第1136話 色づく木の葉が
食事を分かれて楽しんで、オユキはその席で公爵夫妻に対して改めて相談したい事があるから明日にでも時間をとってくれとそうした話をしていた。トモエが頼んだこと、それを成し遂げるために今回の機会を大いに使う相談をしてくれることだろう。二人の時間で、そのあたりの話は出来なかったのだが、夜中に何やらオユキがしっかりと手紙というよりも企画書の類を用意していたから。今日は、オユキはそれを手に公爵夫妻の説得に乗り出すのだろう。
正直な所、既に鞘を作る、それも大々的に。そうなっている以上は、オユキが持ち込まなくともそれぞれにそうした腹でいるのだろうが。
「じーさんは」
「もう、ジーク」
「俺は構わん。セツナが受け入れているとはいえ、呼ぶな」
「あー、気を付ける。で、じーさんは、武器、持たねーのか」
「ああ」
そして、トモエはトモエで少年たちと連れ立って、ついでとばかりについてきているアイリスとカリンと。少年たちからあれこれと話しかけられては、ぽつりぽつりと応えるクレドを眺めている。
話しかけられて機嫌が悪くないのは、はたから見ても分かるのだ。ならば、そちらはそちらで交流を深めていけばいいだろうと。
「ところで、アイリスさんは」
「貴女のところの問題ね」
「オユキさんから、正式に抗議が行われて、それが今はユニエス公爵家に向かいましたか」
「ええ。私も辟易としていたもの。今はアベルがどうにか舵取りをと奮闘しているけれど、私がこうして外に出てしまえば、それももう少し叶うでしょう」
「これで三カ国、ですか」
「誰かに責任をとは言わないけれど、正直私としてもああした煩わしさは求めないのよ」
そうして、ため息を一つ。
「それと、今ユニエスの屋敷に武国からの巫女が来ているのよ」
「おや」
だが、どうにもアイリスの口ぶりとでもいえばいいのだろうか、それにトモエとしても疑念が募る。要は、アイリスが即座に思い浮かべる巫女となれば、自分以外にはオユキしかおらぬはず。そして、それと比較した時に、他の神々の巫女と比較した時にも、何か問題があるのだと。彼女の思うあり方と異なるのだと、その振る舞いが雄弁に語っている。
「明後日にでも、オユキへの面会要請が正式に送られるんじゃないかしら」
「オユキさんは、受けるでしょうが」
「事前に私が説明するよりも、実際に合う方が早いでしょ」
「その席に私が同席というのは」
「任せるわ」
何やら、すっかりと投げやりになるだけの理由がある相手らしい。さて、この辺りの事をオユキに伝えるかどうか、それをはっきりとトモエは悩むのだが。
「オユキに話しても、いらぬ先入観を与えるだけでしょう。老師が直接あったわけでもないのですから」
「それもそうですか」
「それよりも、クレドさんが昨日に興味を示していましたが」
「行っても構わないのですが、オユキさんは流石にあまりに頻度が多いのはどうなのかと」
「いいじゃない。私としては、毎月位でもいいと思うわよ」
「アイリスさんは、そうかもしれませんが」
「老師は、オユキが何を考えているのかは」
「一応、概略は聞いていますが、理解が出来ているとは言えませんので」
オユキの言葉では、現状はたまにだからまだどうにかなっているのだが、毎月であったり、より頻度を高くしてとなると問題が出てくるとそういう話。オユキが思いつく限りでも、魔物がそのまま残る以上は、そこに処理という手間が加わることになる。それを、狩猟者ギルドに現状は押し付けた上でそこから畜産ギルドに別途依頼を出して処理を行っている。また、トロフィーに比べると質が落ちるという話ではあるのだが、それでもこれまでに比べれば大量の魔物由来の素材が手に入ることになる。問題としては、祭りの由来もあるためにそれを分け合う、値段が付けられないものとして扱うしかないというのも問題になる。つまりは、それに合わせて価格の再設定であったり他の需要が落ちてしまったときに損失が発生する場所が多いのだと。
「オユキさんも、私が理解できると考えてはいないので、こうした表層の説明としたのでしょうが」
だが、トモエでも理解できるとオユキが考えたことにおいても、ここまで分かり易い問題が大量に生まれるのだ。実際には、もっと多くのそれこそ大小問わずに起こるには違い無い。
「私も、そのあたりは苦手です」
「私もね。多分、あなた達よりは経験もあるから分かるでしょうけど」
「オユキは、何処でそういった、いえ、異邦での経験ですか」
「そういえば、カリンさんにオユキさんは己の素性を話していませんでしたか」
そのあたり、それこそ表に出ていたことなら話してしまってもいいだろうと。トモエがそう考えて簡単に告げれば、アイリスもこれまでは興味が無いとそのように放っておいたのだが。
「こうして、驚いていると言う事は」
「その、かつての話になりますが、オユキさんは当然見た目も違ったといいますか」
「まぁ、そのあたりは薄々感づいているからいいわよ。アベルから言われたこともあるもの。それよりも気になるのは、文化が違うだろう相手も知っている、それなのよ」
「かつての世界では、やはりこちらに比べて国境というのは近い物でしたから。国土、といいますか世界としての面積にしてもこちらの方がはるかに広いですよ」
