第114話 非公式、酒の席だからこそ
「ま、なんにせよだ。珍しい狩猟者が最近増えてるんだ。
それに期待してもいいんじゃないか。」
アベルが、重たい雰囲気を隠せず、苦渋と、まさにそう見える表情を浮かべるブルーノに、殊更明るく話しかける。
彼にしても、賑やかな席で、突っかかったと、そんな自覚はあるのだろう。
「だがな、個人に頼るのは、組織としてどうなのであろうな。」
そう、ため息にも似た疲れた声で答えるブルーノに、ミズキリもまた、気楽に声をかける。
「それこそ、思い込みだ。」
そういって、ミズキリがジョッキを一息にあけて話始める。
「今はこんな見た目だが、こっちは異邦人だ。知ってるだろうが、既に人の一生を過ごしているのさ。
まぁ、こっちじゃその程度、何の自慢にもならない長さだがね。
それで、まぁ、言い方は悪いが俺たちはすっかり老成している。だから後進を気にかけることにもなれている。」
その言葉に、同じ席に座る異邦人一同頷きで応える。
落差が激しいのは、オユキだろうが、他の者も、その見た目からは想像しにくい年月を生きている。
そして、似たような、こことは違う世界を経験しているものが多いのだ。
「それに甘えて何が悪い。組織、システム。作ってしまえば後は全て歯車。放っておいても回る。
まぁ、そういう人間もいるし、そうなっているところも事実ある。
まぁ、組織を作るときは、それを目指して作るものだからな。で、そうして勘違いが進む。」
そういうミズキリの言葉に、ブルーノが鋭い視線を返す。
これまで、彼にもいくつもの出来事があり、懊悩し、どうにもならぬ現実とそれでも向き合ってきた、その自負があるのだろう。
「勘違いだ。誰も彼もが、それに陥る。なんだ、新しい組織を作ろうとして、初めから全部そろってたのか。」
ミズキリは、そのまま言葉を続ける。
辺りは気が付けば静かになり、彼の言葉に、良く通る声に耳を傾ける物が、多くいた。
「誰も彼もそうだ。初めは、誰かが声を上げた、それに賛同する人間が集まった。そんなもんだろ。
で、何だ。既に仕組みができていたら、新しいことを始めるために、そっくり同じ規模が必要だと、そう考えて、何をするにも足踏みだ。歯車が用意されたんじゃない、自分から組織の歯車になってるんだよ。
だから、外に出れない、他の機能が持てない。
試せばいいだろ、外に新しいものを作って、失敗したら反省して。
で、トップは監視して、責任を取ればいい。失敗が取り返しがつかなくなる前に、それにだけ気を付けてな。
一人でできる事なんて、声を上げるくらいだぞ。それをやらなくなっちまったら、完全に歯車だ。
ちょっと賢しら気に振舞えるようになったから、誰かに助けてとも言えないなんて、情けない人間だと、そうは思わないか。」
ミズキリがそういって、ブルーノに空いた木製のジョッキを差し出せば、彼はしばらく悩んだ後、手土産として持ってきていた瓶の中身をひっくり返すように入れる。
そして、ミズキリがそれをそのまま彼の前に置けば、ブルーノは一息にそれを呷る。
「若造が、好き放題。」
「若造に好き放題言われるくらい、今のあんたが情けないのさ。」
「ああ、そうだな。そうだろうさ。400年前、初めて狩猟者ギルドを作った。
ただ、誰も彼もががむしゃらに魔物に立ち向かう、そしてそこから得た物をどうすればいいのか、商人相手にやりこめられて、日々の糧を得ることもままならぬものが多かった。」
見た目は人にしか見えないブルーノだが、実態はそうではないらしい。
400年と、彼が生きてきた年月を至極当たり前のように口にした。
確かにそんな彼から見れば、前世も含めて4分の1も生きていない、そんな人間は若造であろう。
「そうであったな。それでは駄目だと、魔物と戦わなければ、力を集めなければどうにもならぬと、そう声をからすほどに叫び、人を集めたのだったな。」
「同じことをすりゃいいのさ。何なら、今度はあんたを助けてくれる人間も多いだろ。
それともあれか、すっかり見捨てられたか。」
「さてな、愛想を尽かされているかもしれんな。」
そういってブルーノがまた酒を注ぐと、今度はミズキリの前にそれを置く。
「ま、再びの人生だ、結局のところ燃えカス、とまでは言わないが、暇はしてる。
