第四十五話 令嬢は使用人に監禁されそうになる
「セシリア様、まだ怒っているのかな……」
納屋の中に閉じ込められたポールは蹲りながら、主に思いを馳せる。
自分が間違っているかもしれないとは思っていた彼ではあったが、どうしても前みたいに、セシリアに寵愛されたい気持ちが抑え切れず、未だに反省などする気分になれなかったのであった。
「えぐ、うう……僕は悪くないもん……セシリア様が意地になっているんだ……」
泣きながら、ポールがそう呟き、あくまでも悪いのは意固地になっているセシリアだと言い聞かせる。
使用人としてあるまじき行為ではあるが、ポールはセシリアの肌の温もりが忘れられなくなっており、もう彼女と肌を触れ合えないと、生きた心地もしなくなっていたのであった。
ガチャ
「ポール、居る?」
「セシリア様……」
翌朝になり、セシリアが納屋の中に入って来て、彼女の声でポールが目を覚ます。
「どう? 反省した? もう二度と私に甘えたりしないと、誓えば出してやるわ」
「むうう……」
「何よ、その反抗的な目は? 私の命令が聞けないの?」
「ううう……」
「ううーじゃ、わからないわよ。返事は? 私はあなたに大人になってほしくて……きゃあっ!」
セシリアが未だに態度を改めようとせず、逆に反抗的な態度を取ってきたポールに呆れてそう言うと、ポールはまたセシリアに抱きついて、胸に顔を埋めてきた。
「や、止めなさいっ! 人を呼ぶわよ!」
「セシリア様、今日は一緒に寝たいですう……」
「う……駄目よ。今までは甘やかせ過ぎたって、言ったでしょう。しばらく、一緒に寝るのはナシ。いい加減、子供みたいな事を言うんじゃないわよ! どうして、そんなわからずやになったの? 前はもっと素直で、まじめな子だったのに」
「セシリア様のせいだもん……だから、お願いしますう……また、抱っこして下さい〜〜……」
「…………」
少しは反省して、自分の気持ちもわかって欲しいと期待していたセシリアであったが、あまりのポールの駄々っ子ぶりに頭を抱える。
つい可愛くて甘やかせ過ぎてしまったが、ここまで自分に依存してしまうとは思わず、セシリアもどう矯正すれば良いのか、
「ポール、貴方は本当にしょうがない子になったわね。私の言う事も聞けないなんて、使用人としての立場すら弁えてないじゃない。そんな子はもういらないわよ」
「え……?」
「主人の命令も聞けない使用人なんて論外だわ。もし、聞けないのなら、ポールはもう必要ないわね。今すぐ、荷物をまとめて出て行って貰うわよ」
「そ……そんな……」
抱きついていたポールを突き放し、遂にセシリアが彼に最後通告を下す。
彼女の言葉を聞いて、頭が真っ白になってしまい、ポールはその場で崩れ落ちそうになっていたが、セシリアは冷たい視線で彼を見つめ、本気であると言葉と態度で言い表していた。
「もう一度言うわ。もう私に甘えようとするのは止めて。態度だけじゃなく、勝手に逃げ出すなんて、使用人としての仕事も出来ない子は、ウチにはいらないわ。わかったら、早く出て行きなさい」
冗談で言っているのだろうと、ポールも思っていたが、あくまでも本気だと言わんばかりに、そう命じる。
突然の主人の通告に、ポールもわなわなと震えて、言葉を発する事も出来ないまま立ち尽くしていた。
「そう言う事だから。今すぐにここを……」
「い、嫌だ……」
「え?」
「嫌だ! 絶対、嫌ですっ! セシリア様、約束が違います! ずっと僕と一緒に居るって言いました!」
「そうだけど、貴方はもう使用人としての仕事もまともに出来なくなってるじゃない。だから、もういらないの。どうしても嫌だと言うなら、今後は私の……きゃあっ!」
錯乱したポールはセシリアの胸に飛び込み、彼女を押し倒す。
