第三十九話 ご主人様がいないとつまらない
「セシリア様、今頃どうしているかな……」
ポールは屋敷の中で、ぼんやりと不在中の主のことを考える。
彼女の事が片時も離れず、セシリアの顔を思い出す度にそわそわして落ち着かない気分になる。
彼女が今、何をしているのか、自分の事を考えてくれているのかと、色々思いを馳せながら、屋敷の掃除をしていった。
(やっぱり、寂しいなあ……)
セシリアから、これも修行だと言われて、彼女と離れ離れになっていたが、やはり満たされない気持ちがあり、セシリアが恋しくなる一方であった。
「うう……やっぱり、我慢出来ない」
昨日、怒られたばかりであったが、少しででもセシリアを肌で感じていたい一心で、ポールが彼女の部屋へと向かう。
勝手に入れば、セシリアにも怒られる事は容易に想像出来たが、それでもポールは我慢出来ず、足早に彼女の部屋に駆け込んでいったのであった。
「セシリア様ー……」
部屋に入るや、セシリアのベッドに倒れこみ、彼女の羽毛の枕に抱きつく。
先ほど、メイドが手入れをしたばかりの為、当然、セシリアの温もりなど感じはしなかったが、それでもふかふかの羽毛の枕を抱きしめる度に、彼女の事を思い出してしまい、ポールも更にセシリアが恋しくなっていったのであった。
「まだ帰ってこないのかなあ……」
この所、仕事が忙しくて、屋敷を空ける事が多い為、ポールも虚ろな目をして、天井を見上げる。
今までは過保護な位、セシリアの方からポールにスキンシップを試みていたが、いざ離れると、ポールも無性にそれが懐かしくなってしまい、自分がセシリアなしでは生きられなくなっていた事を改めて実感していたのであった。
本当なら、セシリアが居ない間、しっかりしないといけないのであったが、もうそんな考えも彼にはなくなり、セシリアと早く会いたい気持ちで一杯になっていた。
「ふう……今日も疲れたわね」
入浴を終えたセシリアがホテルの窓から夜景を眺めて、ポールが今頃しっかりやっているのかと、心配になる。
ポールを同行させても良かったが、今の彼に手伝える事は何も無く、最近は甘やかし過ぎたとセシリアも反省していたので、自分が居なくても務めを果たせる様にならねばこの先、困ると考え、敢えて置いて来たのだが、やはりポールを抱っこしてないと彼女も落ち着かなかった。
「はあ……ま、仕方ないわ。これも修行だと思いなさい」
寂しくはあったが、やはりセシリアの方が大人だけあって、それを押し殺す事はまだ出来、ベッドに横になる。
これからしばらくは忙しくなる為、あまりポールの事ばかり、気にかける訳にも行かず、彼の為にもしっかりせねばせねばと言い聞かせていた。
「ポール、街へ買い出しに行って来て。食材がちょっと足らなくなったのよ」
「あ、はい」
中年のメイドからお使いを頼まれたので、ポールがメモとお金、買い物籠を持って屋敷を出て、町へ買出しに向かう。
ちょうど、気晴らしになると思い、ポールもしばらくぶりに一人で屋敷の外に出て行ったのであった。
「えっと、これとこれで良いのかな……」
商店街に行って、指定された食材を買い、また屋敷に戻るポール。
思ったより早く終わったので、何処か寄り道でもして帰ろうかとあるき出すと、
「あ、ポールだ。久しぶりー」
「? ハンナ」
同級生だったハンナとバッタリ会い、ハンナが彼を見た瞬間、嬉しそうに駆け寄る。
「へへ、何か久しぶりだね。ポールはお使い?」
「うん。ハンナは学校の帰り?」
「まあね。へへ、その服、似合ってるじゃない」
と、はにかんだ笑みで、そう言ったハンナの顔はとても眩しく見え、羨ましくも感じてしまう。
ポールから見れば、女学校での生活を楽しんでいるハンナは別世界の人間のように見えてしまい、セシリアがいない寂しさを忘れてしまいそうな位、輝いて見えた。
「ポールはセシリア様のお屋敷で元気にやってる?」
「うん。ハンナは学校はどう?」
「えへへ、まあ何とかね。そうだ。ちょっと、そこの喫茶店でお茶でも飲まない?」
「えっと……うん、少しだけなら」
ハ ンナにお茶に誘われ、少し考えたポールだが、まだ時間はあると考え、一緒に喫茶店へ行く。
「へへ、こうやってお茶飲みに行くの初めてだね。セシリア様の家では、いつもどうしているの?」
「えっと、使用人同士でティータイムはあるけど、セシリア様とは一緒には……」
「だよねー。ポール、どうしているのか、いつも心配していてさー」
と、紅茶を飲みながら、ハンナとポールがしばらく話し込む。
小学生の頃は、こんな事はしなかったが、彼も給料を貰っており、ハンナも女学校に通ってから、お小遣いが増えたので、友達と学校帰りにはこうしてティータイムを楽しむ機会が増えていった。
「セシリア様、今、お仕事で不在なんだ。だから、ちょっと寂しくて」
「ふーん。いつも屋敷に居るわけじゃないんだね」
セシリアはこのあたり一帯の土地を所有している貴族なので、いつも屋敷にいるというイメージをハンナは持っており、具体的に何の仕事をしているのかイメージが湧かなかったようであった。
「やっぱりいないと寂しくて……」
「セシリア様とは仲良くしているの?」
「仲良くっていうか、凄く良くしてもらっているんで……セシリア様の事が凄く心配なんだ」
セシリアに毎日、抱かれたりしていることは流石に恥ずかしくて言えなかったが、彼女の事を話していると自然にセシリアの事が恋しくなってくる。
会いたい。今すぐ会いたい。
また抱っこしてもらいたい。一緒に寝たい。
そんな思いが溢れ出てきて、抑えきれなくなり、涙が出そうになっていた。
「くす、ポールって何だか子供っぽいね」
「そ、そうかな?」
「うん。まるでお母さんに抱かれたくて、泣いてる赤ちゃんみたいだよ」
ハンナに苦笑しながらそう言われて、セシリアにも似た様な事を言われたのを思い出す。
私はあなたのママではない――
そう何度も言われてはいたが、ポールにとっては母親以上の存在であり、彼女の肌の温もりを感じないと生きていけない赤ちゃんそのものであった。
(僕はセシリア様の赤ちゃんじゃ……)
断じてないと言いたかったが、否定が出来ず、むしろそれでも良いと思い始めていた。
「ごちそうさま。私、そろそろ行くね。今度、いつ会える?」
「あ、えっと……よくわからないかな」
「休みの日に二人で遊びに行きたいなあ。駄目?」
ハンナにデートに誘われたが、ポールは特に考えもなしに、
「うん、良いよ」
と答えてしまう。
セシリアが聞けば確実に怒る事であったが、セシリアがいなくて寂しかったので、友達と遊ぶくらいは良いだろうと軽く考えてしまい、約束してしまったのであった。




