第八話 美しい女主人は嫉妬深い
「はい、まいどあり」
翌日の午後、ポールはセシリアに頼まれて、町にお使いに出向き、食材の入った紙の袋を持って、帰途に着く。
夕飯に使う調味料と材料が足りなくなってしまったので、ポールが下の町まで買いに行く事になり、買い物がてら、久しぶりに町の中を一人で散策していったのであった。
そして、屋敷に帰る途中で、
「あれ、ポール?」
「…………あ」
屋敷へと向かう農道を歩いていると、ポールは彼と同年代のおさげの少女に声をかけられる。
「久しぶり。小学校卒業して以来かな?」
「ハンナ……うん、久しぶり」
少女はポールに近づき、笑顔で彼に近付き、ポールも久しぶりに会った級友の顔を見て、頬を緩ませる。
彼女はポールと同じ学校に通っていた同級生で、ポールの近所に住んでおり、現在は女子学校に通っていた。
「うわあ、大きくなったね、ポール。買い物の帰り?」
「うん」
「ふーん。今、何してるの?」
「そこの屋敷で使用人をしていて……」
「あそこの屋敷って、セシリア様の? へえー、凄いじゃない。確か、町の繊維工場で働きに行っていたって話しだったけど、いつの間に! セシリア様って、前に見たことあるけど、凄く綺麗だよねー」
真新しい吊りスカートの制服に身を包んだハンナを見て、少し羨ましさを感じていたポールであったが、そんな事を今更気にしてても仕方ないと言い聞かせる。
ハンナの父親は役場に勤めており、ポールの家よりはずっと裕福な中流家庭の家に育っていたので、上の学校に進学していたのだが、そんな彼女も貧しい家のポールにはずっと親しく接していたので、彼もハンナには特に気を許していた。
「へへ、久しぶりに会えて嬉しいな。パパとママもポールの事、心配してたよ。貴方の事、最近見かけないからどうしたのかって」
同い年の女子と話すのは本当にしばらくぶりであり、ポールもセシリアや屋敷で働いてる年上のメイド達との違い、生き生きとしたハンナの姿はとても新鮮に思えてしまい、どんどん話しかける彼女の勢いに少し推され気味になっていく。
「私も今、女学校に通ってるんだけど、最近さー……」
「あ、あの……そろそろ行かないといけないから……」
「あ、ごめんね。じゃあ、私ももう行くから。またねー」
久しぶりに会ったとは言え、かなり長く話し込んでしまったので、そろそろ屋敷の戻らないと怒られると思い、ポールがそう言うと、ハンナも笑顔で彼の元から去っていく。
以前と変わらず元気なハンナを見て、ポールも元気を分けてもらった気分になり、買い物袋抱えて、自然に足取りも軽くなっていたのであった。
「そう。わかった。後で見ておくわ。あ、ポール、ちょっと良い?」
「はい?」
屋敷に戻り、買って来た食材を料理人の下に届けた後、エントランスでアンジュと会話をしていたセシリアに声をかけられ、
「部屋にある花瓶の水、取り替えて欲しいの。夜になったら、ちょっと、私の部屋に来てちょうだい」
「かしこまりました」
セシリアにそう命じられ、彼女の部屋へと一緒に付いて行く。
他愛もない命令だったので、ポールもその時は何も思わず、二つ返事で応じて、持ち場に戻っていったのであった。
「失礼します。えっと、どの花瓶の水を……」
「そんな事はどうでも良いわ。そこに座りなさい」
「? は、はい」
夜になってセシリアの部屋に入り、どの花瓶の水を取り替えるのか訊くと、セシリアはそんな事はどうでも良いと言わんばかりの顔をして、彼を椅子に座らせる。
すると、セシリアは憮然とした顔をして、彼を見下ろし、
「ねえ、ポール。あなた、私の事、好きよね?」
「ふえっ!? あ……はい……」
突然、セシリアに思いもよらぬ事を聞かれたので、驚いて声を張り上げたポールであったが、彼女はその返事を聞いても、何処か不機嫌な態度を露にし、
「そう。その気持ちを疑うつもりはないわ。当然だものね。ポールは私の物だし」
「は、はい」
「そうよ。ポールは私が買い取って私の物になったの。だから、あなたは主である私が好きに出来る権利があると思わない?」
と、畏まった態度で座っているポールにセシリアが目を吊り上げてそう告げるが、彼女の言いたい事がよくわからず、首を傾げていた。
「だったら、他の女と仲良くするのは、主に対する裏切りだとは思わないかしら?」
「え……あの……何の事……」
パアンっ!
