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ねこのはこ  作者: 柚木 はつか
序曲
6/14

第六項 ねこうつつ②

(予想はついてたよ。だんだんとこのひとに馴染んでいくようで、あまり気分のいいものじゃあないけどさ。)

 柊がむーちゃんを連れてやってきたのは、市の警察署。おそらくは身元の情報に関してだろう。

 要するに、彼女は大見得を切って大図書館内のパソコンで調べたが、無駄な時間だけが過ぎていったとか、そもそもそんな当てなど最初からなかったかということになる。

 やはりテキトーな女だ。だからできるわけがないと、言ってはいないけれど。

 警察署のことをテーマパークか何かと思っているのだろうか。いい年をした女が目を輝かせながら踊るように歩く。

 嫌な予感はまだまだ続きそうだ。というよりはこれからなのだろう。

 受付から何から、話は全て柊に任せて少女は署内を見て回る。柊と同じように心躍らせているのではなかったが、小難しい話は苦手なのだ。

 連続殺人容疑の指名手配犯の似顔絵、何十年と見つかっていない行方不明者の写真などが掲示されている。

(聖生白ちゃんの情報か、もしくはぼくの手がかりになるようなこと。でもどっちもそう都合よく教えてくれそうにないよね。)

 琥珀は構内地図に向けられる。決して広くはない施設内。しかし、当然事件資料の閲覧などは到底不可能だろう。

 柊は少女について調べることによって、生徒の死の真相を解き明かそうとしていると言った。しかし、本当にそんなことが可能だろうか。

 実際恐ろしい女だとは言っても、彼女はただ一介の教師である。

 行方不明者として届でも出ていれば可能だろうが、自分を探している人間などこの世に存在しないだろうと少女は考えていた。

 柊の真の狙いはきっと別にある。

 あの女のことだ、防犯カメラ映像を見せてほしいとか事件の関係者だから捜査状況について知りたいとか、そういう無益で芸のないことは言わないはずだ。

 なら、実のある探し方とは一体何なのだろう。

 ただ警察に話をするだけなら、柊も粧しこんだりしない。そういう女なのだ。化粧している暇があれば、もっと自分にとって有益なことをしようとする。

 つまりは、ここが目的地ではないってことか。実のある探し方をするための第一歩ってわけ。


「何か面白いものでも見つかりましたか?」

 随分と不謹慎な物言いは、当然ながら柊だ。ここは夢の国などではないのだと言ってやりたくなる。

 茶色のケープ付きコートに鹿撃ち帽。探偵気分で浮かれている。

 メイクは何のためでもなく、ただ探偵ごっこのスパイスに使われているだけなのではないか。少女にそんな考えが過った。

 いつの間にか、似顔絵とにらめっこするかたちになっていたらしい。少女は柊に向き直った。

 話はついたのか、とため息交じりに聞く。

「それがですね、思っていたよりも簡単に許可が取れたんです!さあ、早く行きましょう!」

 本当に夢の国にでも遊びに出かけるのだろうか。人目もあるというのに遠足に行く子供みたいにはしゃぐ柊に、少女は戸惑った。

(この先、このひとについていける気がしないよ・・・)

 まだ何も始まっていないというのに、どっと疲れが出た。足が鉛のように重い。

 少女は柊に手を引かれながら、一人の警官と共に署を後にした。






 案内する警官は咲間(さくま)と名乗った。寝癖だらけの頭に着崩した制服。左手には常に馬のパペット人形がはめられている。

 書類整理ばかりで暇だから、とパペット人形に取り付けられた小型スピーカーから機械音声が流れる。

 柊にはうってつけの変人である。

 小柄な少女にしてみれば特別高身長でもない柊もそれなりに大きく見えていたのだが、このパペット男の頭はそのはるか上にあった。

 太陽が眩しくて男の表情は読み取れない。日が翳っていたとしても、口元はマスクで覆われているわけだが。

 数いる警官の中で彼を選んだ柊の気が知れない。琥珀の瞳は月の女に向けられる。

「現代の切り裂きジャックだって、昨今の都市伝説的事件としては結構有名なんですよ?霧の中から突如現れ、気付いたときにはもう遅い。意識が途切れるか否かのうちに、見える景色は自分の血と肉で彩られた深紅の世界!抜き取られた臓器は、コレクションしているとも食しているとも言われているんです・・・どうです、俄然興味が湧いてくるでしょう?」

 まさか昨日はあんなことを言っておいて、パソコンを使って都市伝説の類を漁っていたのか。柊が目を輝かせるたびに、少女からはあくびが出る。

 柊の口はそれでも休みなく動いていた。興奮が抑えられないといった感じだろう。

 こちらを確認するようなこともしない。三十分くらいは経っただろうか、適度に相槌をはさみながら流していた。

 全部まともに聞いていたら、自分まで気違いになってしまいそうだ。

 もし死んだ生徒が「現代の切り裂きジャック」とやらの被害者だったなら、彼女の瞳はこれほどまでに曇りなく輝くのだろうか。アクアマリンの瞳を横目で見ながらそんなことを思う。

 しかし、咲間という警官もよほど暇なのだろう。柊の話は、まともな人間であるなら相手にしないのが吉だ。

 それがまともな人間であったなら、の話だが。

(あれじゃあ、まともに仕事もできなそうだしなあ。)

