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ねこのはこ  作者: 柚木 はつか
序曲
2/14

第二項 ねこのゆめ②

 学生証に示される学校「望野(ほの)学園」は、一つの都市のような学園だ。

 道中で拾った資料によると、小中高一貫教育で生徒総数は数万人。教員だけでも千人規模らしい。

 夜においても沈まぬ太陽がモチーフの校章は胸の位置に白でプリントされ、際立たせるためか真っ黒な制服。

 デザインに多少の差異はあれど、小中高どの学生もほとんど同じものを着て生活している。

 広大な敷地に小学校、中学校、高等学校の本校舎が一棟ずつ。それぞれに図書館やジムなど、関連施設が併設されている。

 本校舎は線で結ぶと正三角形になるように配置されている。なぜ正三角形なのかは資料にもないのでさっぱりだが、おそらく規律だとか公平だとかの象徴なのだろう。

 三角形の中央に建つのは、全学園生徒及び関係者数万人を収容できよう大きさの講堂である。シンボルを強調するためか、本校舎への橋がかけられている。

 講堂は見た目の特徴から「ドーム」と呼ばれ親しまれている。

 秋に催される文化祭では、有名ミュージシャンを招いてコンサートを開くなどしてにぎわうのだ。


 大型トラックを横に並べても余裕のありそうな広い校門を抜け、少女は望野学園にたどり着いた。

 聖生白の学生証にあった住所によれば、ここに彼女はいるはずだ。

(もしかしてここ、お金持ち学校だったりする?)

 顔がこわばる。動きがロボットみたく固くなってしまう。

 少女には、どんな学校なのかと思いを馳せる余裕などなかった。急に居心地の悪さを感じはじめる。

 言い訳がましいが、記憶がないのだ。礼儀も作法もわからない。「ごきげんよう」なんて挨拶されでもしたら、人目をはばからず失笑してしまう。

 あの校門から高級車でも入ってきたら耐えられそうにない。どこかの財閥の子供でもいたらどうしよう。

 次々と最悪の予想をしてしまうのが少女の悪い癖である。

 牛歩になった少女の脇を次々と生徒たちは通過していく。今の少女には、行き交う人々がとても速く映った。


 少女が息苦しさを味わっていると、隣を見覚えのあるシルエットが通り過ぎようとする。

 地に付こうかというほどに伸びた艶のあるロングヘアーに不健康そうな白い肌。黒のセーラー服は、彼女の白色を余計に際立たせている。

「ちょっとまって、せいりゅうはくちゃん!」

 起きてから初めて声を出したな、と言い終えてから思った。初めての声にしては大きくはっきり出せたとも。

 なぜだか少女は自信に満ちあふれていた。自己評価は高いらしい。

 呼び止めたセーラー服が振り返る。

 しかし、琥珀に映ったのは黒髪で、まるで闇の底でも見るような黒い瞳をした少女だった。

 少女のさがしものは雪で染め上げたような輝きとヘーゼルカラー。まるで別人である。

 がくっと、琥珀の少女は肩を落とす。

 学生証の写真という一側面の姿だけでひとを判別できるほど、少女の頭は冴えていなかったらしい。

 しかし落ち込んでもいられない。気を取り直して、少女は胸ポケットから学生証を取り出す。

 真っ黒な瞳はまるで、全てを吸い込むかのようだ。陽光さえも彼女の瞳に呑まれていく。

「キミ、せいりゅうはくちゃんっていうコしってるよね?」

 現学園生徒会長の名前だ、知らないはずがない。

 少女が尋ねると漆黒の瞳は右往左往し、幽霊のように白い肌からは冷や汗が噴き出す。

 その暗闇には学生証の少女が映っているのかもわからない。

 体は震え、そのまま何かに引っ張られるように後ずさりしていく。今にも泣きそうな顔だ。

「あの、だいじょうぶかい?ぼくはキミをトってクったりはしないよ。ただききたいだけなんだ。だいいち、キミはマズそうだしね。」

 ははは、と少女は笑うが、黒髪の少女は依然として恐怖が拭えないようだった。

 このままでは時間の浪費である。時間のあるなしは別として、少女の抱える事情は他にかまっていられるほどのことではない。

 少女がどうしたものかと考えていると、突然黒の少女は大声で叫びながら逃げ出してしまった。金色の髪が風に揺れる。

 化け物でも見たような反応に、開いた口が塞がらない。周囲を見渡してみても、琥珀の瞳に映るのは学園内を行き交う人の波だけ。

 紛れもなく少女から逃げたということになる。

(かわいい女の子に向かって、なんて失礼なやつだ。本当に取って食ってやればよかったかなあ。)

 黒い少女が走っていった先には、中等部と大きく書かれた表札のある建物が見える。ちょうど目的地としていたところだ。

 片方の口角が自然とつりあがる。学生証と自分についての謎が解けたら、もう一度文句でも言いに行こう。

 少女に初めて、後のお楽しみができた瞬間だった。






(名前を聞けていないのが悔やまれるなあ。)

 中等部本校舎の玄関前広場は騒然としていた。幽霊のような少女の姿はもうどこにも見えない。

 本校舎の前には数台のパトカーが停まっている。何か事件でもあったのだろうか。

 職員と思わしき老齢の男性が、警察官から聴取を受けている様子だった。

 そういえば、学園入り口にも何台か停まっていたような気がする。今まであまり気に留めていなかった。

(警備の人とかじゃあなさそうだよね。)

 当てはなかったが、騒ぎに巻き込まれないように慎重に、忍び足で本校舎に向かう。

 ゆっくり、ゆっくり人の波をかき分けて入り口まで急ぐ。

 ひとの声、ひとの声、あっちもこっちもひとの声で満たされている。判別などつかない。

 塞ごうかと手をやろうとしていた耳に突然、背後から「聖生白」という単語が入ってきた。

 驚いて後ろを振り返る。さっきの聴取されていた老齢の男性が、今度は警察ではなく若い女性職員と何やら話し込んでいた。

 表情はずっと硬く、女性の方も緊張した面持ちをしている。

 学生証の少女について、あるいは騒ぎについて何らかの情報が得られるかもしれない。

 二人の会話を聞こうと耳を澄ますが、警察官たちや他に聴取されている人たちの声も入り混じって、雑音ばかりで聞き取れない。

 少女が難儀していると二人は話し終えたのか、少女のいる入り口の方へ向かってくる。

「おふたりさん!ちょっとハナシがあるんだけど・・・」

 雑踏の中で聞こえないのか、少女の呼びかけに応じることなく二人は校舎の中へと消えていった。

 けっこう大声を出したはずだけど。少女は首を傾げる。

 もしかしたら、自分の中で出したつもりでいただけなのかもしれない。そう思うしかないのだろう。

 しかしもし、二人が意図的に無視していたとしたら。脳内を疑念が駆けめぐる。

 聖生白は何かの事件とつながりが?一抹の不安と手がかりへの大きな期待を抱いた少女は、先の老齢の男性職員と女性職員の後をつけていくことにした。

 騒ぎの原因について、何らかの情報を持っているに違いない。そうでなくとも、あの学生証の少女についてなら知っているはずだ。

 陽光に煌めく金糸は、それをも染めんとする白に溶けていった。


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