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憧れの世界でもう一度  作者: 五味
36章 忙しなく過行く
1189/1233

第1189話 方や

先日の牡蠣があったからだろう。トモエのほうでは、カリンからの要望に応えるべく、買い求めた海老、過去に見た物よりもいくらか巨大な海老と合わせて卵の中に閉じ込める料理などを作っていた。味付けに関しては、魚醤と醤油を使ってカリンが生前によく使っていたというものをつけると決まっている。唐辛子を使い、さらに少々大蒜とごま油をつかって整えて。

他にも、オユキはいよいよよく知らない品々。トモエにしても、己が使うばかりで製法などやはり知らず。アルノーにかなり無理を頼むことになって、用意したものが多い。ごま油、ゴマを絞ればよいのではないかと、それくらいの予想はつく。圧搾機というものを、確かにオユキは知識として、機構くらいは知っているのだが実際にではとなるとよく分からないと応えるしかない。

牡蠣があるのだから、オイスターソースを作ってもいのではと、そう口にする。だが、では実際にどのように作るのか等と言うのは想像もつかない。ソース上になっているのだから、塩に漬け込んで発酵させてそれこそ魚醤のように作るのではないかとそんな事を言い出すような体たらく。


「私たちの暮らしていた場からは、また随分と離れていましたが、お好み焼き、でしたか。厚みのあるガレットの中に入れてという場所もあったとか」

「あれをガレットと呼ぶのはどうかと思いますが、キッシュやパイとも確かにまた異なりますからな」


炭を熾した調理台の前、そこにアルノーと並んで立ったうえで、少女たちの手も借りながらあれこれと用意を行う。

オユキが整えた場、実際には、手紙一つで呼びつけただけではあるのだが、それでもトモエが同じことを行えばここまでの用意が整いはしなかっただろう。そして、水産資源をとにかく手に入る全てをと頼んだこともありかつての世界で、暮らしていた場でトモエが出汁を引くのに使っていた食材も実に多く手に入った。海藻類、少々かつての物とは見た目が違うのだが、それでも用途としては十分以上に。

後は、それこそオユキがトモエの願いをかなえるためにと、トモエにとって慣れ親しんだ味を用意するためにと今動き出していることもあり、今後がまた楽しみになるというものだ。


「成程、和食の作法として見聞きした物とは少々違いますが」

「私は、お恥ずかしながら家庭の範疇ですから」

「要点は抑えているのでしょう。結果として細部こそ、確かに私たちは其処に拘りますが」

「人に出す、それを突き詰める方であれば、それは勿論そうでしょうとも」


実に興味深げにアルノーに覗き込まれながら、採点されれば、さてトモエの料理における能力、知識、それに一体どのような点数をつけるのかと考えながらも。それこそ、来客に向けて出す物、アルノーが監督をしていると判断されるようなものでなければ、アルノーが口出しする事は無い。

彼にしても、そこには理解が有るのだ。

一般に、おいしくないと呼べるもの、多くの者が鼻をつまむような物であっても。幼少から親しんでいたり、特別な思い入れがあることもある。さらには、味付けに関してアルノーが良しとするもの、アルノーの料理を食べた者達が、好む者たちが良しとしないものであっても。それを良しとする者たちが多くいる事を彼は理解している。

今後、どうしてもトモエが手を出せない時もあるだろう。だからこそ、アルノーもオユキが食べやすいようにと、そもそも彼の勤め先の屋敷の主人、そのこの身の味を割り出そうと考えて以上の物ではない。トモエも、勿論、彼の視線がよくある見て盗むに該当しているのはよく分かるのだが。


「えっと、トモエさん、ああやって作る御鍋って、よく昆布がそのままになってたりしますけど」

「それこそ、よりけり、ですね。具材の一つとしてとする場合もありますし、見た目としてと言う事も。ただ、私としては、こうして引き上げて他の物に改めてとする方が好みです」


カリンからリクエストされた品、それに関しては生食用の牡蠣なのかトモエには全くもって理解が出来ない。だからこそ、網のかかる焼き台の上に置いた鍋、そこに放り込んだ牡蠣と海老にまずはしっかりと火を通して。そうしている間にも、改めてトモエが覚えている味に近づけようと佃煮なども併せて作りながら。米に関しては、トモエもオユキも特段気にしていない。確かに生前によく食べていたものではあるのだが、そもそも旅先で多くの者たちが言うような郷愁、食べたいという欲求、特にそうした物を感じることも無かった性質ではある。

トモエは、そもそも食べることが好きではある。鍛錬の一環として、整った食事を好むと言う所から、少し進んでとそうした物でしかない。勿論、トモエのご機嫌を取るために、オユキに対してトモエがまずは真っ先にただしたのが食生活でもあったから、そこから始まったオユキの勘違い。だが、示される好意に、行為にトモエが喜んで気が付けばより一層好きになっていた、それも事実。

