第七話 美しい主は僕だけの物
汽車と馬車を乗り継ぎ、屋敷に戻った。
「これで大丈夫、アンジュ?」
「はい」
鏡の前で、セシリアがパーティードレスに身を包み、髪型や着崩れている所がないか、メイドのアンジュに確認させる。
セシリアは今日は招待されていた晩餐会に出席する予定で、新しく買ったドレスとアクセサリーを身につけ、その準備に追われており、正に
「ポールも準備出来た? あの子のも見てやって、アンジュ」
「はい。ほら、ネクタイ曲がってますわよ。セシリア様の付き添いなのですから、あなたがみっともない格好をしたら、セシリア様にも恥を掻かせる事になるのですからね」
「は、はい……」
慣れない燕尾服を着て、窮屈さを感じていたポールであったが、それ以上に貴族が主催する晩餐会に行く事になってしまった事に緊張しており、本当に自分が行っても良いのかと怖くなっていた。
「あんまり、固くならないの。誰だって最初は初めてなんだし、アンジュも私も付いているのだから、わからない事があれば遠慮なく私たちに聞きなさい。今日は取り敢えず、黙って付いて来てくれれば良いわ。じゃあ、そろそろ行くわよ」
「はい」
固くなっていたポールの頭を撫でたセシリアは晩餐会や舞踏会にいつも付き添わせているメイド長のアンジュとポールを連れて、屋敷を出て、三人が馬車に乗り込む。
ポールにとっては初めて出席する貴族達が集まる晩餐会であり、自分は使用人として付き添うだけとは言え、恥をかかせる事がないか不安に思いながら、馬車の中で過ごしていったのであった。
「うわああ」
晩餐会を行うお城に着き、セシリアが招待状を守衛に見せて、会場である大広間に行くと、既に華やかに着飾った多くの貴族達が集まって談笑しており、豪華なシャンデリアに照らされ、中は昼間のように明るく、優雅なバイオリンの演奏が鳴り響いて、絵に描いたような上流階級の晩餐会の光景にポールもしばし圧倒されていた。
「ボーっとしてないの。もっとピシっとなさい」
「は、はい」
口を開けて呆然としていたポールにそう告げると、ピンと背筋を伸ばして彼女の後に付いて行く。
ここには美しく着飾った貴族や資産家の令嬢がたくさん居たが、その中でもセシリアの美貌は特に際立っており、やはりセシリアは特別なのだと、ポールは改めて思い知ったのであった。
「やあ、セシリア、しばらくぶり」
「フランツ公、お久しぶりです。奥様も」
「ふふ、会えて嬉しいわセシリア。また綺麗になったじゃない。アンジュもしばらくぶりね。元気してた?」
「はい。お蔭様で。お二人もお元気そうで何よりです」
セシリアは彼女の両親と親しくしていた、貴族の老夫婦と対面し、セシリアやアンジュと握手をして和やかな雰囲気の中、挨拶を交わしていく。
男の方は髭を蓄えいかにも貴族と行った恰幅の良さを誇っており、婦人の方は清楚なドレスに身を包んで穏やかで上品なたたずまいを漂わせていた婦人を見て、ポールも少し緊張が解けていった。
「こちらは、新しく雇った私の使用人のポールです。こういう場は初めてなんで、緊張しているみたいで……ほら、ポール」
「は、はじめまして」
「はじめまして。可愛い使用人ね」
「そうでしょう。なにぶん、初めてなので、粗相があっても大目に見てあげてください」
「ハハハ、まあ私はあまりうるさく言うつもりはないが、マナーにうるさい貴族も多いからな。では、私達はこれで」
老夫婦は、固くなっていたポールを見て、大らかな態度でそう言い、セシリア達の元を去って、別の招待客と挨拶を交わす。
良い人そうだったので、一先ず安堵したポールであったが、
「セシリア、しばらく! 元気してた?」
「ロレイン。貴女も来てたのね」
老夫婦が去ると、今度はセシリアと同年代の女性が彼女に声をかけ、セシリアもくだけた口調でワイングラスを手に取りながら、久しぶりに対面した友人との会話に華を咲かす。
