第四十八話 また屋敷に戻れた使用人
「ちょっと、離しなさいポール!」
「うう……」
茂みからいきなり飛び出してきたポールに抱きつかれたセシリアが懸命に引き離そうとするが、ポールはがっしりと彼女にしがみつき、意地でも離そうとしない。
無礼なのはわかっていたが、久しぶりの主の肌の感触を逃がさないとばかりに力強く抱き締め、セシリアも思わぬポールの力に苦しそうに呻いていた。
「いい加減になさい! 人を呼ぶわよ!」
「呼んでも良いもん……セシリア様に会いたかっただけだから」
「だから、主に向かってその口は何なのっ! いえ、もうあなたは使用人じゃないわ。こんな暴漢みたいな真似をするなんて、本気で見損なった……いたたっ!」
「ううう……」
セシリアを絞め殺すかのような勢いで、彼女の腰を強く腕で抱き、あまりの痛さにセシリアも苦悶の声を張り上げる。
しかし、ポールは構わずセシリアにしがみつき、彼女が折れるまで意地でも離さないつもりであった。
「わ、わかったわ。何が望みなの?」
「また屋敷に戻りたいです」
「く……こんな事をする使用人は必要ないわ」
「セシリア様と一緒じゃないと嫌ですう……お願いします、何でもしますからあ」
「だから、ポール……」
「どうしました、セシリア様?」
「っ! な、何でもないわ!」
異変に気がついた御者とアンジュがセシリアの下へ駆けつけると、ポールもやっとセシリアから離れて、茂みの中に引っ込む。
「何か変な声がしましたが……まさか、暴漢にでも?」
「猫が居ただけよ。心配ないわ。さ、もう行くわよ。晩餐会に遅れるわ」
「はあ……猫ですか?」
「ええ」
舞踏会の途中で、暴漢に襲われたなどと言ったら、警察沙汰になってしまう上に、自身のイメージが傷つくのを恐れ、咄嗟に誤魔化す。
貴族としての体面をかなり気にする性格だったのが、意外だとポールも思ったが、人が来てしまった以上、あまり騒いでしまうと警察に御用になってしまうと察し、ポールも一旦、帰ることにした。
(セシリア様、怒っているかな……)
夜道を一人歩きながら、ポールはそんなことを考える。
頭が冷えてきて、流石にやり過ぎてしまったと反省し、セシリアを激怒させてしまったかと怖くなってきたが、どうしても彼女と会いたい衝動を我慢出来なかったのだ。
「セシリア様、綺麗だったなあ……」
しばらくぶりにドレスで着飾った彼女を見たが、本当に美しく、ほんの少し前まではあのセシリアと付きっ切りでおり、一緒の部屋で寝ていたのが、まるで夢のようであった。
「う……きっと、わかってくれるもん、セシリア様」
とにかく、どんな形でも彼女に会えたのが嬉しく、足取りを軽くしながら、一旦、家に帰っていったのであった。
翌々日――
「セシリア様、まだお戻りにならないのかな……」
屋敷の前に行き、セシリアが舞踏会から戻って来てないかと、塀から覗こうとするが、ここからでは彼女の所在はとても確認出来ず、困っていた。
何とかして話をしてみたいと思っていたが、このまま正面から訊ねても追い返されると思い、それならばいっそ塀も飛び越えて侵入してしまおうかと考えると、
「あら、ポールじゃない。何をしているの?」
「え? ふ、フローラ様」
突然、背後からフローラに声をかけられ、ビックリする。
「何をしているのよ、こんな所で? さっさと中に入れば良いじゃない」
「え、えっと、実は……」
「んー? まさか、使用人をクビになったとか?」
「う……」
「え? 図星?」
半分冗談でフローラがポールにそう言うと、言葉に詰まってしまったのを見て、即座に図星だと察してしまい、逆に驚く。
「何をしたのか、知らないけど、お気の毒ねー。あ、よかったら、ウチに来なさいよ。どうせ、セシリアが何か無茶言ったせいで、解雇されたんでしょう?」
「そ、そんなことは……」
「ったく、しょうがないわね、あいつも。ほら、来なさい」
「え?」
フローラに手を引かれて、屋敷の門の前に連れて行かれ、彼女と一緒に玄関へと向かっていった。
「開けなさい。私よ。フローラよ」
「はい。少々、お待ちください」
フローラの声を聞き、女性の使用人がドアを開けて出てくる。
「セシリアは居る?」
「今、舞踏会に出席なされていて、もうすぐお帰りになる予定です」
「そう。じゃあ、待たせて貰うわ」
「え? で、ですが……」
「何よ。私の言うこと、聞けないの?」
「そうではなくて、誰も居れるなとセシリア様に命じられているので……」
「大事な用があるのよ。もうすぐ帰ってくるなら、ちょうど良いじゃない。入れないと、ウチのお父様とお母様に言いつけてやるんだから」
「は、はい」
いかにセシリアの従妹で顔なじみとは言え、誰も居れるなと言う命令を破って良い物かと、若い女性使用人も躊躇していたが、フローラに押し切られてしまい、応接室へと案内する。
その際、ポールも一緒に付いて来るよう言われ、久しぶりに彼女の屋敷に入って、感動をしてしまったのであった。
「んで、何をしたの、ポール?」
「正直、よくわからなくて……」
「ふーーん。あいつ、変な所で意地っ張りだからねえ。ちょっとしたことで、頑なになって、引っ込みが付かなくなったんでしょうね。ま、いざとなればウチが引き取るから、安心なさい」
応接室のソファーの隣に座っていたフローラに肩を軽く叩かれながら、そう言われ、ポールも次第に気がかるくなる。
どちらかと言うと、フローラには頭を悩ましていたポールだったが、今はとても頼もしく見えてしまい、彼女なら何とかしてくれるのではという期待感で胸がいっぱいになっていった。
「あ、戻って来たわね」
馬車が玄関の前に止まり、セシリアがアンジュと一緒に馬車から降りて、屋敷に入る。
「はあ? 追い返しなさいって言ったでしょ、全く……」
使用人からフローラが来ていることを告げられたセシリアが不機嫌な顔をしながら、渋々、応接室に入る。
「ちょっと、こんな時間に何の用事? あ……」
「ヤッホー、セシリア♪」
「な、何でポールが居るのよ!?」
「んー? 私の付き添いで。文句ある? この子、もうあんたの使用人じゃないんでしょ?」
「そ、それは……」
「なら、文句無いわね。私の専属の執事にするつもりだから、よろしくー」
「はっ? な、何を勝手なことを……ポール!」
フローラがポールの腕を組みながら、そう言うと、セシリアはワナワナと震えながら、叱責しようとするが、ポールも頬を膨らませながら、セシリアを睨みつける。
このまま、屋敷に戻してくれないなら、本当にフローラの執事になるぞと、目で訴え、セシリアを暗に脅していたのであった。




