第四十三話 令嬢は幼い使用人の反抗にショックを受ける
「ふわあ……もう、朝……はっ!」
フローラの屋敷で一夜を明かしたポールが起き上がり、時計を見ると、既に朝の七時を回っていたので慌てて飛び起きる。
だが、今日はフローラの家に招待されていた事を思い出し、安堵したと同時に、自分のした事を思い出して、恐ろしくなっていった。
「セシリア様……」
フローラに誘われるがままに、彼女の屋敷に行き、そのまま一夜を過ごしてしまい、主を裏切ってしまった事に心を痛めるポール。
最近、セシリアが不在がちな上に甘えさせてくれない事に拗ねてしまい、家出同然にフローラに付いて行ってしまった自身の軽率さを恥じ、彼女に嫌われてしまうのではないかと青ざめていた。
「うう……だって、セシリア様が抱っこしてくれないし……」
今まで、向こうから過剰とも言えるスキンシップをしてきており、ポールもそれを受け入れて、セシリアに赤子みたいに甘える事に至福を感じていたので、今更、大人になれと言われても彼に取っては理不尽に要求にしか思えなかったのであった。
トントン
「はーい、ポール♪ もう起きてる?」
「っ! ふ、フローラ様……おはようございます」
そうベッドの上に座って、ポールが膨れていると、フローラがポールを起こしに部屋に入って来た。
「くす、そんなに畏まらなくて良いわよ。今日はあくまでお客さんとして招待したのだから」
「で、ですが……」
「まあ、慣れないのはわかるけどね。ほら、朝食の用意出来たから、早く着替えて支度なさい。今日はゆっくり羽を伸ばすと良いわ」
そう告げると、フローラは部屋のベッドに座り、直立して挨拶していたポールの手を握って、こちらを向かせる。
そうは言っても、フローラは貴族の令嬢なので、ポールも気さくな態度など取れるはずもなく、困っていた。
「セシリアは今日か明日には来ると思うけど、来ても追い出してやるから、安心なさい。何なら、家で働くー? 使用人は不足してないけど、お父様に頼めば、一人くらいはどうにか雇ってくれると思うわ」
「い、いえっ! 僕はセシリア様の……」
「でも、あいつと喧嘩したんでしょう? だったら、ちょうど良いじゃない。ウチに来なさいよ」
「で、でも……うわっ!」
と言いながら、フローラは彼の手を握って、ポールを膝の上に乗せて抱きつく。
「くすくす、ポールって、本当に子供みたいねー」
「はうう……」
フローラに膝の上に乗せて、ぬいぐるみのように抱きつかれて、ポールも顔を真っ赤にする。
思いもかけず、セシリアと同じ事をされたのだが、やはりポールは少し違和感を感じていた。
(やっぱり、セシリア様の方が良いな……)
フローラに抱かれはしたものの、やはりセシリアの方の温もりの方が、ポールは落ち着き、セシリアにまた抱かれたいと言う気持ちが強くなる一方であった。
今頃、セシリアは確実に怒っているので、もう二度と、抱っこしてくれないのかもしれないと思うと、ポールは取り返しの付かない事をしてしまったのではと思い始め、どんどん悲しくなっていった。
「くす、ほら、朝食の準備出来たから、来なさい」
「は、はい」
そんなポールの心境を知ってか知らずか、フローラは彼の頭をポンっと叩きながら、そう言うと、ポールも立ち上がり、彼女と共に部屋を出る。
彼女が用意してくれた朝食は、とても豪華な食事で、今まで食べた事のない物ばかりであり、ポールも逆に落ち着いて食べられず、味がわからなかったのであった。
「ねえ、ポール。今日は好きな場所に連れてってあげる。何処が良い?」
「えっと、特には……」
「そう。じゃあ、私がこの辺を車で案内してあげるわ。セシリアの所みたいな田舎と違って、ここは都会だから、色々あるわよ」
朝食を食べ終わった後、フローラはポールを自室に連れ込み、そう迫って来たが、ポールは特に行きたい場所もなく、この辺りのこともよく知らないので、答えようかなかった。
だが、フローラは折角、ポールが自分の所に来てくれたのだから、色々案内して、あわよくばセシリアから奪ってしまおうと企んでおり、彼に気に入られるチャンスを逃すまいと考えていたのであった。
「しょうがないわね。じゃあ、適当にこの辺をドライブしましょうか。あ、そろそろガソリンなくなりそうなんだっけ……給油しに行くから、付いてきなさい」
「は、はい」
この屋敷にずっと留まっても仕方ないので、フローラと一緒に外に出て、給油のついでに周辺を案内して貰うことにする。
フローラに対しても徐々にポールは心を開き始めてはいたが、それでもセシリア
「さあ、出発よー!」
「フローラ様」
「何よ?」
フローラがポールと共に部屋を出て、屋外の車庫に停めてあったマイカーに乗り込もうとすると、若いメイドに呼び止められ、
「セシリア様がお見えです。至急、フローラ様にお会いしたいとの事です」
「っ!?」
その言葉を聞いて、ポールも一気に青ざめる。
今日にもセシリアが来るとはフローラに聞かされていたが、まさかこんなに早く来るとは思わず、ポールも狼狽してしまっていた。
「はあ? ったく、もう来たのあの子……さっさと追い返して」
「そ、そう言う訳には……大事なお話があるとの事ですので、すぐにお戻り下さい」
「ちっ、しょうがないわね……ポールも来なさい。あなたが帰れって言えばあいつもすぐに帰ると思うから」
「は、はい……」
どうせ、セシリアとはちゃんと話し合わないといけなかったので、フローラと共に屋敷に戻るポール。
確実に怒ってるだろう、主に何と言い訳しようか考えたが、気の利いた言い訳が思い浮かぶ事はなかった。
「はーい、セシリア。何の用よ」
屋敷の一階にある客間に入ると、セシリアがムスっとした顔をしてソファーに座って、フローラを睨みつけていた。
「しらばっくれるんじゃないわよ。ポールは来ているんでしょう?」
「んー? だから、何よ?」
「すぐに返して」
「ポールはあんたなんかもういやだって。ねー?」
「うう……」
「ポールっ! あなた、何やってるの、こんな所で! 早く来なさい! ウチに帰るわよ!」
フローラにしがみついていたポールが彼女に隠れながら、そっと顔を出すと、セシリアはすぐにそう命じる。
だが、ポールは今までと違い、セシリアの元に駆寄ろうとはしなかった。
「命令よっ! 早く来なさい!」
「嫌です……」
「なっ! 何でよ…!」
ポールが発した、拒絶の言葉を聞き、セシリアは耳を疑い、頭が真っ白になる。
「うう……抱っこしてくれないから、嫌です……」
「ふざけないでっ! いつまで、そんな甘えた事、言ってるの! いい加減にしないと……」
「おー、こわ。こんな癇癪持ちの怖い主に仕えるのなんか嫌よね
、そりゃ。んじゃ、そう言う事なんで、私はもう用は無いから、帰って」
「あんたは黙って! ポール、私は貴方に意地悪したい訳じゃ無いのよ。あなたにちゃんと一人前に……」
「…………」
セシリアが相変わらず、厳しい事を言って来たので、ポールはまた拗ねてしまい、フローラにしがみついて、プイッと視線を逸らして、説教を聞き逃す。
一人前になどなりたくない、ずっとセシリアに甘えていたい――その気持ちが、変わる事はなく、ポールはセシリアが折れるまで戻る気はなかったのだ。