「そう、らしいのだけれど、トモエはオユキから何か」
「そもそも平面であり、現状の大陸ですら木星と、ガス上の表層を計算した時に比較できるという話でしたから」
「残りの大陸がそれ以上か同等であれば、そこからさらにと言う事ね、もう考えるのも面倒だわ」
そうなるだろうと、トモエはただ頷いて返すだけ。何やら、カリンのほうでは多少の理解はあるらしいのだが、トモエはこの辺りについてはいよいよよく分からないのだ。かつてにいた惑星と比べて、かなりの大きさだというのは聞いている。衛星の一つが、なんとなればとそういう話にしても。ただ、そこまでだ。具体的な数値等と言うのは、いよいよもって理解の範囲にはない。
「さて、アイリスさんには分からぬ話となってしまいましたが」
「いいわよ、別に。私は、正直な所気分転換としているだけだもの」
「セラフィーナさんも、一緒に来られるかと考えていましたが」
「あの子は、ここまで散々に絞ってきたもの、少しは役得があってもいいでしょう」
「アイリスさんに便乗して、そういう話だったかと思いますが」
「私が教えて、アベルが慰めて。本人も、言い出したからと意識をして」
「ああ」
アイリスの教え、特に部族の祭祀に関わるものについて度尿に教えているかはよくわからない。だが、少なくともここまでの間に一度たりともトモエの課す、オユキの伝えるかつての鍛錬方法について一度たりとも弱音を零していない。つまりは、それを当然とできるだけの基礎を持った相手。翻って、セラフィーナのほうはいよいよ屋内を整える事を好む基質を備えている。
狐のどこにそのようなと、トモエとしては思わず首をかしげてしまう。獣精というよりも、獣人だろう者達は、さて色々と血統として混ざるのだろうかと。
「何を考えているのか、視線に出ているわよ。私は純血というよりも、祖霊様から力を授かり祭祀を継ぐのには祖霊様と全く同じでなければならないから、獣精は全てそうだけれど」
「と言う事は、イリアさんも」
「あの子は、というよりも、獣精としての格を得たときに体も変わるのよ。だから、あの子は今髪の色が徐々に変わっていっているでしょう」
「それは、全て終わればと言う事ですか」
「どうかしら。私のように、好きにというよりも力を振るうときにだけとすることもあるもの」
ただ、ここ暫く。今にしても、アイリスは常に己の髪を金に輝かせている。その割合にしても、徐々に増えてきており、祖霊から言われたことに本当に忠実に振る舞うのだなと。
「アイリスさんは、正直」
「なまっていたとまではいわないけれど、私が本気でとなるとやっぱり色々と障りがあるのよ。こちらに抜けてくるときは、陽炎を主に使ったこともあるし」
「確かに、本気で動いている時の身体能力、それを考えれば見つからぬ様にと力を使って走ればと言うものですか」
「一応、貴方も知っているでしょうけど」
「以前の物が、全力では無いと、それくらいは」
移動速度という部分に限っていえば、アイリスにしても尋常ではないのだ。それを、これまでは上手く太刀さばきに生かせていなかったこともある。というよりも、今にしても未だに持て余している風ではある。そのあたりは、彼女に教えたという、彼女の国許で一つの流派を起こしたというハヤトの瑕疵でしかないのだが。
「アイリスさんも、どうしましょうか。オユキさんが教えた鍛錬、それに合わせて少しお伝えしても良いかとも思うのですが」
「あら。前は流派が違うと」
「今にしても、力の使い方ですね、それがどうにも上手く行っていませんから。いえ、腕だけで振って十分すぎる程ですので、現状でも良いかと考えていたのですが」
「いいのかしら」
「オユキさんも、私以外に手ごろな相手は必要ですから」
「手ごろ、ね」
トモエとしては、そこでオユキとの時間をそこまで許すつもりはない。これからしばらくすれば、オユキもきちんと回復して、体を動かすことが出来る時間というのもきちんと増えていくだろう。そうなったときに、どうしてもトモエは他との時間をとらなければならず、オユキとばかり向かい合ってと言う訳にもいかない。
「それは、私とオユキが大会でと言う事は無いと、そういう事かしら」
「はい」
そして、アイリスにしても、闘技大会の場ではかなりの制限がかかっているのだ。あの場は、アイリス自身が望んだように、技を競う場。当然筋力というのは、鍛錬の結果として身に着けたと判断される部分は残される。だが、種族として持つ物というのは、加護だと判断されて打ち消される。それこそ、本性とならぬだけ、まだ加減をしているのだといわんばかりに。
「私が、優勝して望んだとしても、かしら」
「その、率直にお尋ねしますが、アイリスさんは参加できると本気でお考えで」
「できるでしょう、それは当然」
「オユキさんが、今回参加せず、武国から巫女が訪うというのに、ですか」
そこには、トモエでも分かる理屈がある。特に今回は、他の国からも、間に合うのならば華と恋からも人を招いた場となるのだ。そこで、戦と武技の巫女というのは、当然参加者として考えられることなどない。




