第五十話 美しい令嬢に休みなく仕えたい使用人
「セシリア様、お茶をお持ちしました」
「ご苦労」
ポールが使用人として復帰して数日経ち、セシリアの部屋に紅茶のポットとカップを持って行き、慣れた手つきで紅茶を淹れる。
この屋敷に来てから、紅茶の淹れ方もよく仕込まれていた為、すっかり上達してしまい、セシリアもご満悦と言った顔をして、
「ふふ、あなたも紅茶の淹れ方が上手くなったじゃない」
「ありがとうございます。えへへ……セシリア様が喜んでくれるのが一番嬉しいです」
「まあ、使用人ならこれくらいは当然よね。ここに復帰したのは、あなたの我侭を私が特別に聞いてあげた訳だから、今まで以上に頑張るのよ」
「はい。あの、セシリア様」
「何?」
「僕、ずっとここに居ても良いんですよね?」
「まあ、それは貴方の働き次第ね。無条件で、ここにずっと居れるとは思わないこと。私の為に、尽くすのはあなたの義務なのだから、それを果たさないと、また追い出すことになるわ」
「はい。えへへ……」
紅茶を飲みながら、セシリアがそう言うと、ポールも嬉しそうに彼女の隣に座り、セシリアに寄り添う。
ポールが自身の肩に顔を預けると、セシリアも困った笑みを浮かべながらも、彼を黙って受け入れる。
セシリアとこうして、寄り添う時が、ポールにとって一番幸せを感じる時であり、もう二度と離れはしないと固く決心していたのであった。
「もうすぐ、冬になるから、そうなると、また晩餐会とか増えるわ。寒くなると、冬支度しないといけないから、蒔なんかも必要なるしね」
「セシリア様が寒い思いをしないように、何でもしますよ。蒔き割りは、実家に居る時、よくやったので、大丈夫です」
「そう、それは頼もしいわね」
セシリアにしがみつきながら、ポールが力強い口調でそう言い、セシリアもまた彼の頭を撫でる。
まるで、仲睦まじい母と息子みたいなやり取りであったが、セシリアは若干、複雑な気持ちもあった。
「ねえ、ポール」
「何ですか?」
「あなたも大きくなったじゃない。ここに来たころより、だいぶ背が伸びてきたわよ」
「そうでしょうか……あまり、変わらないと思います」
「伸びてるわよ。自分で気づいてないだけ。もうすぐ私も追い越すわ」
「うう……」
主の言葉を聞き、ポールは何処か不満げな顔をして、セシリアの腕にしがみつく。
確かにポールは背が伸びており、それは育ち盛りなので当然のことではあるのだが、彼にとっては、大人になることは、セシリアと今のような関係を維持出来なくなることを意味するので、必ずしも歓迎出来る事ではなかったのだ。
そんな彼の心情を知ってか知らずか、セシリアは溜息を付き、
「ポール、いい加減、大人になりなさい。あなたが望まなくても、年を取れば、誰でも大人になるものなのよ。身長だって大きくなるし、顔だって変わっていくわ。わかるでしょう、その位? こんな子供みたいな事を、いつまでも続けられないって事くらい」
「でも、僕は……」
「僕はじゃないの。私は、あなたの母親じゃないって言ってるでしょう。今はあなたが復帰したばかりだから、こんな事をしても大目に見てあげているけど、今後は控えなさい。良いわね?」
「やです」
「はあ……いつから、こんな強情な子になっちゃったのよ……」
優しく諭したつもりであったが、ポールは一向に、セシリアからの自立を拒み、駄々っ子の様に彼女の腕にしがみつく。
ポールに成長してほしくて、一度は屋敷の使用人の解雇を命じたつもりであったが、全く効果がなかったことにセシリアも頭を抱えるばかりであったが、もう諦めの気持ちも強くなってきていた。
「今日はここまで。仕事に戻りなさい」
「はーい」