 手の人形に目がいく。もういちいちツッコミを入れる気力もないが。

 スピーカーまで用意しているのだ。おそらく発話に何かしらの問題があるとか、とんでもないシャイとかだろう。

 それにしたってパペット人形である必要性は全く感じない。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

 何か聞いたところで、たぶん「暇だから」とまた機械音声で言うに決まっている。質問する気はさらさらない。


『君は都市伝説とか怪事件とか、そういった類にあまり関心なさそうだね。霜月さんのお守りかい?』

 馬のパペットが少女の方を向く。やはり一切表情は読み取れない。

 人形をはめていない右手は黒い革手袋に覆われ、時代にも風貌にも合わない旅行カバンが握られている。

 どういう仕組みで音を出しているのだろう。口が動いているそぶりはないし、よくわからない。

 人形の馬は鬣まで整えられていて、未使用と変わらないほどに清潔だ。少女の目には、それはむしろ奇妙に映った。

 都市伝説なんかよりはよっぽど興味を引くが、何となく知ろうという気にはなれなかった。

 少女の興味はもう一つのことに移ってしまったのだ。

「アキさんって、もしかしてしりあいなの?」

 そういえば柊の下の名前、たしか霜月って言ったな。いきなりで誰のことだか、なかなか思い出せなかった。

 呼ぶときはいつも「せんせい」と言うことにしていた。口が裂けても本人に名前を忘れたなどとは言えない。

(でも、たぶん生徒の子たちも先生のフルネームなんていちいち覚えてないでしょ。このひとにいたっては読み方特殊だし。)

「アキさん」の方をちらりと見る。熱が冷める気配もなく、まだ都市伝説やら怪事件やら、果てには心霊現象の話までしていた。

 もはや誰も彼女の相手をしてはいないのだが、吐き出す場所がなかったのか途切れることなく大きな独り言は続く。

 咲間によれば柊とは高校の同級生で、かつてはよくつるんでいたらしい。

 悪友ってやつか。なるほど、どうりでそろって変人というわけだ。

「卒業してからは、会う機会もなかったんですけどね。」

 聞いてたんだ。さっきまでの熱は影を潜め、いつもの張りついたような笑みに戻っている。

「もう十年くらいになりますか。最近やっと連絡する機会がありまして。彼、こんなですけど腕っぷしだけは強いんですよ。」

 頭は弱いんですけどね、と柊は悪戯な笑みを向ける。咲間の表情は相変わらず読めないが、少なくとも怒っているようではなかった。

 なるほど、どうして彼が案内人になったのかよくわかった。

(見た目はちょっとアレだけど、結構優しいひとなのかなあ。)

 警官、というか常識的な社会人としては間違っていると思う。彼は「暇だから」などと言いながら職務を放ってきたのだ。

 だが、一人の男として、友としては間違っていないのかもしれない。そんなことを考えた。

 お守りなんて言っていたのは聞かなかったことにしよう。


 コンビニで飲み物を買って一息ついてから、一行はまた歩き出す。

 パックのミルクを飲みきれず手にぶら下げた少女は、歩き続けで辟易していた。咲間はもうすぐだと言ってはいるが。

『霜月さんには間違っても、煽ったり喧嘩ふっかけるようなことしちゃいけないよ。あの人が本当に怒ったら俺でも太刀打ちできないから。』

 思っている数倍は短気だから気を付けて。スピーカーの音量をギリギリまで絞ってまで伝えたかったらしい。

 彼女の恐ろしさはすでに体験済みだ。短気だというのも、大体見当はついていた。

 おまわりさんも表情読めないし結構怖いけど。なんて言ったら少しはとってつけたような顔も変わってくれるだろうか。

 しかし大の男、腕っぷしだけは強いらしいこの男を恐れさせる柊という女は、一体何者なのだろう。

 ニコニコ顔、ルンルン気分で先頭を歩いている。とにもかくにも敵に回したくはない。

「人間の臓物って、どんな味がするんでしょうね?どうやって調理するんでしょう?ソテー?フライ?スープとか?」

 本当に何を言っているんだろう。

 このひとは水族館で泳いでいる魚を見たら、涎が止まらないタイプだ。お腹を鳴らす柊にため息が止まらない。

「えーと、トシデンセツはむかしからスキだったの?」

 老人や乳飲み子などを連れた婦人の姿が多く映るのはマンション街。

 あまり興味はなかったが、怪談話などよりよっぽど常人に聞かれるのも見られるのも非常にマズい雰囲気になっていた。どうにかして空気を変えたかった。

 周りをもう一度よく見渡せば、なんだか見覚えのある気のする風景だ。

「昔、というか高校生の時からですね。彼と一緒にゴーストハンターみたいなことをしていたもので。私の場合はそれがここまで続いている、というだけですよ。」

 オカ研に近い感じ、らしい。心霊スポット巡りや学園七不思議の調査、悪霊退治・・・etc.柊と咲間は思い出トークに花を咲かせていた。

(やっぱり二人とも、超ド級の変人だよ・・・)

 少女はまた大きくため息をつく。

 月の糸でさえも悪魔とか天使のコスプレに見えてきた。探偵衣装は紛うことなきコスプレだし。

 柊一人にもついていけるか怪しいのに、比較的真っ当なはずの警官もこれだ。本当は自分のことを、聖生白のことを調べる気なんてないんじゃあないか。

 不安な少女そっちのけで盛り上がる変人コンビに言葉が出ない。






 案内役の咲間がぴたりと立ち止まった。人通りの極端に少ない、真昼間というのに薄暗い路地。家と家に挟まれながら、住民は誰一人ここを通らない。

「着いたよ。ここが現代の切り裂きジャック、または今回お探しの犯人と噂の彼、『夜行』の住処と云われていたところだよ。」

 少女は目をこする。しかし、琥珀に映る現実は何も変わらず突き刺さる。

「ははは。ジョーダンきついなあ。」

 咲間が指すそれは、紛れもなく少女が今朝通った「心臓やぶりの裏路地」だった。

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