忙しくしている。だからこそ、そんな場面に己を飾ることになれていないどころか、陸に興味を示さない者たちなどお呼びではないとばかりに放り出されて。実際には、慣れぬことに多く時間を使った以上は、慣れていることに、各々好むことを少し行って気分転換をしてくるようにとされている時間でしかない。オユキに関しては、いよいよトモエに隠すことを止めたこともあり、トモエにも意見を求めるのが良いだろうと考えている。始まりの町で行うつもりの、親しい者たちだけを招いての宴席については、今もまだどうにか隠し遂せているのだが。
「随分と、構えが変わりましたか」
「クララさんには、私の構えなどほとんど見せた覚えもありませんが」
「話に聞いていることもあれば、あの子供たちの構えで覚えていますから。それとも、河沿いの町に私たちが案内した時、そこで教えていたことなど」
「確かに、あの時にもあの子たちの目標として構えてはいましたが」
「それに、これまでの物に比べて、慣れが見えません」
なかなかに手痛い指摘を受けたものだと、オユキとしては苦笑いをするしかない。
事実、この構えに関しては、トモエに少し前に教えられたばかり。
「この構えが使える武器の用意も、考えては見るのですが」
「極端な構えになりますから、両手剣、もう少し柄の長い物ですか」
「こちらにリカッソがあればとも思いますが、そちらはアルティシアに行かねばなりませんか」
「芸術の国、ですか」
「そういえば、そろそろ到着する頃でしょうか」
ローレンツには、ラフランシアの王都へ。華国へと、風翼の礎を二つも運ぶことに関しては、確かに方々からの問い合わせがオユキに来たりもしている。ただ、流石にそこでオユキとして見知らぬ相手に預けていた門に関しては、記憶になかった等と応えることが出来る訳も無く。そして、オユキからの指示、使命を得ていると見える巫女からの指示に対してローレンツは何やら異なる解釈の元に、明らかに言葉がまた異なって伝わった気配がそこには存在している。
オユキにしても、そのような問い合わせが来ていると言われて、ようやく気が付いたものだ。
「寧ろ、セツナ様たちの元へと、それを避けさせたかったのでしょうか」
「なんの話かしら」
「クララ様にも、紹介をせねばなりませんね」
思い返してみれば、クララが来てからという物彼女のほうでは公爵夫人に連れまわされているどころか、同じ屋敷に暮らしているというのにここまでの間いよいよ時間を同じくするところが無かった。
「あら、貴女からの紹介、ね」
「一応、先ほど着替えをしている中でも上がっていましたが、それよりも、先手を譲るつもりではいましたが」
「此処は、加護を排斥している場ではない、そうでしょう。公爵夫人が話していたお相手かしら。貴女の種族としての年長だと、そういた話だったけれど」
「その、こちらには当然血縁など、いえ、私の場合は両親が使徒だと言う事はありますが、そのお恥ずかしながら確かに両親の上が、祖母がいればこのような方なのではないかと思う所がありまして」
そう話しながら、オユキはクララの隙を探して己の太刀を振るう。
相も変わらず、クララの構えは騎士の規範とでも言えばいいのだろうか。イマノルの物とも、イマノルが槍を基本として動くのとは全く異なり、アベルの構えともまた異なる、何処までも己の体までを盾とする構え。そこに、未だに少々慣れないオユキが未だに浅い理解のままに刀を振るってみれば、それにつられるような事も無くただ盤石に其処にあるのだと言わんばかりに身じろぎもしない。そもそもが、互いの間合いの外から振るった刃、それにつられてくれれば御の字。特に、振り終わった後に、そこに隙があるとばかりに仕掛けてくれれば尚の事有難くはあったのだが。
「不慣れが出ていますよ」
「誘いとして、それが読まれてしまえばと言うものですね、確かに」
オユキは、ならば次にとばかりに振り下ろし、僅かに剣先を下げた姿勢のままに無造作に一歩を踏み出す。加護があれば負けぬ、そんなものは所詮は口だけ。どうしたところで、この世界における加護というのは絶対の物であり、特に騎士などを務めていた相手、魔物から民を、無辜の民たちを守るだけではなく。健やかな日々が間違いなく遅れる様にと、狩猟者という存在が機能不全に陥っている間は当然の如く日々の糧を。生活の為に必要な、狩猟者にとっては今でも難しい、得られたものを如何に運搬するのかと言う所がどうしたところで問題になるために鉱山での作業を行っていた相手。無論、他にも多くの事を成し遂げている存在なのだろう。そして、盾と軍略を騎士団として報じているというのならば、あの知恵の女神と混同されることが多い相手を奉じるのだというならば。成程、加護のほとんどはかつてのイマノルが平然と己の腕で、鎧を身に付けぬその体で受け止めて見せたように身体の強度にかなりの部分が回っていることだろう。
