第四十四話 貴族の令嬢と幼い使用人の意地の張り合い
「ポール! 早くこっちに来なさい! 今なら、大目に見てあげるから、すぐに帰るわよ!」
「…………」
フローラの影に引っ込んでしまったポールに対し、セシリアは血相を変えて、そう叫ぶが、すっかり拗ねてしまったポールは涙目になって、一向に主の元に行こうとしなかった。
「ほら、もうあんたの所に戻るのは嫌だって。それじゃあ、仕方ないわよねー。今の時代、使用人にだって、主を選ぶ権利はあるのよ。だから、いつまでもこの子がセシリアの思い通りになるなんて、思わない方が良いわ」
「あんたには聞いてない! ポール、いい加減になさい! どうしてそんなに聞き分けのない子になったの!」
「だってえ……」
(セシリア様が抱っこしてくれないからだもん……)
また、心の中で呟いたポールだが、二度言うのは恥ずかしかったのか、フローラの影に隠れて、ただ頬を膨らませながら、黙り込んでいた。
「もう、話は終わりよ。セシリアの所に帰りたく無いって事なんだから、あんたはさっさと帰りなさい。大丈夫よ、ポールの面倒なら、私が見てあげるから」
「黙ってなさい! いい加減にしないと、無理にでも連れて帰るわよ! ポールは私の物なの! だから、私の命令が何よりも最優先されるのよ。ポール自身の意志よりね!」
「かー、あんたもどんだけ古い考え方してんのよ。そんなんじゃ、逃げられて当然ね。さあ、ポール、私と一緒にお出かけしよっか。今日は街に買い物に出かけるから、荷物持ちお願いね」
「は、はい……あの、セシリア様……それでは……」
「っ! ポール、あなた……!」
一向に自分の言う事を聞かないポールにショックを受けたセシリアであったが、ポールはそんな主に背を向けてしまい、フローラと共に部屋を出ようとする。
セシリアが前みたいに甘えさせてくれない限り、戻るつもりはない。
そう無言で、彼女に訴えながら、ポールはフローラと共に主の元から去ろうとしたが、
「このっ! 来なさいって言ってるでしょう!」
「きゃあっ! ちょっと、何するのよ!?」
業を煮やしたセシリアが、フローラを突き飛ばし、鬼の様な形相でポールの手を掴んで引っ張る。
その恐ろしいセシリアの形相を見て、ポールも怯えた顔をするが、セシリアは構わず、ポールを引き寄せ、
「勝手に出るんじゃないって言ったでしょう! 何で、そんな聞き分けのない子になったのよ!」
パアアンっ!
激高したセシリアが、思いっきりポールの頬を平手打ちし、乾いた音が周囲に響き渡る。
彼女に初めて手を挙げられ、ポールは呆然としていたが、セシリアは尚も鋭い目で睨みつけ、
「もう、我慢できないわ! 私がどれだけ心配したと思ってるの! こんな甘えた根性じゃ、貴方は使用人すら失格だわ!」
「う、ふええん……」
「あーあ、泣かせちゃった。良い年した貴族の令嬢の癖して、怒鳴ったりしてみっともない」
「黙ってなさい、あんたは! ほら、行くわよ。帰ったら、お仕置きたっぷりしてやるから、覚悟なさい!」
「い……嫌ですうう……」
「ほら、嫌がってるじゃない。この子は私が面倒を見るから、あんたはさっさと帰って、ダンスの練習でもしてなさいっ!」
「は、離しなさい、フローラ! ポールは私の使用人なのよ!」
強引にポールの腕を引いて帰ろうとしたセシリアを阻止するように、フローラもポールの腕を引っ張って、二人でポールの引っ張り合いになる。
意地でもセシリアはポールを屋敷に連れ帰ろうとしていたが、ポールは明らかに嫌がっており、駄々を捏ねていた。
「来なさい! 来ないと、もっと酷いお仕置きをするわよ!」
「きゃっ! あ、こらっ!」
腕力はセシリアの方が上だったので、強引にポールをフローラから引き離し、彼をまた連れ出す。
そして、外に待機させていた馬車に押し込んで、すぐさまフローラの屋敷から去っていった。
「ポール、後で覚悟しておきなさい」
「むうう……」
「何、その態度は? 主に対する態度じゃないでしょう?」
馬車の座席にガッシリと逃げられないようにセシリアに腕を組まれて座らされていたポールであったが、彼女に睨まれて問い詰められていたが、ポールは膨れたまま、何も答えなかった。
セシリアに叩かれたショックもあったが、それ以上に、自分に対して厳しく接するようになったセシリアに不満をあらわにしており、その様子は、正に拗ねた幼児その物で、セシリアを余計に不快にさせていったのであった。
「入りなさい」
「はうう……」
屋敷に戻ると、外にある納屋にポールを押し込み、鍵をかける。
お仕置きの為にしばらくここに監禁させるつもりだったが、そこにある鞭をセシリアは取り出し、
「本当はこれで叩いてやりたい気分だけど、ちゃんと謝れば許してあげるわ。二度と、勝手に逃げ出さないと土下座して誓いなさい」
「…………」
「ポールっ! きゃあっ! な、何をするのよ!?」
そう迫ってきたセシリアの胸にポールは強引に抱きつき、思わず転倒しそうになる。
「な、何よ、離れてっ!」
「セシリア様のわからずや」
「な……主に対して、何て無礼な事を言うのっ! もう我慢出来ないわっ! いい加減にしないと、本当にクビに……」
カッとなってそう言いかけた所で、セシリアも口を噤む。
もし、ここでポールを解雇してしまえば、フローラが代わりに雇ってしまうのが目に見えていたので、一瞬、躊躇してしまった。
「あなた、クビになりたいの?」
「なりたくないです」
「じゃあ、言う事を聞きなさい。使用人なら、主の命令は絶対よ」
「セシリア様が抱っこしてくれたら、言う事聞きますう……だから、お願いします……」
「…………」
泣きながらそう訴えてきたポールにセシリアも改めて頭を抱える。
自分がポールを解雇するのを躊躇しているのを見透かして、言っているのか、それとも単純に甘えたいだけなのか、セシリアもわからずにいた。
「僕、セシリア様の屋敷に来てから、ずっと幸せだったんです。優しくて温かくて、セシリア様に抱っこして貰えると、凄く嬉しかったのにい……」
「だから、それが間違っていたって言っているのよ! あなたを甘やかし過ぎたせいで、こんな事になって……使用人としても、最近、たるみ過ぎよ、あなたは」
「それでも、前みたいに優しくして欲しいですう……セシリア様とずっとこうしていたいんだもん……えぐ、だから、お願いしますう……」
彼女にしがみつきながら、泣き落としに入っていたポールであったが、そんな彼を見て、セシリアも更に絶望的な気分になる。
意地でも一人前になりたくないと言う彼の気持ちに、セシリアもどうすれば成長してくれるのか、悩むばかりであった。
「泣けば済むと思わないで。甘えるんじゃないわよ、ポール。そこでしばらく反省なさい! 良いわね?」
「うわっ! うう……」
セシリアはポールを突き飛ばし、納屋から出て、施錠し、ポールを納屋にしばらく監禁する。
一向に折れてくれないセシリアにポールも更に拗ねてしまい、蹲りながら泣きじゃくっていた。




