第四十六話 遂に令嬢から暇を言い渡される
「ポール。浴室の掃除が終わったら、次は窓拭きよ」
「は、はい」
何時ものように、ポールが屋敷の掃除を行い、次の持ち場へ行く様に指示される。
今日は特に仕事を多くやらされていたが、勝手にフローラの屋敷に付いて行ってしまった罰も兼ねており、ポールもその罰に関しては甘んじて受けてはいた。
しかし、まだ心のしこりは取れず、セシリアへの不満は募る一方だった。
(今夜はセシリア様と一緒に寝たいなあ……)
窓を拭きながら、ボンヤリと主に思いを馳せるポール。
最近、やたらと冷たくなった理由が彼には理解出来ず、どうすれば元に戻ってくれるのかばかり考えていた。
トントン。
「どうぞ」
「失礼します……」
夜中になり、ポールはセシリアの部屋に出向くと、彼女は真剣な眼差しで書類に目を通していた。
「何?」
「えっと……セシリア様」
「ん? あ、ちょっと」
書類に目を通したまま、セシリアが用件を訊ねると、ポールはソファーに座っていた彼女の隣に座る。
「セシリア様~~……」
「今、仕事中なの。邪魔しないで」
「じゃあ、終わったらで良いです。抱っこしてくださいー」
「いい加減にしなさいって言ってるでしょう。いつまで、甘えてるのよ」
「死ぬまでです」
「はあ……」
あっさりとそう言いきってしまったポールの言葉を聞いて、セシリアは嘆息してしまい、書類を机に置く。
真面目な使用人だと思っていたポールがこんなにも自分に対して、我侭を言う様になったのかと、逆に感心してしまったが、仕方なくセシリアは、
「ほら、来なさい」
「っ! は、はいっ!」
膝の上に乗る様に促すと、ポールは目を輝かせてセシリアの膝の上に飛び乗る。
まるで猫みたいだと、セシリアも苦笑していたが、ポールは彼女の胸に顔を埋めて、久しぶりのセシリアの抱擁に感激していたのであった。
「へへ、セシリア様〜〜……」
「んもう……貴方も子供じゃないのよ。いい加減になさい」
いつまでも甘えている使用人に手を焼いてしまい、セシリアも困り果てていたが、そんな彼女の意図など知ってか知らずか、ポールは尚も彼女の体に身を委ねていく。
「セシリア様にこうして貰うのが、一番幸せなんです」
「そう言えば、私が喜ぶと思ったの?」
「はい」
「ふう……あなたも、だいぶ大きくなったわね……ここに来た頃より、背が伸びたわよ」
「そうですか?」
セシリアはポールの頭を撫でながら、そう言い、何故いきなりこんな話をしてくるのかと、ポールも首を傾げる。
「これから、もっとポールは大きくなるわ。いずれ、私よりも背が高くなるかもね。そうなっても、私にこうしている気?」
「駄目ですか?」
「駄目よ。重くて、とても膝の上に乗せられないわ。第一、おかしいじゃない。大人の使用人にこんな事をする主なんかいないんだからね」
「むうう……じゃあ、僕、大人にならないです」
「無理に決まっているでしょ、ふざけないで」
まだこんな事を言っているポールに呆れてしまい、セシリアもどう説得すれば良いか、悩んでいたが、ポールはずっと成長する気などなく、死ぬまでセシリアに甘えていたいと本気で思っていたのであった。
「あなたが嫌がっても、体は勝手に成長していくのよ。歳を取れば、周囲はポールを子供扱いしてくれないわ。だから、もう少し大人になってほしいと思って……」
「セシリア様の前ではずっとこのままが良いですう……セシリア様、最近冷たくて、凄く寂しかったんですよ」
「もう終わりよ。まだ仕事の途中なの。邪魔だから早く帰りなさい」
「ええ……」
素っ気無い口調で、セシリアが離れるように命じると、ポールはまだセシリアとハグし続けていたいとばかりに彼女のドレスにしがみつく。
「命令が聞けないの? そんな悪い使用人は、ウチにはいらないって言ったわよね?」
「もうちょっとだけこうしていたいです。セシリア様、前はこうしてくれていたじゃないですか」
「前は甘やかせすぎたの。だから、もうあなたを甘やかしたりしないわ。言う事を聞けないなら、クビにするわよ」
「うう……セシリア様の意地悪!」
「なっ!? 主に対して、その態度はなに? 別に意地悪している訳じゃないのよ。私はあなたの為を思って言っているのが、どうしてわからないのよ。もう良いわ。ポール。あなたはしばらく休みなさい」
「え?」
セシリアに突き飛ばされて、そう言われ、ポールは目を丸くする。
「言う事を聞かないあなたは、使用人失格よ。今すぐ荷物を纏めて家に帰りなさい。反省するまで屋敷には入れないからそのつもりでいて」
「え、え?」
主に使用人失格の烙印を押されてしまい、ポールは頭が真っ白になってしまい、狼狽する。
もはや我慢の限界とばかりに、ポールに暇を命じ、頭を冷やさせる事にしたのであった。
「わかったら返事は?」
「い、いやです」
「嫌じゃないの。明日の朝にはアンジュにも話を付けておくから、さっさと荷物を纏めて家に帰りなさい。言う事を聞かないのなら、無理にでも追い出すわよ。さあ、早く」
「…………」
最初は冗談で言っているのかと思ったポールであったが、真顔で突き放されてしまい、ただ呆然としながら無言で部屋を後にする事しかできなかったのであった。
「ポール、話は聞いたわ。早く荷物を纏めて屋敷を出なさい。良いわね」
「…………」
セシリアから、ポールを屋敷から出すように命じられたアンジュは彼に淡々とした口調でそう告げ、ポールは虚ろな目をしながら、わかったようなわからない顔をして無言で俯く。
最近、勝手な行動が多かったポールにはアンジュも思う所があったようで、セシリアが彼に解雇を宣告した事には特に疑問にも思わず、落ち込んでいる様子のポールに命じられるがままに屋敷を出るよう促していった。
「セシリア様……」
荷物をまとめて、バッグを片手に屋敷を後にし、彼女の部屋を見上げてポールは呟く。
ずっとこの屋敷に居ろと命じられ、セシリアに一生仕える物だとばかり思っていたので、まさか本当に解雇を命じられるとは思わず、悪い夢でも見ているのかと思いながら、足取りを重くして屋敷を後にしていく。
いずれセシリアが追いかけて引き止めてくれるのではないかという淡い期待も持っていたが、結局、そんな事にはならず、彼女の部屋を見ても覗いている様子すら見えなかったので、本当に捨てられてしまったのかと悲しげな目をしながら、ポールは彼女の屋敷を後にしていったのであった。
「ポールはもう居ないのね……」
その夜、自分の部屋でワインを飲みながら、昨晩解雇したポールの事をぼんやりと考えるセシリア。
自立を促す為の荒療治のつもりであったが、本当にこれで良かったのかと自問しており、ポールが甘えてきてくれない事に彼女も寂しさを感じ始めていた。
「しょ、しょうがないじゃない。あの子が私の言う事を聞かないのが悪いのよ」
グラスに入ったワインを飲み干しながら、そう言い聞かせるが、もしこれで本当に自分の事を嫌いになってしまったらどうしようかと彼女も不安に苛まされており、眠れない夜をすごして行ったのであった。