「ひいっ!?」
何を言ってるのかとポールが訊ねようとすると、すかさずセシリアは鞭を手に取り、床に叩き付ける。
初めて会って挨拶した時以来、セシリアが鞭を取り出してきたので、ポールも怯えた顔をしていたが、セシリアは目を吊り上げたまま、
「とぼけるんじゃないわよ。さっき、随分と可愛らしいお嬢さんと一緒に話していたじゃない。ポールにあんなガールフレンドが居たなんて。んーー、良かったじゃない、久しぶりに会えて」
「ガールフレンド……あ……」
そこまでセシリアが言って、ようやくポールも彼女が何故怒っていたのか理解する。
ハンナと会っていた所をセシリアに見られていたとは思わず、動揺していたが、明らかにハンナとの関係を誤解していた様なので慌てて、
「えっと、あの子は同じ学校だっただけで……」
「ふーん、学校が同じだったんだ。んで? 同じ学校で、どういう関係だったのか、ちゃんとお姉さんに説明なさい」
「ほ、本当にそれだけなんです……ひっ!」
と弁解すると、セシリアがまた鞭を床に叩き付け、鞭を放り投げた後、ポールの顔を両手で掴み、
「良い? 今後、私の許可なしに屋敷の敷地の外から出ては駄目よ。他の女子との交際も禁ずるわ。その同級生の子とも二度と会っては駄目。良いわね?」
「えっ!? で、でも……」
「命令が聞けないの!?」
「は……はい……」
ハンナと二度と会うなと言うのは、いくらセシリアと言えど理不尽な命令ではないかと不服に思っていたポールであったが、セシリアが声を荒げてそう迫ったので、渋々彼も頷く。
「はあ……やっぱり、今の命令はなし。二度と会うなってのは言い過ぎたわ」
泣きそうな顔をしていたポールを見て、ようやくセシリアも冷静さを取り戻し、ヒステリックになっていた自分に嫌悪感を抱きながら、命令を取り消す。
それを聞いて、ポールもホッとしていたが、いつも冷静で毅然としていたセシリアの動揺っぷりを見て同時に驚いていた。
「でも、私の許可なしに屋敷の敷地外に出る事は禁止するわ。休日であってもよ。ポールは私の目の届かない所に行く事は許さないから。わかった?」
「はい……」
元々、使用人である以上、主人であるセシリアの許可なしに出歩けなかったので、これには素直に頷いたが、これでハンナに会いにくくなる事に寂しさも感じていた。
「じゃあ、キスしなさい」
「え?」
「命令よ」
「は、はい……ん……っ!」
「んっ、ちゅっ、んちゅう……んっ、んんっ!」
セシリアがポールにキスをするよう命じると、ポールもそっと彼女と口付けを交わすが、唇が重なった瞬間、セシリアが彼の頬を両手で引き寄せ、激しく唇を啄ばみ始める。
「んっ、んん……んっ、んんっ! ちゅっ、んん……」
「~~っ!」
執拗なまでに唇に吸い付いた挙句、セシリアはポールの手を自身の胸に当てて、強引に揉ませていき、あまりにも大胆な主の淫行に驚いて目を見開いて悶えていった。
「んふ……んっ、んんっ! はあ……」
濃厚な接吻からようやく幼い使用人を開放して、セシリアが口を離し、呆然としていたポールとしばし顔を見合わせる。
あまりにも激しいキスだった為、ポールも朦朧としていたが、セシリアは更に頬に軽くキスをし、
「今日はお仕置きね。まだまだ反省が足りないみたいだから。しばらく私の抱き枕になってもらうわよ」
「ふえ……は、はい……」
と言いながら、セシリアが身に着けていた部屋着を脱いで、シースルーのキャミソールと下着姿になり、ポールの手を引いて、ベッドで一緒に寝ろと命じる。
今までにない大胆なセシリアの姿にポールも目が点になっていたが、セシリアはそんな彼をベッドの中で胸の谷間に顔を埋めて、自分だけの物と言葉と体で言い聞かせていったのであった。
「ほら、もっと近づきなさい。動くんじゃないわよ」
セシリアは自身の豊満な胸に彼の顔を押し付けて、いつも以上に肌を密着させる。
彼女の胸と密着して、理性を削ぎとられていたポールであったが、それ以上にセシリアの思いもよらぬ一面を見て、怖さを感じていたのであった。