第1148話 足を降ろして
「本日は、御身にご足労頂きましたこと、改めてお礼申し上げます」
この場に集まるのは、オユキに比べてしまえばはっきりと高位の人物。一応、ラスト子爵夫人もいる。そちらだけはオユキよりも明確に下位ではあるのだが、年長者として敬うべき、習うべき相手でもあるためそのあたりは難しい。こうして、慣れぬ振る舞いをどうにかこなすオユキに比べて、まずは王妃に挨拶をしてから次は翼人種から招いているパヴォ。そして、その次にはオユキに紹介するようにと視線をよこしたうえで、氷の乙女の長でもあるセツナへと。
セツナに関してはこうした催しに誘うのはどうか等とオユキは考えていたものだが、実際に誘ってみれば二つ返事で承諾されたものだ。オユキの体調を慮ってというよりも、今後の取引相手として見定める心算であるとそうした返しをしたうえで。種族の長として、オユキを幼子を呼ぶ人物として。やはり屋外で開くとなった時に、心強い相手であるには違いない。
これで、男性陣も参加するというのであればオユキの負担はしっかり減る。だが、生憎とトモエは少年たちを連れて、今夜の夜会に向けた準備がある。というよりも、カナリアを連れ出した上でクレドと共に、ここ数日でたまったストレスの発散をとばかりに魔物を狩った上で持ち帰った肉を大量に焼いて楽しむつもりだと聞いている。
そちらに混ざりたいなどとは、オユキはさらさら思えないのだがそれでもオユキも少々魔物相手に発散したい部分もあるというのにと。
「それにしても、聞いた話とはまた趣が違いますね」
「御身を招くにあたって、私どもの暮らしていた地の物というのは少し難しい物があります故」
「難しい、ですか」
「地面の上に、直接緋色の敷物を敷いてその上に」
「確か、そうしたことを行う地もあるとは聞いていますが、確かに少々難儀しますね」
こちらの一般的な形として、そもそも屋内でも履き物を脱ぐくことが無い。精々、寝台を使う時くらい。かつての世界では、異国で行われていた習慣のままに。トモエにしろオユキにしろ。一応、慣れはあるもののなんだかんだと習慣でもあるからだろう。邸内ではなく、自分たちの室内に、寝室に入る時には履き物を脱いでとするのだが。
「こちらでも、こうした飲み物ではなく緑茶の類は探してみているのですが」
「緑茶、ですか」
「こちらで一般的な、茶葉が発酵してと、発酵しているのですよね」
そういえば、結局己の口に入れている物を確認していなかったなと。そんな事を、オユキがふと考えて。来客、予定されている相手としては今こうして王妃が来ているために既に揃っている。必要な挨拶、特に初対面の相手の紹介も終わり。オユキにしても、今回初めて顔を合わせる翼人種からの人物がいるため、そちらとの挨拶位は事前にと考えていた。生憎と、そうしたことを考慮してくれるような種族ではないため、オユキにしても今日が初めての顔合わせ。
フスカとセツナの間に、確執が存在しているためにそちらを今回の席でどうにか。もしくは、既に顔見知りでもあるパロティアあたりがと考えていた。だが、ふたを開けてみれば少し前に見た、フスカのすぐ後ろに並んでいた間違いなく長老と呼ばれる人物がこうして新たに降りてきている事実。
一応、オユキにしてもマリーア公爵夫人に視線で確認してみたのだがどうやらマリーア公爵との間に契約を結んだ相手ともまた違う様子。
「ええ。実際の細かい製法は知りませんが、紅茶として淹れている物はそのはずですよ」
「上質な物は、魔物からそのままですから、そうした工程を経ているかは分かりませんが」
「あの」
此処でもかと、そんな事をオユキは考えてしまう。いや、確かに少し考えればわかったのかもしれない。トモエがいつごろからかオユキに聞かなくなったのだ。果たして、この飲み物は本当にトモエが知っている物なのかと。オユキは、そこで過去と同じだと結論を出してみたものだ。だが、実際には魔物から得られるのだとその事実を知って考える事を止めたのだろう。
今回、アルノーから魔物を狩ることで得られるもの、それらを聞いた時に何かを諦めた顔をしていたのだ。
言われた物、小麦や小麦粉に関してはしっかり確保してきていたのだが、あの刈り取った後の小麦束とでも呼ぶべき魔物。一体、どうやって動いているのかもわからなければ、何故確実に人の手が入った後の物が収集物として得られるのかもわからない魔物。
オユキにとっては、探せばどこにでもいる、よくいる類だとついつい考えてしまう魔物なのだがトモエにとってはそうでは無かったのだろう。頼まれごとを終えた後に、初めてそうした魔物のいる方向に向かって狩猟を終えた後には随分と納得がいかぬとそうした様子を見せていたものだ。
「こちらでは、当然の事ではあるのですが」
「ええ。神の奇跡、神々が人に対してお恵み下さるもの」
「その割にとは考えてしまいますが」
「騎士と傭兵、その区分がまずは」
「そういう事にしておきましょうか」