こちらに来て、確かにトモエは度々食欲を示す場面はあるのだがどちらかといえば、種族由来の物。オユキにはいくらかの勘違いをさせていることもあるのだが、それこそかつての世界でも好んでいる物はあった。だが、幸いにもそうした物は実に手早く手に入った。

トモエが殊更、かつての世界で好んでいた蟹、それと白身の魚、実際にはメルルーサ。こうした物は、実に簡単に。他にも、いくつか好んでいる物もあるにはあったが、なくても良いと思える範囲。口に入ればうれしいが、その程度しか無いものにしても、カリンとヴィルヘルミナが王都でオユキ様に探し出してからというもの、口にする機会も増えた。


「そう、なんですか」

「サキさんは、口にしたいものなどは」

「えっと、御味噌汁、とか。その、こっちのはやっぱり」

「あちらの物は、味を調えている物が多かったですからね。それこそ、どちらの会社が作ってどころか、さらには使い方でも大きく変わりますから」

「そういえば、スーパーじゃなくても、コンビニでも色々」

「ええ、こう、白と赤どちらかだけでなく、合わせた物もあれば、本当に色々と」


トモエとオユキがそうでは無いからといって、この望むことも無く、幼くして儚くなった少女がそれを望まないかといえば、当然違う。親離れをするにも、年若すぎる少女。どうにも、過去に聞いた賽の河原の話、それを少々拡大解釈をすることで、己のこちらに来たばかりの境遇、それに無理やり納得して見せていた少女。こちらは、いよいよ彼女の思う家庭の味を求めているというのは、トモエにも分かるのだが。やはり、そればかりは色々と難しい。


「トモエさん、そろそろ火も通ったかと思いますよ」

「そうですか、それにしても、アルノーさんに頼めばと考えてはしまいますが」

「私が作るよりも、そう望まれたのでしょう」


トモエの言葉に、アルノーからはただそう返ってくる。それこそ、こうしてトモエがカリンに、カリンがトモエに頼んで、それをオユキが良く思いはしないだろう。実際のところ、そうしたことを考えていないというのはよく分かる。アルノー自身にも自覚がある様に、かつての世界で暮らしていた場があまりにも遠いために。カリン、トモエとオユキにとってはやはり外の味になるのだ、アルノーが用意する物は。ヴィルヘルミナにとっては、それこそトモエがよう知る者は彼女の本来から遠く離れている。彼女にとっては、寧ろアルノーの料理のほうが家庭に近いのだ。そのあたり、本当に面白い事だとそんな事を考えながら。それでも、かつてを思えば考えられない程に容易く心乱すオユキに、好みはしないと分かっていながらも、オユキがそれでも口をつけようと思える程度の量を分けて用意する。

氷の乙女の長、こちらにしてもこれまでに見た事もの無い品、水産資源、そうした物を見る分には確かに喜んでいるし、楽しそうに口もつけている。だが、トモエにオユキに向いているのか、それを示すように変らず振る舞ってくれることもあり、その結果を見る限りやはりほとんどが不適格。


「公魚でも手に入ればよかったのですが、他にも思いある魚にしても、こちらでは少し難しそうですが」

「えっと、トモエさんは、公魚以外にもああやって」

「そうですね、パイクやウォールアイなどは覚えがありますが」

「それって、どんな魚ですか」

「私も、全体像はなんとなく覚えていますが、マスによく似ていたように思います」


冬に旬の魚、かつての世界でそう呼ばれていたものにしても、オユキは喜んでいるのだが、セツナからはそこまで勧めないと、そうした判断が見て取れる。調理方法の問題なのか、それとも他の理屈があるのか。それは、トモエにも現状分からない、だが、今後に関して考えるのであれば改めて聞いておかなければならないだろうことでもある。だが、それよりも。


「オユキさんは、また悩みを与えられるわけですか」


困ったことに、戦と武技の柱がこうして降りてきて、またもオユキに無理難題を吹っかけてきたらしい。

他の何か、それが理解できるトモエではない。

だが、オユキの事であれば、理解はできるのだ。

戦と武技、それから言葉が放たれる前に、オユキが悩むそぶりを見せる言葉を与えられる前に、トモエを見た。そして、オユキが悩んでいる。つまりは、何かを天秤にかけている。

そんなものは、決まっている。

オユキが悩むこと、天秤にかけることなど、トモエに視線を送った上でそのような素振りを見せることなど、一つしかない。トモエと、トモエの考え、オユキを大事にという所を天秤にかける、それ以外にはありえない。つまり、オユキの身を犠牲に、トモエに対してオユキが、オユキが決断したのならば止めてくれるなとそう話した事、かつての二人の約束が今も生きていることを盾に、それが出来るからこそ悩んでいるだろうこと。後で、細かく木か粘らないのだが、心当たりはそれこそ数えるほどにしかない。


「いよいよ、あの柱にもまた言わねばなりませんね」


夜毎という頻度ではなくなっているのだが、それでも折に触れては。その場で、己の意志を通す、それには確かに届いていない当時角はある。所詮は、傷一つ付けられない身でしかない。だが、それでも言うべきことはあるのだとばかりに。

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