「それは、前にも見ましたね」
「確かに、そうでしょうとも」
だがそれだけでは無い。
クララと向かい合ったのは、それこそ一年は前の話。その後に出会ったときには、あくまでラスト子爵家の令嬢として向かい合っただけ。こうして互いに武器を手に向かい合って等と言うのは、始まりの町でまだ互いに、少なくともオユキはまだただの狩猟者としてあったころ。
「先輩は、そうだけれど」
「クララさんのほうが、少し目がいいのですか」
「目がいい、というのは貴女達の評価方法かしら」
下から上へ。角度をつけて。それも、間違いなく急所を狙うと見せて、その実は紙一重どころではなく、しかして相手が並の物であれば危機感を当たらなかったとはいえ感じる位置にオユキが刺突を放つ。しかし、クララは騎士としてのこれまでも大事だと、寧ろイマノルを追いかけるためにと選択したその過去こそが大事なのだと考える相手。
起きた結果は実に分かり易い。
オユキは、刺突を見せ技に相手の間合いの内に、死角に入るつもりではあったのだが、突然に思えるほどに自然に。クララがこれまでにどれほど繰り返してきたのかを思い知れと言わんばかりに振り下ろされ、ぴたりと止められた刃にオユキの太刀は防がれ、逸れる。さらには、近づこうと考えるのならば、そのままクララは手に有る刃を振り下ろすだけだと、それほどに分かり易い圧がある。
「貴女の体躯と膂力では、こうしてしまえば、なすすべがない」
そうでしょうと言わんばかりに、クララが合わせた剣からオユキの動きを、前に進むためにと作る動きを制そうと動く。事実、それが成立しているように、オユキは見せている。だからこそ、クララはこうして言葉を作る暇がある。
「ええ。多くの方が既にお気づきでしょうが、私はこちらの世界では掴まれてしまえば、最早どうできる事も無いでしょう」
「前から、食事を無理に、そうした気配があったのは」
「悲しいではないですか」
実のところ、オユキがそこまでトモエと並んで街を歩くことを好まない理由というのが、明確に一つある。
確かに、こちらの世界には多種多様な種族がいるのだろう。
そして、その中には、種族的に背が伸びない、小柄なまま成長が止まる種族とて間違いなくいるはずではある。いつぞやに、誰かに、始まりの町の周囲にもそうした種族がいるのだと、そのような話をされた記憶も、オユキにはある。
だが、現実としてどうなのかといえば。
「トモエさんですら、背が低い方といいますか、いえ、それは置いておきましょう」
クララに至っては、トモエよりも上背がある。
花精のタルヤですら、トモエよりも僅かに低い程度。
そして、こちらの平均的な身長に合わせて作られている施設において、オユキがどの程度なのか。それどころか、日々生活を行う上で利用する家具ですら、オユキ用にと特別な物が用意される始末。
「誰も彼もが、私を、私とトモエさんを」
「それは、まぁ、どういえばいいのかしら」
極端な身長差。方や巫女として名を馳せている、こちらの国では非常に珍しく、散々に悪目立ちをしてきたオユキ。そして、その隣にいるのはこの世界において過去では中肉中背と呼ぶには少し背が低く。燃えるような赤い髪も、こちらではそこまで珍しくない人物。不釣り合いだと、そうした視線を確かに感じることもある。だが、それ以上に仲睦まじい相手を見る視線を感じることも多いのだが、それは親子に向けるような視線のほうが、何処か微笑ましさと共にとそうした視線がトモエとオユキに向く事のなんと多い事か。
「だからこそ、広く知らしめて見せましょう」
「それは、初めて見ますか」
居付けに対する返し技。力で返せるならば、確かにそれが最善ではある。だが、そうでない場合は、動揺を誘うのが一つ。他にも、細かく、話しながらも互いに細かく動かす刃によってオユキが行っていた仕掛け。相手が、オユキをその場に縛り付けるためにと加える力。クララにとっては、確かにそれが自然だとしているのだろうが、そもこのような形へと誘いをかけたのはオユキから。
「転の変形、という程ではありませんし、名前に関しては後でトモエさんに伺ってくださいね」




