第五十五話 今夜は一緒に寝て欲しいと駄々を捏ねる使用人
「ただいま、戻りましたセシリア様」
「お帰りなさい。休暇は楽しめた?」
「はい、久しぶりに家族と一緒にゆっくり過ごせました」
ハウスキーパーのアンジュが休暇から戻り、セシリアが笑顔で出迎えて、彼女が荷物を抱えながら屋敷に入る。
年末年始の休暇をもらった使用人たちも次々と戻り、閑散としていた屋敷の中もいつも通り、少し賑やかさを増してセシリアも何処かホッとした気分になっていた。
ポールがずっと居たとは言え、まだ年少の彼だけではいざという時、心もとなかった為、ベテランの使用人たちが休暇から戻ってきてくれたのは、セシリアにとっても
「何か変わったことはありませんでしたか?」
「大丈夫よ。私も静かに新しい年を迎えられたわ」
「なら、よかったです。正直、セシリア様のことが心配で、早めに戻ろうか悩んでいたのですが……」
「心配しすぎよ。私も子供じゃないんだから」
と、帰ってきたアンジュと談笑しながら、セシリアは屋敷のロビーへと入り、ポールの前を通り過ぎる。
セシリアがアンジュが帰ってきた時に、安堵の表情を浮かべていたのは、ポールもわかり、自分がセシリアにとって頼りない存在であることを自覚させられてしまっていた。
まだ、十代なので、仕方ないとは言え、少し寂しい気持ちもしながら、ポールも仕事に戻っていったのであった。
「セシリア様」
「何、ポール?」
夜中になり、いつもの様にポールがセシリアの部屋に向かうと、
「えへへ……セシリア様と二人になりたかったんです」
「また甘えて……しょうがない子ね……」
ソファーに座って、書類を眺めていたセシリアの隣に座り、ポールは彼女の腕を組んでじゃれつく。
こんな彼の仕草にも慣れてしまい、もう諦めにも似た感情を抱いていたセシリアであったが、無邪気に慕ってくる年少の使用人がかわいくも思えてしまい、優しく頭を撫でて迎え入れていた。
「今日で休暇を出していた使用人は全員戻ってきたわ。あなた、本当に家に帰らなくても良いの?」
「セシリア様と一緒にいられれば良いんです」
「ご両親も心配するんじゃない?」
「もう、セシリア様は僕がいちゃ嫌なんですか……」
「そうは言ってないわよ。ただ、ずっと帰らずにいて、あなたの親を心配させちゃいけないと思っただけ」
しつこく帰れと言ってるように思えてしまったポールが不満そうな顔を浮かべるが、セシリアは純粋に心配しており、頬を膨らませていた彼の頭を撫でる。
「お家にはいざとなれば、すぐに帰れますから、良いんです。そんなことより、二人きりでいられる時間が少なくなっちゃったの残念です」
「そうね」
セシリアの膝の上に乗り、彼女の胸に顔を埋めながら、ポールはいつものように甘えてくるが、成長期だったので、ポールも着た時より、背がだいぶ伸びてしまい、セシリアも彼を膝の上に乗せると重さを感じてしまう程であった。
「ポール、退きなさい。重いわよ」
「重いですか……」
「そうよ。あなた、随分と大きくなったじゃない。これから、まだまだ背も伸びるわ。そうなったら、もう膝の上になんか乗せられないわよ。わかったら、早く退きなさい」
「もうちょっと良いですか?」
「主人の命令が聞けないの?」
「うう……」
もう少し、セシリアの膝の上に乗っていたかったポールであったが、セシリアが本当に辛そうにしていたので、無理強いが出来ないと察し、渋々退く。
しかし、まだ納得出来なかったのか、
「セシリア様と今日は一緒に寝たいです」
「大胆なことを言うのね。来た時は、嫌がっていたじゃない」
「あの時は恥ずかしかったけど、今は違うんです。セシリア様と一緒だと落ち着くんです」
と、頬を膨らませながら、駄々を捏ねるように迫るポール。
