第七項 ねこうつつ③
連続殺人鬼、通称「夜行」。最初の事件が起きたのは、俺たちがまだ高校生だったときだ。
現在と同じように、突然女子生徒が相次いで消えるという事件が発生した。
奇妙ではあったが、家出や神隠しを追っているほど警察も暇じゃあなかったらしい。
本格的な捜査が始まったのは最初の神隠しから一年が経とうとしたとき、第一の遺体が見つかったときだ。
俺たちの同級生だった女の子が、首のない状態で発見された。逃げられないために、あるいは見せしめのためか手足も切り落とされている。
腹は裂かれ臓物まできれいさっぱりない。それはそれは、見れたものではないものだったというらしい。
第一被害者は温厚で友人は多いはずだったんだが、俺たち含めて同級生は誰一人として葬式とかには行けなかった。今思うと正直、怖かったんだ。
警察の捜査も空しく、幾日経っても状況は好転しなかった。
事件が解決の兆しも見えないまましばらく経って、幽霊だとか祟りだとかの噂が広まったとき、第二第三と言わず大量の屍体が突如現れた。
こんな言い方をするのは、中には腐敗しきったものまであったというのに、付近の住民はおろか誰も朝になってみるまで知らなかったのだと口をそろえて言うのだ。
そもそもありえない話だった。屍体が現れたのは、未だバリケードが敷かれた第一の遺体発見現場。当然最初は住民が疑われたものだ。
身元を調べられるものは全員、学園の生徒だった。どれも神隠しと言われていた女子生徒たちだ。
一年ほど放置していた行方不明者続出の段階で捜査の手が及んでいれば、あるいは何か変わったのかもしれない。
犯人の痕跡なんてものは何一つない。わかるのは、奴が黄色の目をした髪の長い日本人に執着しているということ。
当時は新聞でもテレビでも、あるいはネットでも大騒ぎで言い方は悪いが、スターみたいになっていた。
そもそも夜行なんて大層な名前を付けたのもメディアだ。「伝説の首切り、夜行」だなんてうまいこと言ったつもりで鼻を高くしてやがるだろうぜ。
警察が早々に捜査を打ち切り、今現在「心臓やぶりの裏路地」なんて馬鹿馬鹿しい呼び名まで付けられた路地は解放された。
元々一定数の学生が近道として利用していた道だった。騒ぎが一旦落ち着いたかと思えば、あれは何事もなかったようにそこに存在していた。
むしろ気味が悪かった。今にも新たな屍体が降ってくるのではないか。夜行は今でもこのどこかに潜んでいるのではなかろうか。
誰か引っ越したっておかしくないというのに、一人としてそんなことはしなかった。本当に何もなかったというように。
防犯カメラがなかったのが決定的に痛手であったろうに、事件後その声も上がることはなかった。
住民の中には被害者家族すらいたというのに、だ。
まるでなかったことにしたいみたいだと思った。今の学生たちはわけもわからず、あるいは影に潜む何かを避けてそこを通らない。
咲間が言い終えると、辺りが余計に静かに感じた。機械音声は案外不安を取り除く効果があるのかもしれない。
不安になったのはもちろん、彼のせいだが。
しかしなるほど、聞いたことのある内容だ。女子生徒の行方不明が相次いで起こっているのは柊から聞かされていた。
というのも、今回の「神隠し」は、少女が学園を訪ねた日、つまりは聖生白の事件が発覚した日にようやく、またしても警察は動き出したというのである。
二つの事件はもちろんのこと、少女もまったくの無関係とはいえないかもしれないと柊が考えてのことだった。
つまりは、少女が夜行そのものである可能性も含めてのことなのは明白だった。疑われている、というよりもそうあってほしくはないと思っているのは百も承知だ。
ますます意味がわからないのは柊が未だにこの状況を楽しんでいることであったが、もうさすがに気にしても仕方がない気がしてきた。
気を取り直して咲間に向き直る。
「ききまちがいじゃなければなんだけど、ここはその、ヤギョウさんのおうちなんだよね?」
咲間はうなずく。どうしてそんな当然のことを聞くのか、とでも言いたいのか。
「ロジにすんでたってことになるよね?しかもヒトはとおらなくても、こんなにせまい。」
ああ、なんだそういうことかと言わんばかりに短く息を吐く。咲間の息を聞いたのはこれが初だった。馬のパペット人形がこちらを向く。
『プロファイリングだよ。俺は暇だからな。』
ほつれた様子もない新品同然のそれは、やはり不気味だった。少女は咲間の言葉よりも人形の方が気になって仕方がない。
プロファイリングなんていうのは、きっとテキトーなことを喋っただけだと思っていた。
少女は徐々に、柊だけでなく咲間も信頼しきってはいけない人間だと思いはじめていたのだ。本気も半分だろうが、冗談も半分含まれてはいるのだろう。
咲間はなおも無表情かつ無気力に見える。
「やっぱり血の匂いはしませんね。他にも犠牲者はいるはずでしょうに、一体どこに隠すんでしょうね?」
柊はコンクリートを叩いたり、家の壁を破壊しようとしたりしていた。・・・止めた。
しかし、全部が全部屍体と化しているなどと悲観的にはならずとも、ほぼ間違いなく第二第三は出そうなものだ。
バリケードテープがないのもおかしなものだが、ある日突然現れるというのでは防止のしようがないのである。
