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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
36章 忙しなく過行く
1207/1233

第1207話 願う所は

互いに向かい合って。

その間には、どうしたところで陽光を照り返す刃が常に翻っているというのが、トモエとオユキの在り方を示していると言えるのだろう。

トモエは、言葉よりもと刃を手に取る。

オユキは、トモエと話すときには必ず必要だと考えている。

だからこそと言えばいいのか、此処には互いに思う不満の形、叶えたい要望という物が本当によく分かるのだ。外から見ている者たちにとっては、なぜそうなるのかと見事に首をかしげるだろう。だが、事こうしてこの場を作る者たちにしてみれば、この場だからこそ伝わる物があるのだと。


「その、オユキさん、ですが」

「トモエさんこそ」


トモエの願いというのは、やはりこちらに来た時に口にしたものとそこまで変わっていない。

オユキが己を恥じて、しかしそれをトモエが受け入れた。寧ろ、それが嬉しいのだと示してみれば。だからこそとでも言えばいいのだろうか。此処にまた、二人の間で対立する事柄というのも出てくるのだ。

トモエは、やはり二人で時間を過ごすというのなら観光をと考える。

オユキは、今整えることが出来た場があるのだから、そこで肩を並べてゆったりと過ごしたいのだと。

言ってみれば、外に連れて軽く体を動かす時間をと考えるトモエと、どうしたところで内向的なオユキの趣味の差というのが実に厳然とそこにある。オユキは、やはり好きなのだ。己の身形には気を使わぬというのに、己が手を入れた物、手を入れた場を眺めてお茶を口に運びながら過ごす時間というのが。トモエもそれが嫌いではない、確かに老後、いよいよオユキが仕事を辞めてからという物互いにそうした時間を過ごしていたものだ。勿論、そうした時間の中でもかつてのトモエはトモエで己の鍛錬に精を出していた。

言ってしまえば、側にかつてのオユキはおれどもどちらかといえば瞑想の時間としてであったり、坐して己の身体の制御に意識を向けていたりとその様な時間ではあった。正直な所、無作為にある自然。そこに少々の手を加えた物。花の一つどころではなく、以前にオユキに連れられて行った植物園での催しや、一部の有名な寺社仏閣は確かに楽しめた。だが、かつてのオユキが好んでいたのはそれこそ道場から見える景色であったり、すぐ隣の自宅の縁側から見えるこじんまりとした庭であったりというようなものだったのだ。

そこで、特に何をするでもなくただ茫として。

隣にトモエが座り、己の時間を過ごしてみれば確かにそれを喜んでいたのだ。

そして、今この場でもオユキはそれを求めているのだとトモエに訴えている。それが、正しく刃から伝わる。

だからこそ、トモエからももう少しきちんと色々と見て回ろうとそう伝えて。


「せっかく、こうして」

「それは、私も同じ言葉を返しますが」


オユキとしては、トモエがオユキのこうした執着という物を気が付いている。寧ろ、それをより一層望んでいるのだとそうオユキに伝えてくれたのだ。だというのに、こうして一緒に時間を使おうと誘ってみれば一体全体どういうことだというしかないのだ。

確かに、トモエの願いというのは理解が出来る。オユキにしても、こちらに来た時にそれを口にしているし今も神殿を巡る事を諦める気など一切ない。だからこそ、平時は。それこそ、何でもない日は、こうして屋敷で互いに券を交える、その前に、そのあとにでも構わない。せっかく誂た、王都にある屋敷の物に関しては、あくまで始まりの町の模倣でしかないのだが、それでもオユキとしては少々こちらでも考えていることはあるのだ。こちらでと言う訳でもなく、こうしてせっかく我儘が聞き届けられる土壌が生まれたのならば。華と恋の国、そこの神殿と繋ぎあの実に彩華やかな国との交流が行えるようになるというのなら。

だが、そうしたオユキの思いに対してもトモエからは。


「それなのですが」

「おや」


そして、そこまで互いの思いが、刃に乗せていた物が進んだからこそ、トモエが一度力を抜いて間合いを空けようと動く。

かつての事を想えば、それこそこのように柔らかな形で距離を放したりなどせず、今の互いの体格差を生かしてとしたことであろう。そうした部分を見るにつけても、オユキとしては、ああ、己はここまでトモエに大事に扱われているのだと自尊心がくすぐられるという物だ。

オユキのほうこそ、トモエに心配をかけることなど望んでいないというのに。しかし、トモエの歓心を買うために。そうした部分が無いとは言えないのがオユキとしても難しく感じている処。そのあたり、きちんと刃を合わせている間に、それこそ初めの頃にきちんと互いに思いを乗せて刃を交わしたものだ。