今まで自分や使用人たちに対しては、主らしく堂々とした振る舞いをしていたセシリアであったが、同世代の友人とは、普通の女子らしい態度でリラックスして話をして笑っていたので、そんな彼女の一面もポールは新鮮に見えてしまった。
「ポール、こっちに来なさい。そろそろ舞踏会が始まるから、私達はこちらで待機です」
「あ、はい」
晩餐会恒例のダンスの時間になったので、付き添いで来ていた使用人たちは大広間の隅で見学する事になっていた。
あくまでも舞踏会は招待されていた貴族達の催しで、付き添いで来た使用人が舞踏会に参加する事は許されなかったのであった。
(セシリア様……)
「一緒にどうですか」
「ええ」
演奏に合わせ、招待されていた男性達の誘いに応じて、次々と踊っていくのを見て、ポールも複雑な気分になる。
招待客の中でも特に美貌を誇るセシリアは、羨望の的であり、モテるのは当然であると彼も理解はしていたが、それでも自分以外の男性に触れて、笑顔で踊っている彼女を見て、どうしても嫉妬してしまうのであった。
この晩餐会には貴族や政治家、軍人に実業家など、様々な上流階級の子息が招待されているが、セシリアもいずれは今踊っている中の誰かと結婚してしまうのだろうか。
貴族は貴族同士と結婚するのが慣わしと聞いたが、そうなっても、自分は彼女に今まで通り仕えてられるだろうかと不安に思いながら、舞踏会の時間が過ぎていったのであった。
「お帰りなさいませ、セシリア様」
「ただいま」
舞踏会が終わった後、三人で屋敷に戻り、留守番をしていたメイド達に出迎えられて、セシリアとアンジュ、ポールの三人が中に入る。
近くのホテルで一泊した後、早朝になってチェックアウトして戻ったので、帰ってきたのはお昼頃になってしまった。
「んー、疲れたわ。ポール。悪いけど、部屋にハーブティー持って来て。ちょっとリラックスしたいわ」
「畏まりました」
屋敷に戻るや早速ポールに紅茶を持って来る様命じ、ポールも即座に応じて、ティーカップとポットを用意していく。
もう彼女の命令も慣れてしまい、使われる事に喜びを感じていた程であった。
「お待たせしました」
「ご苦労。そこに置いておいて」
「はい。あの、そのドレス……」
「ん? くす、また着てみたの。どう?」
紅茶を持っていくと、セシリアが舞踏会で着ていたパーティードレスを再び着ており、その美しさに見とれると同時に何故と首をかしげていると、
「悪かったわね、昨夜は。でも、ああいう舞踏会も貴族にとっては大切な仕事の内なの。くす、男と踊っているのを見て、あからさまに頬を膨らましているの見えたわよ」
「えっ! そ、そんな事は……」
他の貴族の子息達とセシリアがダンスをしているのを見て、嫉妬していたのを完全に見抜かれていたので困惑していたポールであったが、そんな彼の頭をやさしく撫で、
「嫉妬してたのよね?」
「いえ、とんでもないです……」
「素直に言いなさい。命令よ」
「は……はい……でも、今度から気をつけますので」
「何が気を付けますよ。逆に嫉妬してないで、平気な顔をしていたら怒っている所だわ。恋焦がれている美しい主が、他の男と踊って、嫌な気持ちになる。当然よね」
と穏やかな眼差しで見下ろしながら、セシリアが彼の手を握って抱き寄せるが、彼女はポールが自分に対して、主人以上の気持ちを抱いている事に完全に気づいており、ポールも顔を真っ赤にして、セシリアに身を預けていた。
「ふふ、だからお詫びに、今日は貴方だけのパートナーになってあげるわ。ん……」
「――!」
母親のような優しい眼差しで幼い使用人を見下ろしながら顔を近づけると、セシリアはそっと唇を重ねる。
自分だけのパートナーになる――その言葉の意味を年少の彼も理解していた。
「ポール、私は貴方だけの物と言いなさい」
「え? は、はい……セシリア様は僕の物です……」
「くす、合格。ちゅっ……じゃあ、軽く踊りましょうか」
セシリアが命じると、ポールも言われた通り、セシリアにそう告白し、彼女も頬にキスをする。
彼女の唇を頬に感じながら、願わくば、今言った事が現実になればと彼は願っていた