そうして、少し関係のない話をしていれば侍女たちの準備も整い、お茶と今回アルノーにオユキが特にと頼んだものが並べられる。オユキとしては、セツナからそこまで向いてはいないといわれている火を使うもの。それも、オーブンで長時間とすることで水もある程度以上に抜けてしまった物。お茶会ではというよりも、こうして菓子を並べる以上は定番となるものに始まり。アルノーがパティシエの資格を持っていないというのにも関わらず、正方形に焼き上げた生地を細かく切った上で、それぞれに違う装飾を凝らす洋菓子。プティ・ガトーとオユキは呼ばれていたはずだと考えている物が。
セツナとオユキだけが異なるものを口に運ぶわけにもいかないだろうからと、それぞれに氷菓子の類も並べて。
「相変わらず、見事な物ですね」
「おほめの言葉有難く。後で、改めて御身からお言葉を頂けたことを伝えましょう」
「望みたくはありますが」
「私の客人をはじめ、私自身にも必要な人材ですから」
「そう、なのでしょうね」
話しながらも、オユキが流石に一通り口をつけるわけにもいかないため、侍女たちが用意している場所でそれぞれ見本としてというよりも、主人の好みに合わせるために用意されている物を軽く口に運びながら。オユキの頭の中では、机に、それこそティースタンドに乗せてそれぞれが等と考えたものだがどうやらこちらではそうでは無いらしい。
オユキが付けた注文、それに対してアルノーからこちらの形式に合わせてきちんと整えてくれたのだろう。どうしたところで、オユキは呼ばれて参加した場でも、さして供される品に興味を持たずに過ごしていたのだとその事実がこうして明るみに。
「可愛らしい品が、こうも多くとなると」
「ええ。少し、気をつけねばなりません」
何やら、招待客の内幾人かが少々戦慄しているのだが其方は置いて起き。
「改めまして、本日は皆様足をお運び頂き有難うございます。些少ではございますが、トモエをはじめ、唐家の者たちが本日の為にと色々とご用意をさせて頂きましたので、お楽しみいただければ幸甚です」
招待した相手に、侍女たちも含めてではあるのだが、こちらの流れとしてはあくまで今席についている者だけに。そのあたりは、身分制度がある以上はやむを得ない事柄。そのあたりは、ヴィルヘルミナにしてみれば慣れた者なのだろう。こうしてオユキが改めて口上を述べていれば、さも当然とばかりに歌声を響かせ始める。
こちらにしても、オユキの要望に応える形で数曲を。というよりも、オユキが要望を出したからこそ、そちらに合わせるために彼女自身も曲を選んだうえで。
「それにしても、こうして十分なもてなしが出来るというのであれば、参加を望む者たちも少なくないでしょうに」
「そのあたりは、公爵夫人を頼んでいますから」
「ファンタズマ子爵は、お披露目もまだの身ですから。事前に知己をと望む者たちもいますが、やはりそこは限られたものとしておくしかありません」
「確かに、そのような物ですね。今後の事もありますから、私が主催する幾度か会に呼んでも良いのですが」
「さて、御身が主催する会には、オユキも既に一度参加していますが」
さて、オユキとしては言葉の裏を色々と考えてしまう会話が、今目の前で為されている。言葉の裏側を少々気にしてしまうものだが、今後の事もありあまり気にせず流しておく。
此処でオユキが口を開いてしまえば、間違いなく今回の会の趣旨。流れとして、王妃か公爵夫人から促しがあるまでは口にしてはいけないといわれていることを、早々に口に出してしまう自信があるのだから。こうして集まって、益体も無い話をする。そうしたことに、オユキははっきりと不慣れであり、そこまで楽しさというのを感じる物でも無い。
オユキが口を閉ざしている、勿論、主催として話を振られた時には相槌を打ちながら話の方向を誘導して。その誘導にしても、王妃と公爵夫人から明らかにこういった方向にと簡単に支持がなされる。この場はオユキの教育も含めて、慣れさせるためにと用意した場でもあるのだからと。
話しに関しては、貴族間の交流、どの家が近頃はどうしている。オユキがいるからか、異邦人をどの家が抱えていたのだが其方と色々と話し合いを持っているようだとか。そうした四方山話に加えて、並べられている菓子に対する評価に、響くヴィルヘルミナの歌声に。
実に多岐にわたる話題があちらこちらに。
慣れないオユキとしては、舵取りもなかなか以上に難しい。施しだとでも言わんばかりに、王妃と公爵夫人が代わりにと行ってくる場面に、それが来客、来賓として訪った者の振る舞いでもあるのだといわんばかりに。さらには、こうして貴族たちの話を俎上において、それに混ざれぬ者たち、セツナにパヴォ、ユニエス公爵家に入ると決め込んでいるというのに、オユキ同様にこうした話については来れないアイリスをはじめ。そちらにも実に如才なく話を振って見せる。
要は、食事や用意されたお茶、響くヴィルヘルミナの歌声を話題とするのはそちらに向けて。




