第五十八話 ご主人様がやっと帰ってきて喜びを隠せない使用人
「ポール、あなたこんな時間まで何をしていたのですか!」
「す、すみません……セシリア様の事が心配で……」
屋敷に帰ると、さっそく、留守の間、使用人の責任を任されている年配のメイドに怒られてしまい、ポールもシュンとした顔をして、謝罪する。
勝手な行動をしてしまったのは事実だったので、ポールも黙って頭を下げるしかなかったが、セシリアがまだ帰ってきてないことを聞かされ、益々、心配になってしまった。
「全く……あなたは、勝手な行動が多すぎます。セシリア様が帰ってきたら、報告しますからね」
「はい……あの、セシリア様は、まだ……」
「帰ってこられませんわ。心配なのはわかりますけど、明日には大雪も止むらしいので、その時までには帰ってくるでしょう」
「はあ……」
(まだ、帰ってこないなんて、どうしたんだろう……)
セシリアは大雪で足止めを食らっており、今、どうしているのかもわからないので、ポールはどんどん不安になってしまい、自室に戻りながら、またセシリアを探しに行こうかと考えていた。
「帰ってくるよね、セシリア様」
ベッドに座り込み、枕を抱いて、ポールがそんなことを呟く。
もしセシリアに万が一の事があった場合、自分はどうしたら良いのだろうか。
主が不在となった場合、当然のことながら、ポールも自動的にセシリアの使用人をすることは出来なくなるので、屋敷にいられなくなってしまい、そう考えると、青ざめた気分になってきた。
「ふえええ……セシリア様……」
会いたい、会いたい。
セシリアの顔がとにかく見たいと、泣きじゃくりながら、ベッドに倒れこみ、ひたすらセシリアの名前を呟く。
しかし、自分にはどうにもならず、
トントン。
「っ! は、はい」
「ポール。セシリア様がお帰りになったわ。今すぐ出迎えの準備を」
「えっ! は……はいっ!」
真夜中になり、ポールも寝静まっていたころになって、使用人の女性が彼の寝室に行って、ポールを叩き起こし、セシリアが帰ってきた事を告げる。
「よかったあ……セシリア様、ご無事だったんだ」
理由はともかくセシリアが無事に帰ってきた事がとにかく嬉しく、急いで燕尾服に着替えて、一階の玄関へと走っていく。
何日も顔を見ていなかったので、一刻も早くセシリアの顔が見たいと、ポールも急いでいった。
「お帰りなさいませ、セシリア様」
「ええ。遅くなって悪いわね。全く、途中の道が大雪で雪崩を起こしちゃって……」
セシリアがアンジュと共に、疲労困憊の様子で屋敷に入り、アンジュが荷物を抱えて、一旦、ロビーに置く。
「セシリア様……」
「あら、ポール。ちゃんと留守番していた?」
「うう……」
「きゃっ! ちょっ、ちょっと!」
セシリアが階段の近くに立っていたポールを顔を合わせると、ポールは急に涙ぐんで、セシリアの懐に抱き着く。
「こ、こらっ! ポール、何をしているのです!」
「うう、セシリア様~~……僕、ずっと心配していて……」
「な、心配って……たかが、数日じゃない」
ポールが涙を流しながら、セシリアの胸元に顔を埋めて泣きじゃくり、周囲も使用人の突然の粗相に唖然とする。
しかし、セシリアが無事に帰ってきたことが嬉しくて、抑えきることが出来なくなってしまい、セシリアの肌を感じざるを得なかった。
「や、止めなさい、ポール! 皆、見ているでしょう!」
「で、でも……セシリア様がいないと、僕」
「止めなさい、ポール! セシリア様に何てことを!」
血相を変えた飛び出してきたアンジュが、ポールをセシリアから引き離し、他の使用人たちも即座にセシリアの元へ集まる。
「だ、大丈夫ですか、セシリア様?」
「ええ……全く、子供じゃないんだから……」
「ポール! あなたは、しばらく食事抜きです! いいえ、そんな事じゃ済まないわ! セシリア様に対して、なんてご無礼な……」
「よしなさい、アンジュ。この子も私を心配していたんでしょう。ちょっと問題だけど、大目に見てあげて」
「で、ですが……」
「わかったから、あなたはもう寝なさい。明日、また働いてもらうから。私も今日は疲れたから、早く休みたいわ」
「は、はい。ありがとうございます」
セシリアは怒っていた使用人たちを宥めた後、ポールの頭を撫でて、そう言い、ポールも彼女の寛大さに感激しながら、ようやく離れて、頭を下げる。
(セシリア様、やっぱり優しいなあ……)
寝室に戻り、ポールは久しぶりにセシリアのお顔とやさしさに触れられ、感無量と言った気持ちの中、ベッドに入って、床に就く。
大雪で足止めを食らって大変であったろうに、セシリアは変わらぬ優しさで、自分に接してくれたので、ポールも胸が熱くなってしまい、
トントン。
「失礼します」
「はい。あら、ポール。ちょうど良かったわ。二人で話をしたいと思ったから」
「はい。えへへ、セシリア様ー」
「こ、こら! あなた、昨日、騒ぎ起こしたばかりなのに、まだ懲りてないのね」
夜中になり、いつものようにポールはセシリアの寝室に足を運び、彼女の顔を見るや、リビングに座っていたセシリアの膝の上に乗って、じゃれつく。
「セシリア様が、お帰りにならないので、僕、心配で仕方なかったです」
「悪かったわね。思っていた以上に、大雪が強くなって。天気予報ってのもあまり当てにならないわね。そんな事より、ポール。さっきのはどういう事?」
「どういう事って?」
キョトンとした顔をして、ポールはセシリアの胸に顔を埋めて、首を傾げると、セシリアも頬を膨らませ、
「私が帰ってきた時に、みんなが見ている前で、あんな粗相な真似をして……本当なら、即座に解雇している所よ。いい加減、使用人としての自覚を持ちなさい」
「だってえ……セシリア様のお顔が見れて嬉しかったんですう」
「嬉しかったですじゃないの。私だって、フォローするの大変なんだからね。それに、勝手に屋敷を出たりして……大目に見ようと思ったけど、やっぱりペナルティーを与えないと、示しが付かないから、あなたに罰を与えざるを得ないわ。覚悟なさい。って、聞いてるの?」
「うん、聞いてるよ」
ポールはセシリアが自分を後ろから抱きながら、そう注意したが、彼女も本気で怒っている訳はないことを察し、遠慮なくセシリアに顔を埋めてじゃれつく。
今みたいに二人きりの時ならともかく、公衆の面前であんなことをされたら、セシリアも困ってしまうので、ポールに釘を刺したつもりだったが、全く懲りてないようだったので、呆れてしまい、溜息をもらすばかりであった。
「はあ……とにかく、今日はもう戻って。あなたをこれ以上甘やかすと為にならないわ」
「嫌だー、今夜は一緒に寝てくれるまで帰らないもん」
「ええ……全く、駄々っ子ね……んもう、今夜だけよ。その代わり、屋敷を勝手に出た罰はしっかり与えるからね」
「えへへ、セシリア様、大好き」
「はいはい」
自分に遠慮することなく、そう言ってくれた使用人に頭を悩ましながらも、セシリアも彼の我侭を聞くことにし、二人で一緒のベッドに入る。
久しぶりのセシリアの温もりはとても心地よく、ポールもいつになく安らかに眠っていったのであった。