今更、新しい事ばかり追いかけられるほど、心が若くないからな。
何かあれば、手伝うさ。」
そういって口をつける、だが、彼はそれを全部飲むことはせずに、少し傾けて、ルーリエラに渡す。
「まだ伸びようと、そうする若芽は日に手を伸ばすでしょうが、大樹はただそれに影を貸すものです。」
そうして、ルーリエラがジョッキに少し口をつけ、それを前に出すと、アベルが手を伸ばしてそれを受け取る。
「クソガキの面倒は、これまで散々見てきたからな。
慣れちゃいるし、まぁ、助言できることもあるだろう。これでも年上は敬うように散々叩き込まれてるしな。」
同じようにしたアベルが、差し出したものを次はトモエが。
「切欠を作ったこともありますが、元の生業、習い性です。
教えられるものは限りがありますし、やりたいこととの折り合いもありますが。」
そして、隣のオユキに渡そうとして、その手を止める。
以前、僅かに口をつけて、直ぐに寝てしまった、それを思い出しての事だろうと、受け取るだけ受け取って、口を継げずに、少し言葉を続ける。
「少しでも、寝てしまったので。
生憎、私は人に技を教える許可は得られていませんが、ちょっとはマシな案山子にはなれますよ。」
そういって、トラノスケにオユキがジョッキを差し出すと、彼はそれを躊躇なく受け取って、経験を口にする。
「他の異邦人から聞いてるかわからないが、俺たちはもともとこことよく似た世界で、以前にも時間を使っていてな。前の生を全うしても、未練たらしくこうして、よく似たここに来るような、そんな人間だ。
頼まれれば、時間が許せば、手を貸すさ。そうするくらいには、愛着があるんだ、この世界に。」
そういって、トラノスケが口をつけたジョッキを、今度はイリアが横からさらう。
「他の種族はよくわからないんだけどね、群れを育てるのは、大人の仕事だろ。
やれと言われなくても、やるさ。これまではやっちゃいけないと、そういう育て方だと思っていたんだけどね。」
それを横からカナリアが受け取り、言葉を続ける。
「あの、皆さんに任せると、学問をあまりにもおろそかにしそうですから、魔術ギルドに、採取者ギルドにも声をかけてくださいね。魔物と戦うばかりが人生ではありませんよ。」
学院で学べと言われれば、そこまでなのでしょうが、そう悲し気に呟くカナリアの次はクララが受け取り、話を続ける。
「まぁ、知識は力よね。結局は、折り合いがつけば、そうなるでしょうけど。
それでも、新人が死なないように、そう願う気持ちは、騎士団の先輩からも確かに感じていたもの。」
「そうですね。厳しく、殺されると、そう思うこともありましたが、実践より厳しいあの時間が無ければ、我々の何人が、実践で命を落とすことになったのでしょうね。」
そう呟き、遠くを見ながらジョッキを傾けるイマノルから、その場に集まっていた、オユキとトモエが氾濫の時に顔を見た男が、弓を非常にうまく使っていた先輩の狩猟者が、横から受け取って、続ける。
その横からは、また別の顔が。
そうして、この場に集まった人間が、それぞれなめる程度に口をつけて、回したそのジョッキは、再びブルーノの前に戻ってくる。
それを隣に座っていたミリアムが、そういえばとばかりに口をつけ、叩きつけるようにブルーノの前に置く。
「どうしますか。また上手くいかぬからと、前は失敗したからと、そういいますか。
ただ、魔物から逃げ回りながら、どうにか石を積み、木を組み、ただ魔物に怯えながら夜を過ごす、そんな場所を作るためだけに、狩猟者がいたころとは、もう違います。
未開の地はまだ多く、成すべきことも多いでしょう。それでも、人が安全に、魔物の影に怯えず生活できる、そんな場所はもうできました。
子供が学び舎に通う、それができるようになって、しばらくたちます。それで十分と、そうしますか。」
その言葉と、集まる視線を受けて、ブルーノはただ再びジョッキに残った中身をすべて開ける。
最も、大した量が残っているわけでもないが。
「そうだな。皆、頼む。」
彼が、そう呟くと、それでいいとばかりに、歓声が上がった。
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