一緒に寝るというのは、文字通り、ただ二人でベッドにくるまって、一夜を過ごすだけという意味で言っており、ポールにとってはそれ以上の意味はなかった。
だが、セシリアは未だに自分のことを母親みたいな目で見ていることが不満であり、子供のように駄々を捏ねて甘えてくるポールが可愛く思えることもあったが、それでもずっとこのままではいけないと思い、頭を抱えていた。
「ねえ、ポール。あなた、私のこと好き?」
「うん。大好き」
「どのくらい?」
「一番好きですよ」
「そうじゃなくてね……じゃあ、私と恋仲になりたいと思っている?」
「恋仲……」
腕を組んで、じゃれつくポールにストレートにセシリアが訊くと、ポールも首を傾げる。
しかし、彼女の言葉の意味を考えると、次第に顔が赤くなってしまい、
「うう……よくわからないです」
「どうして、即答出来ないの?」
「セシリア様、大好きですけど、今のままが良いですうう……」
「今のままって子どもみたいなことを言わないの」
「僕、子供……」
「じゃないでしょ。もう、あなたも何年もしない内に立派な大人になるのよ。だから、私をママみたいな目で見ないでちょうだい」
「ママより好きですよ」
「そうじゃなくて……」
いい加減、セシリアも自分を一人の女性としてみて欲しいと言うが、ポールはまだ理解出来なかったのか、キョトンとした顔をして、上目遣いで見上げる。
この調子では、いつまで経っても、大人になれないのかと諦めの表情も見せていたセシリアであったが、ポールは更に彼女にしがみつく。
「一緒に寝るの嫌なんですか?」
「嫌な訳じゃないけど……今日は、そんな気分じゃないわ。帰りなさい」
「うう……」
帰れと命令する、セシリアであったが、ポールはなおも彼女にしがみつき、帰ろうとしない。
主の命令に逆らうのは、使用人としてどうかと思ったが、もう一押しすれば、セシリアが応じてくれるのではないかと期待したポールは、もう少し我侭を言って、応じさせようとしていた。
「離れなさい、何やってるの?」
「今日は一緒に寝たいです」
「命令が聞けないの? 主人の命令が聞けないようじゃ、使用人失格よ。すぐに、屋敷から出て行ってもらうわ」
「嫌です。出て行かないです。セシリア様と一緒に寝るんだもん」
「ね、寝るんだもんって……」
いつになく、強情なポールに唖然として言葉を失うセシリアであったが、ポールは腕に強くしがみついて、意地でも帰ろうとしなかった。
「前は一緒に寝てくれたもん。どうして、今は出来ないの?」
「そんな気分じゃないからよ。私の言葉が全てよ」
「セシリア様、嫌じゃないって言ったじゃないですか。僕、一緒に寝る。毎日、セシリア様と一緒に寝たいんです。一人は寂しいもん」
「さ、寂しいって、何を……」
「嫌なら、僕、今日ここで寝ます」
「あ、ちょっと」
セシリアがそう言うと、ポールは彼女が寝ているベッドに向かい、そのまま横になってしまう。
「退きなさい、ポール! どうして命令が聞けないの!」
「セシリア様が一緒に寝るって言うまで退かないもん。何度も一緒に寝てくれたのにどうして駄目なの?」
「も、もう……」
ベッドのシーツにしがみつきながら、ポールは主人であるはずのセシリアにそう言い、あまりの我侭にセシリアも呆れて物が言えなくなる。
明らかにポールは来た当初よりも精神的に幼くなって我侭になっており、
「わかったわ……今夜だけよ」
「今夜だけなんて嫌だあ……毎日、セシリア様と一緒が良い」
「夫でもない男とそんなはしたない真似出来るわけないでしょう。意味わかる?」
「?」
なおもエスカレートするポールの要求にセシリアがそう釘を刺すが、ポールは意味がよくわからず、首をかしげる。
その様子があまりに幼く、また悲しく見えてしまい、セシリアも溜息を付くしかなかった。




