第四十話 幼い使用人を叱責する女主人
「おかえりなさいませ、セシリア様」
「ただいま。留守中、何か変わった事は無かった?」
セシリアが出張を終え、アンジュと共に屋敷に戻ると、使用人達が一斉に出迎える。
(セシリア様、やっと帰ってきてくれた……)
数日ぶりに直にセシリアの顔を見れて、ポールも安堵すると同時に今すぐ飛びつきたい気分になる。
彼女は特にポールを気にかけてる素振りを見せてはいなかったが、彼が元気そうにしているのを見て、セシリアもホッとしており、荷物を使用人達に渡して、自分の部屋に戻ろうとしていた。
「あの、セシリア様……ちょっと宜しいですか?」
「何?」
留守中、アンジュに代わり屋敷の留守と使用人の責任者を任されていた年配のメイドが、セシリアに耳打ちする。
「わかったわ。後で言っておくわ」
何を話しているのかと、ポールも首を傾げていると、セシリアはチラっと彼に視線を送る。
そして、後で部屋に来るよう呼び出されたのであった。
トントン
「失礼します」
「どうぞ」
「セシリア様……」
「きゃっ! あん、もう」
夜中になり、言われた通りにセシリアの部屋に出向くと、彼女の姿を見るや、ポールはすぐさま抱きつく。
「えへへ、セシリア様、会いたかったですう」
「こら、真面目な話をする為に呼んだのよ。離れなさい」
「はうう……」
自身に幼い子供のように抱きついてきた使用人を強引に引き離し、ポールも珍しく泣きそうな顔をして、彼女を見上げる。
「さっき、エリーに聞いたわよ。あなた、私の部屋に勝手に入っていたそうね」
「っ! は、はい……駄目ですか?」
「駄目に決まっているわ。主人の部屋に使用人が勝手に入るなんて。私の部屋の掃除は、あなたには任せてないでしょう?」
「うう……ごめんなさい……」
本当に怒っているのか、セシリアは穏やか口調ながらも、目を吊り上げて、ポールを叱責し、彼女に気圧されて、彼も力なく謝罪の言葉を口にする。
セシリアが勝手に部屋に入った事をこんなに怒るとは思わず、ポールも縮こまっていた。
「もし、私の留守中に私の部屋から何か物が盗まれたり、壊されたりしたら、真っ先に疑われるのはポール、あなたなのよ。勝手に部屋に入ったってだけで、疑うには十分な理由だしね」
「……はい」
「私はあなたがそんな事をする人間じゃないと信じてはいるわ。でも、他の使用人はそうじゃないの。ポールの家は裕福じゃないし、お金に困って、私の部屋から金目のものを盗もうとして、部屋に侵入したってみんなは見るでしょうね。もし、今回みたいに私が留守だと、あなたの潔白を証明するのが、私でも難しくなるの。わかってるの?」
縮こまっているポールを見下ろして、セシリアは幼い使用人にそう注意し、主人のその言葉を聞いて、自分の軽率さを恥じる。
いかにセシリアでも、不在中におきた事を、フォローするのは難しく、ポールが疑われる状況を作らないように釘を刺す必要があったので、敢えて強く言ったのであった。
「ごめんなさい……」
「わかれば良いわ。それで、私の部屋で何をしていたの?」
「えっと……セシリア様のベッドに座って、ちょっとの間、寝てました。セシリア様を感じていたかったんです」
「そんな事を……全く、しょうがない子ね……」
あっさりとそう告白したポールの言葉を聞き、セシリアも呆れた顔をして溜息を付く。
どうせそんな事だろうと思っていたが、自分が怒らないと思っていたのか、躊躇いもなくポールが告白し、脱力してしまったのであった。
「ほら、来なさい」
「えへへ……えい」
セシリアがベッドの上に座ると、ポールは猫のように彼女の膝の上に乗り、セシリアも彼を背後から抱き締める。
数日振りに感じる、セシリアの肌の温もり――これを感じないと、ポールはもう生きた心地がせず、彼女の胸に顔を埋めながら、赤子のように甘えていたのであった。
「んもう、少しは遠慮なさい」
「しません。セシリア様、意地悪してるんだもん」
「意地悪ですって?」
「はい。何日も留守にして寂しかったんですう……」
「はあ……仕事だからしょうがないでしょう? 使用人なら、そのくらい我慢なさい」
「嫌です、我慢出来ないですうう……セシリア様と毎日、こうしたいです」
と胸の谷間に顔を埋めながら、ポールは相変わらず駄々を捏ねる。
過剰なまでに自分に依存して甘えてくるポールに、セシリアも困っていたが、ポールは構わず彼女にしがみつく。
自分でも赤ちゃんみたいだと思っているが、それでも構わなかった。
セシリアが自分を甘やかしたからこうなったのだと言わんばかりに、ポールは彼女にしがみつき、主人を困らせていたのであった。
「毎日ね……そう言ってくれるのは嬉しいけど、不在中は勝手に部屋に入らないように。盗まれて困るような高価な物は地下の金庫にあるから、ここには金目の物はあまりないけど、あなたが部屋に入っているのを見られたら、そう疑われるのよ」
「今度は気をつけますから、今は抱っこしてください。今日は一緒に寝たいです」
「あら、大胆ね。くす……今日は特別だからね」
と、自分からポールがそう言って来たので、セシリアも少し驚いたが、頬を赤らめながら、すぐに頷き、ポールも大はしゃぎして、彼女のベッドで一夜をともにする事になったのであった。
「セシリア様~~……」
「もう、本当に赤ちゃんね……」
幸せそうに、自身の胸に顔を埋めて、抱きついていたポールの頭をなでながら、セシリアも溜息を付く。
シースルーのネグリジェに身を包んでいるだけのセシリアに遠慮なく抱きついて、幸せそうに眠っているポールを見て、セシリアも赤子を見守る母親みたいな気分になりながらも、複雑な気持ちになっていた。
「赤ちゃんね、本当に。ポール、何度も言うけど、私はママじゃないのよ」
「うん。セシリア様は優しいご主人様です」
「優しくはないわね。私は厳しいの。今のポールには不満がいっぱいあるのよ」
「?」
セシリアは彼をまっすぐ見つめながら、そう言うが、ポールは何の事かわからずきょとんとする。
そんな表情も堪らなく可愛く思えたセシリアだが、まだ早いのかと諦めに似た溜息を付き、
「いずれわかるわ。お休み。ちゅっ……」
と、頬にキスして、ポールを抱き締める。
彼女の不満はよくわからなかったが、ポールはセシリアの柔肌と香水の香りを感じながら、至福に満ちた気分の中、眠りに就いたのであった。