それにもう、この狭い路地は誰も通らないだろう。観光案内図に載っていてでさえ、絶対に誰も通らないと断言できた。
何か手がかりはないものか。少女と柊は心臓破りのあちこちを探索して回る。咲間は一応の見張り役のようなものだ。
「こうしてみると、学生時代を思い出します。」
柊がどうしてこの気味悪く薄暗い中、なおも目を輝かせているのかわからなかった。
彼女の姿は生徒の事件を追っているというよりは、学園七不思議を追っているという方がふさわしい。少女は黙ったまま聞いていた。
「十年前の事件も警察が捜査を打ち切ったと聞いてから、私たちで調査したんですよ。あれが私たち三人の、最後の活動でした。」
相変わらずの微笑みの中には、喜びだか悲しみだかの様々な感情が渦巻いている気がした。
大切な思い出なのだろう。きっと、楽しいばかりではない。
柊はそのアクアマリンを輝かせないではいられないのだろう。青春でたった一つやり残した、呪縛のようなもの。
少女はこれ以上、彼女が自分から話さないかぎりは深掘りはしないでおこう決めた。
結局夜行、言ってしまえば犯人に最も近い何かの住処らしい「心臓破りの裏路地」では何も見つけられなかった。
お得意のプロファイリングを駆使してか、咲間は言った。
『夜行の正体は二人。大柄の男と小柄で若い、ちょうど君くらいの女。男が調理して、女が食べる。今回が同じかはわからないが。』
随分具体的な手がかりではあるような気がする。肝心のどうやって大量の死体を誰にもバレずに隠すか、というのは謎のままだが。
いかにして結論に達したのかは聞いてみようとも思わなかった。
本当に住民がグル、というのも疑わなければならないかもしれない。実際会ってみなければわからないが、事件後の反応というのがどうも怪しい。
特に被害者遺族。あとは学園関係者が近くに住んでいれば、当時の状況を聞いてみてもいいだろう。
柊も同じように考えていたらしく、まずは明日から周辺住民への聞き込みをしてみると言う。
「なんだか本当に学生時代に戻ったような気分です!」
柊の探偵ごっこはまだまだ続きそうだ。
咲間の右腕に巻きついた腕時計は午後八時を示していた。少々熱中してしまっていたらしい。
時間も無限というわけではない。聞き込みとやらで手がかりが得られそうになければどうしたものか、次の作戦を考えるべきだろう。
「夜行さんって知ってますか?首のない馬を駆る妖怪なんですけど、彼が徘徊する夜にうっかり遭遇するとあら大変、首切れ馬に蹴り殺されてしまうんです。あ、首のない馬といえばコシュタ・バワーなんて有名ですよね・・・」
ダメだ。次の作戦なんておおよそ立てられそうもない。咲間の方は相変わらずだ。
少しばかり欠けた月は、この辺りの街灯の少なさに比べれば十分明るいと思えた。何も知らなくたって、瞬く星たちで描かれた夜空は美しいと感じられる。
大人連中は何も知らないからこそ素直に美しいと感じられるのだと言う。
「私なんかは星座それぞれの物語を想ってしまいます。ただ純粋に、星を見てきれいって思ってたのはいつのことやら。」
せんせいの方がよっぽどメルヘンだと思うけれど。カシオペヤを見ながら、少女は喉元まできた言葉をぐっと飲み込んだ。
「また明日」と手を振ったのは初めてのことだった。柊を友達だと、あるいは自分を「むーちゃん」だと認めはじめている気がして、なんだか悔しい。
だがどこか暖かい、悪い気はしないのだ。
お守りはもうこりごりだ。
柊と別れて、「暇だから」と咲間に送ってもらうことになった。
長時間動いていたからか、不可思議な話を延々と聞かされていたからか、どちらにせよ柊のせいでどっと疲れた。
その柊はというと、なんでも学園の用事を思い出したのだという。反省文でも書かされるのかな、と想像したら吹き出してしまいそうになる。
咲間は一日丸投げして平気なのだろうか。隣でじっと何か考え込んでいるような、何も考えていないような顔をしている。
足元が見えない道はパペット人形の口にくわえられた懐中電灯が照らした。どこから出したんだか。
忌々しい「箱」にはすぐ着いた。通学路なのだから当然か。もう使うつもりは毛頭ないが。
「そういえば、ゴーストハンターさんってもうひとりいるんだよね?どこでなにしてるの?」
咲間が柊と別れてからずっと押し黙っていたのでたまらなくなったのだ。少女は特別興味のない、しかし大いに惹きつけていたことについて聞いてみた。
重くて硬い口から出た馬の一言は、今までの咲間からは考えられないほど冷たかった。機械音声にしても冷たくて、突き刺さるような言い方に聞こえたのだ。
ほんの一瞬、本当にたったの一言。『死んだ』とだけ。
男のやたらと大きい背中は、見送る時には少し小さく感じた。闇に消えたそれをしばらくぼんやりと見つめてから、少女は扉の中に入った。
せんせいはトモダチなんかじゃあないよ。ネーミングセンスはないし、ヘンなひとだしそもそもオトモダチもヘンだしね。
でも、せんせいがトモダチになってほしいっていうんなら、なってあげてもいいかなあ。
せんせいにはゼッタイいっちゃダメだよ、あのひとすぐチョウシにノっちゃうんだから!
つぎのおはなしは、「ねこはしる」だよ。
・・・ぼくはねこなんかじゃあないんだけどなあ。