「その、今更といいますか」

「ええと、言いにくい事でしょうか」

「オユキさんが、私に隠してと考えていること、公然の秘密とはなっていますが」


トモエとしても、このまま知らない振りが出来るのであればよかった。

だが、トモエとしては、トモエだからこそ願う所というのがあるのだ。

いつぞやに、華と恋の語った言葉。それを確かにトモエも聞いたことではある。そして、新年が近づくにつれて、正直な所誰も彼もが隠そうとしていない。いや、トモエに最低限は隠そうとしている素振りはあるのだが、実のところ誰も彼もが無理だと考えている。そして、誰も彼もがトモエに気が付かないふりをそのまま続けてくれとその様な様子なのだ。

此処で踏み込んで、勿論周りには変わらず人がいるため、先ほどまでも逢瀬の時間を呆れたように見ていた者たちが今となっては揃って驚きを見せている。トモエは、オユキの願いをかなえる事を至上とするのだと、誰も彼もが考えていたのだと言わんばかりに。

だが、先ほどまでの事で、周囲には勿論分からなかったのだろうが、互いの間で譲れぬ物、少なくとも日々の中でどのように過ごすかをやり取りもしていたものだ。


「その、トモエさんは、気が付かないふりを」

「ええ。そのように考えていたのですが、私としても思う所がありますから」


なんとなれば、オユキが考えるよりも、かなり強く。


「リングボーイとフラワーガール、かつての時には全く異なる形での式でしたが」

「はい。そうした人員を、ローレンツに運んでもらった門を使って」

「そちらですが、私は流石によく知らぬ相手に頼みたいとは考えません」


一生に一度の事なのだ、基本的には。かつての世界でも、互いに結局そりが合わず。もしくは、時間の経過とともに、互いに興味が薄れて。他の誰かに心惹かれて。そうした結果としての、勿論それ以外の形での破局という物も存在していた。トモエの父にしても、望みさえすればかつてのトモエにしても後妻を迎えるというのならば受け入れるつもりではいたのだ。実際にその場面になった時に、己がどのような反応を返したかはそこはそれ。


「一度きり、私たちに関しては幸いな形での二度目となりますが」

「確かに、かなり特殊な形にはなりますね」

「そう、なのですよね」


トモエの言葉に、オユキが話を逸らそうと考えての言葉を。だが、トモエはそちらに応えながらもそれでも己の言葉を、トモエの意見をまずはきちんと聞く様にと。そうしてみれば、オユキにしても渋々とでも言えばいいのか。もはやトモエに気が疲れてはいないと考えての事には違いない、だが、実際に気が疲れたくないと考えている後の事。そちらに関しては隠し通して見せるのだと、そうした考えでもって。

実際には、そちらにしてもトモエは薄々と気が付いているのだが。


「そのような大事を、私はよく知らぬ誰かにというのは、やはり望みたくはありません」


そして、トモエとしてはやはりよく知った相手に頼みたいのだ。


「ですが、それには少々時間が」

「幸いにもと、言えばいいのでしょうが」

「それは」


そして、トモエからはそうしたよく知らぬ者たちではなく、知っている相手に頼むことが出来るではないかと。教会で長く暮らしている相手。こちらに来て、すぐに知己を得て。それから今までの間に、きちんと関係を積み上げてきた相手が。

オユキよりも数年程年を重ねてはいる、確かにこちらの観念では既に成人している年頃となるため、そうした役職を振るのには不都合があるかもしれない。だが、そうでなくとも。彼らに頼めば、もしくはウニルの町の教会で日々の勤めに精を出している相手に頼めはしないかと。


「ですが、トモエさん。華と恋、なのです」

「頼まぬうちからというのは、オユキさんの在り方として」

「いえ、こちらの社会通念といいましょうか」


トモエの願い、それに関してはオユキも確かにと思う所がある。

だが、言われてみるまで一切検討をしていなかったことだ。では、オユキ自身が、何故それを考えから外していたのかと言われれば、少年たちの内持祭の位を持つ少女たちが祀る神は華と恋ではない。ただ、その一事をもって。そも、婚姻となれば、こちらの世界では華と恋の保証を得るのだとそうした話をこれまで確かに聞いてきたものだ。

だからこそ、それは難しいというよりも、与えられた役割を、教会で暮らすことに誇りを持つあの良い子供たちに対してというのは考えもしていなかった。


「頼んでみては、如何でしょう」

「それは、その。私から、私たちから頼んだとして、それを、あの子たちが」


そして、そうした考えがあるからこそ、オユキとしてはそれは考えることも難しい。頼もうと、トモエからの願いだと言われても、オユキに主導権のある事だからこそ、難しいのだと。オユキに、その意思はないのだと。だが、トモエにしてみれば別の理屈という物がそこにある。そもそも、オユキが気にも留めていない言葉を、あの少年たちが、子供たちが口にしたことを覚えている。

オユキが見落としが少ない、それはあくまでオユキ自身の興味がある事。それと、トモエの為にと周囲を整えるための事に過ぎない。それ以外の部分では、やはり気を抜いていることも多いのだから。


「オユキさん、あの子たちも言っていたでしょう」

「はて、何のことでしょうか」

「彼らにしても、教会でそうしたことが行われるときに、手伝っていたのだと」


だから、トモエが覚えているのだ。

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