「な、何をするのよ、痛いじゃない!」
「…………」
突然、使用人に押し倒されて混乱していたセシリアであったが、ポールは彼女を押し倒したあと、納屋のドアを閉めて、鍵をかけてしまう。
「ちょっ! 何をしているの、ポール! 悪ふざけもいい加減に……きゃっ!」
押し倒されていた主人の懐にポールが飛び込み、また強く抱きしめる。
一体、何をされているのかと困惑していたセシリアであったが、ポールは彼女の通告を聞いて、完全におかしくなってしまい、セシリアの骨を折る勢いで、胸に顔を埋めながら、抱きついていた。
「うええん……セシリア様の意地悪……嫌だもん、セシリア様とずっと一緒じゃないと、嫌だもん……」
「あ、赤ちゃんみたいに泣いても駄目よ! こら、離れなさい! こんな事をして、許されると思ってるの!?」
「セシリア様と一緒だもん……赤ちゃんでも構わないから、ずっとこうしていますうっ!」
「くっ! い、痛いから、早く離れて! や、止めなさい! 人を呼ぶわよ!」
態勢を崩していたセシリアは何とかポールを引き離そうとするが、ポールの力は予想以上に強く、身動きがまともに出来なくなってしまっていた。
「止めません、離れません。ずっとセシリア様とこうしているもん」
「は、はあ? ふざけないで! 主に対して、何をしているかわかっているの!? 私は意地悪してるんじゃなくて、ポールに一人前になって欲しくて……」
「ならないもん。セシリア様とずっとこうして抱っこして貰って生きていくだもん」
「な……ポール、あなた、本気でそんな事……」
泣きじゃくりながら、そう言って来たポールの言葉を聞き、セシリアも血の気が引いて、青ざめる。
今まで、セシリアが彼を過剰なまでに甘やかし続けて来た結果、ポールは完全にセシリアに依存する様になってしまい、彼の心も退行しただけでなく、病んでしまっていたのであった。
ポールも間違っているとわかっていてもセシリアから離れようとはせず、彼女が完全に折れて、元に戻るまで、この納屋に閉じ込めるつもりであった。
「こんな事が許されると思ったら、大間違いよ。私を閉じ込めたつもりでも、私が居なくなれば他の使用人が探しに来るわ。そうなったら、終わるのはポール、あなたの方よ。貴族の私を監禁なんて、下手すれば終身刑だわ! 一生、牢屋から出られなくなるんだからね!」
そう警告するが、ポールは聞く耳を持たず、未だにセシリアに抱きついて離れない。
実際、セシリアをここに長時間閉じ込めるのは不可能であり、あと何時間もしない内に他の使用人達がセシリアを探しに来てしまうのは確実であった為、ポールの行為は脅しにもならなかった。
「えぐ、うぐ……セシリア様とこうしているもん、抱っこして貰うんだもん……出来ないなら、ずっとこのままだよ……セシリア様、僕とここに居るんだもん」
「くっ! ああ、もうわかったわよ! 離れなさい、ポール!」
「え?」
「はあ……そこまで言うなら、前みたいにしてあげるから、もう止めなさい! その代わり、使用人の仕事、ちゃんとやるのよ!」
遂に折れたのか、セシリアが堪らず、そう告げると、ポールも胸が熱くなって涙ぐむ。
やっとわかってくれた――ポールはそう思い、涙を流しながら、
「ありがとうございますう……お仕事頑張りますから、忘れないで下さいね……」
「これは取引じゃないわよ! 使用人の仕事を頑張るなんて当たり前なんだから! じゃあ、もう出るわよ」
「はい!」
セシリアからようやく離れたポールは嬉しそうに彼女の手を繋ぎながら、納屋を出る
だが、セシリアはずっと機嫌を損ねており、ポールに前みたいに接する気はまだ無かったが、彼はそんな事はまだ知らなかったのであった。