セシリアに命じられ、ポールもようやく彼女から離れて、仕事に戻る。
彼女の屋敷に戻ってから、ポールは毎日が充実した気分になり、美しい主に仕えて、甘える喜びで幸せいっぱいになっていた。
「収穫期も過ぎて、ひと段落過ぎたわ。でも、これからは晩餐会が増えるし、冬支度も始まるので、皆さん、浮かれすぎないように」
翌朝、アンジュが使用人たちを広間に集めて、そう告げると、それぞれ持ち場に戻る。
いよいよ秋も深まり、寒くなってきたので、冬支度の準備を始めるため、ポールも蒔割を命じられ、裏庭に向かっていった。
「んしょっと……ふう……凄い、数だなあ……」
裏庭に積まれていた丸太を斧で切っていき、薪を割って、積んでいくポール。
実家に居る頃に、散々やらされていた薪割りであったが、屋敷が大きいだけあり、ストーブや調理場で使う薪も膨大なので、流石に疲れてしまった。
「ポール、やっている?」
「セシリア様」
小休止を取ろうと、近くの丸太に腰をかけた所で、セシリアが様子を見に、声をかけてきた。
「あら、頑張っているじゃない。結構、量があるから、大変でしょう」
「はい。えへへ、でもセシリア様が寒い思いをしないように頑張ります」
「それは結構。ま、そう言ってくれるのは、使用人としては合格ね。それより、ポールは年末年始はどうしたい?」
「年末ですか……? セシリア様のお屋敷にずっと居ますよ」
「帰らなくても良いの?」
「実家にはもう帰りましたし……セシリア様と一緒が良いです」
「そう。本当に休暇はいらないのね?」
「はい」
年末年始にかけて、里帰りをする使用人達に、ローテションで休暇を与えているのだが、ポールはキッパリといらないと言い切る。
実家に居るより、セシリアの傍に居たいというのは彼の本心だったし、彼女の顔が拝めないのは何よりの苦痛であったからだ。
「わかったわ。なら、アンジュにもそう話しておくから」
「セシリア様と一緒なら、お休みなんていりません。僕の方からいらないって言いたいです」
「あんまり、休み無しで働かせるのも気が引けるんだけどね。明日の晩、舞踏会に招待されてるの。あなたも呼びたいけど、ちょっと事情があって、アンジュと他のメイドを同伴させるわ。お留守番出来る?」
「うう〜〜……」
ポールは頬を膨らませあからさまに不満な顔をして、セシリアを睨むが、彼女も怯まず、
「主人の命令が聞けないの? 貴方を使用人として復帰させたのはちゃんと私の言うことを聞くと信じての事だったのよ」
「わかりました……お留守番します。でも、セシリア様のドレス姿見たいです」
「はいはい……じゃあ、夜中に部屋に来なさい。試着も兼ねて特別に見せてあげるから」
「は、はい! ありがとうございます!」
これ以上、駄々を捏ねられても困ると、セシリアが妥協案を提示すると、ポールも一転して、表情を明るくし、一礼する。
セシリアのドレスに身を纏った姿が見れる――それだけでポールは胸が踊り、疲労も忘れてしまう程であった。
「失礼します」
「ポール? くす、やっぱり来たんだ」
「はい。うわああ……」
夜中になり、約束通り、ポールがセシリアの部屋に向かうと、明日の舞踏会に着ていくドレスを既に着ており、彼女の優雅な美貌に改めて見惚れる。
「どう?」
「とっても綺麗です。セシリア様より美しい人、見たことありません」
「ありがとう。ほら、来なさい。久しぶりにダンスを教えてあげるわ」
「は、はい!」
セシリアがポールに手を差し出して、そう誘うと、ポールも彼女の手を取り、セシリアのリードでステップを行う。
優しく美しい誰よりも愛するセシリアとの二人だけの舞踏会。
ポールは夢の様なひと時に終始、うっとりとするばかりであった。




