第四十一話 ご主人様は使用人の躾に手を焼き始める
「ポール、居るかしら? ちょっと良い?」
「あ、はい」
ポールが他の使用人たちと共に銀食器を磨いていると、セシリアに声をかけられ、彼女の元へと向かう。
「悪いけど、手伝って欲しい事があるの。力仕事だから、男手のあなたが必要だわ」
「はい」
そう命じられてセシリアの部屋に入ると、
「今日は私の部屋にある不要物を処分したいの。一旦、外の倉庫にまとめた後に、ゴミ収集業者に来て貰って、廃棄してもらうわ。まずはそこのロッカーにある物からね」
と、セシリアがポールに命じると、早速ロッカーを開けて、収納されていた古い衣服を取り出す。
既に十年以上前に買った物で古くなっており、年齢的にも体型的にも合わなくなったので、もう処分する事にしたのであった。
「そこのトランクに詰めておいて」
「はい。あの、本当に捨てちゃうんですか?」
「ええ。古くなってるし、とって置いても邪魔になるだけでしょう。ドレスなんかも、もう流行りの柄じゃなくなっているしね」
どの衣服も、まだ新しい上に、高価な物ばかりなので、本当に捨ててしまって良いのかと、ポールはもったいなく思っていた。
「まさか、その服、欲しいの?」
「い、いえ……いいえ、欲しいです」
「どうして? あなたが着る事はないでしょう」
「でも……」
「もしかして、何処かの古着屋に売るつもり? 少しお金にはなるかもしれないけど、あなたが持っていけばどこからか盗んだ物だと思われるわよ。持っていくなら、私が直接出向くが、アンジュ辺りに任せないと、怪しまれるわよ」
「いえ、売るとかではなくて、その……セシリア様を少しでも感じていたいというか……」
「ん?」
トランクに古着を詰め込みながら、ポールが恥ずかしそうにそう呟く。
セシリアの服でもアクセサリーでも何でも、彼女が身につけていた物を携帯して、セシリアを身近に感じていたい。
そんなことを考えていたが、恥ずかしくてまともに口に出せなかった。
「私を、何? きゃっ! ちょっと!」
「うう〜〜……」
何を思ったか、ポールは急に背後からセシリアに抱き付き、彼女にしがみつく。
「ちょっと、いきなり、何なのよ? 今は仕事中なんだから、ダメでしょ、そんな事したら」
「セシリア様とこうしてたいですう……居ない時は、とても寂しくて。それに今日はまだしてないです」
「はあ……」
自分にしがみつきながら、駄々を捏ねるポールを見て、思わず溜息を付くセシリア。
日に日に、幼児退行が進んで、セシリアに幼子の様に甘えてくるポールに最近は彼女も頭を悩ませていた。
「あなたはもう少し、大人になりなさい。もう、そんな事をする年じゃないでしょう。私もポールのママじゃないの。何度、言えばわかるのよ」
「セシリア様はママより優しいから大好きですよ」
「んもう……甘やかしすぎたわね、これは……懐いてくれるのは嬉しいけど、これは調子に乗りすぎよ。いい加減、離れないと、抱っこしてあげないからね」
「うう……それは嫌ですう……」
と涙ながらに、更にぎゅっとセシリアにしがみついてポールが訴えるが、セシリアの意思は固く、
「冗談じゃないわよ。あなたは使用人としての自覚が足らないわ。教育が少し間違っていたかもしれないわね。この所のポールの素行は目に余るわ」
「ふええ……」
強引にしがみついていた、ポールをセシリアは振り払い、泣きそうに上目遣いで見上げていたポールにそう宣告する。
今までセシリアのお仕置きは彼にとっても、厳しくはなかったので、調子に乗らせすぎたと、セシリアも何度も反省していたが、今回ばかりはもう甘くはしないぞと決意したのか、
「この鞭は、お父様が昔、私に対して使ったものよ。小さい頃、言う事を聞かなかったら、これで何度かお尻を叩かれた事があったわ。今度、私の言う事を聞かなかったら、本当に脅しじゃなくて、叩くわよ」
「えーーん……そんなの嫌です……ひっ!」
パチンっ!
と、鞭を取り出したセシリアが、ポールの足元の床を思いっきり鞭で叩いて、幼い彼を威嚇する。
しかし、威嚇だけでは脅しにならないと思った、セシリアは
「お尻を出しなさい」
「え?」
「今まで、駄々を捏ねた困らせた分のお仕置きをするわ。さ、後ろを向いて」
「え……」
目を吊り上げて、セシリアがそうポールに命じると、ポールも今までにない厳しい口調と顔をしていた、主を見て青ざめる。
まさか、本気で言っているのかと思っていたが、セシリアは一向に引く気配はなく、早くやれと鞭を手に持って、
「ほら、早くなさい。今なら、一発だけで許してあげるわ。鞭の味をちゃんと味わないと、ポールは駄目みたいだしね」
「う……うえーーーん……」
「泣くんじゃないわよ、男の子でしょう。私も甘やかせ過ぎた事を反省しているの。特に最近のポールは目に余るわ。ほら、泣いてないで、さっさと後ろを向く。言う事聞かないと、二発、三発と増やすわよ」
「えぐ……うわあああん……!」
「こら! 赤ちゃんみたいな泣き声出さないの! そんな声出しても許さないわよ!」
「そんなのセシリア様じゃないです……セシリア様はもっと優しくて、温かい人です。鞭なんか振るう人じゃないもん」
「あなた、私の事を勘違いしてるわね。確かに鞭なんか使いたくないけど、ポールの聞き分けが悪いから、こうやって躾無いといけないと判断したのよ。良いから、後ろを向きなさい! 今なら一回で許すから、言う事聞かないと、貴方の手を……きゃあ!」
執拗に泣いて駄々を捏ねるポールに困惑していたセシリアが声を荒げて、本当に鞭を振るおうとすると、ポールはまた彼女の胸に飛び込んできつく抱き締める。
「くっ! は、離れなさい、ポール!」
「嫌です……真面目にお仕事しますから、ぶつの止めて下さいい……う、えぐ……しないと、僕、屋敷から出ます」
「そんなんで私を脅す気? 逃げたら、貴方の事、追いかけて連れ戻してやんだからね! ポールは私の物なのよ! わかってるの?」
「僕、いつも抱っこしてくれる優しいセシリア様じゃないと嫌です。鞭なんか使うセシリア様は嫌だもん」
「ああ、もう……」
「何の騒ぎですか?」
「っ!」
騒ぎを聞きつけたのか、アンジュが急いで、セシリアの部屋に走り出して来たので、咄嗟にセシリアはポールを突き飛ばす。
「何事ですか?」
「ポールが私の衣服を乱暴に扱ったから、注意していた所。もう終ったから下がって良いわ」
「は、はい。では失礼します」
そうセシリアに告げられると、アンジュも訝しげな顔をしながらも部屋をすぐ後にする。
アンジュに見られたせいで、セシリアも気が抜けてしまい、
「もう良いわ。作業に戻りなさい。でも、ポールの事、許した訳じゃないからね」
「うう〜〜」
「返事はっ!?」
「はいっ!」
セシリアが怒鳴り声を上げて、そう言うと、ポールも思わず目を瞑って返事する。




