第三話 女主人との初めてのデート?
「起きて下さい、セシリア様。朝です」
「ん……ふああ……ポール、おはよう……」
「っ! お、おはようございます」
朝になり、ポールがいつもの様に、セシリアの寝室に行って彼女を起こすと、セリシアも目を擦りながらゆっくりと起き上がり、彼女のシースルーのネグリジェ姿を見て、ポールも思わず視線を逸らす。
ただでさえ、モデル顔負けのプロポーションを誇るセシリアの体がシースルーのネグリジェでほぼ透けて見えてしまっている為、十代半ばの少年には、あまりにも色気が有り過ぎて目に毒な程であったからだ。
「くす、ほら、いつもの」
「は……はい……」
セシリアが右の頬を差し出して催促すると、ポールも命令通り、恐る恐る彼女の頬に軽く唇を触れる。
「はい、次はあなたよ。おはよう、ポール。ちゅっ♡」
「っ! あ、ありがとうございます」
今度はお返しとセシリアが幼い使用人の頬にキスをし、彼女の柔らかい唇が触れた瞬間、ビクっと体を震わせる。
既に何度もされているが、やはり慣れる物ではなく、美しい主にキスをされるたびに、彼女の事を女性として意識せざるを得なくなっていた。
「んーー、今日は良い天気ね。日曜日だし、何処かに出かけようかしら」
そう言いながら、セシリアはクローゼットを開いて、今日、何を着るか悩む。
いつも凛とし、貴族らしく堂々としていたセシリアのこんな無防備な姿を見ると、ポールも普通の女性の様に思えてしまい、無邪気な顔をして服を物色する彼女を見て、何処かホッとした気分になっていた。
自分とは月とスッポン以上の差があると思っていたセシリアとの距離は、そこまで遠くはないのではないかと――そう考えるのは、思い上がりだろうかと。
「山林の視察も兼ねて、近所にピクニックでも行こうかしら。ポール、あなたも付いて来なさい」
「はい」
「ふふ、決まりね。じゃあ、今日は動きやすい服にするわ」
セシリアに同伴を命じられると、ポールも快く頷き、彼女も比較的丈の短いスカートを選んで、着替え始める。
何時になく上機嫌なセシリアを見て、ポールも嬉しくなってしまい、彼女のピクニックに同行するのがとても楽しみになっていた。
「じゃあ、行って来るわ」
「はい。お気をつけて」
セシリアが帽子を被って、アンジュに見送られながら、ポールと共に近くの山へと向かう。
同行者が自分一人なのかと意外に思っていたポールであったが、今日の昼食や水筒が入っていたリュックと何か重い物が入っていた細長い木の箱を持ち、セシリアの後を付いて行った。
「ふふ、ほらしっかりなさい。男の子でしょう」
「すみません……あの、これ、何が入ってるんですか?」
「ああ、それ? 猟銃よ」
「りょ、猟銃……」
木の箱に一体何が入ってるのか、ポールが訊ねると、セシリアが涼しい顔をして、そう答え、ポールもビックリする。
まさか銃が入っているとは思わず、何だか怖くなってしまい、ポールも顔が一気に青くなってきた。
「何を怖がっているのかしら? 狩猟は貴族の嗜みよ。お父様も良く山に出かけて、鹿や猪、狼なんかを狩っていたわ。もちろん、私も経験あるわ」
と、怯えた顔をしていたポールにセシリアは平然とそう告げるが、貴族が狩猟を趣味で行う事はポールも聞いた事がある物の、まさか女のセシリアまでやるとは思っておらず、改めて男勝りの逞しい女性なのだと思い知ってしまった。
「良い景色ね。見慣れた光景とは言え、ここからの眺めはやっぱり最高だわ」
山を登り、そこから見る広大な小麦畑を見て、セシリアもポールもその絶景に見惚れる。
彼らにとっては地元なので、見慣れては居るはずだが、やはり高い所から見下ろすと、その美しい小麦畑と平野に圧倒されていた。
「ふう……じゃあ、この辺でお昼にしましょうか。準備なさい」
「はい」
しばらく山の中を歩き、近くの川原でランチを取ることにしたセシリアは、ポールにそう命じると、彼もリュックからシートと昼食の入ったバスケットを取り出して、準備を始める。
そして、シートを敷くと、セシリアも女の子座りをし、
「あなた、隣に座りなさい」
「え……」
「命令」
「はいっ!」
自分のすぐ隣に座るようポールに命じると、ポールも即座にセシリアの隣に座り、彼女も体を寄せて、彼に体を密着させる。
「ねえ、このネックレス、綺麗でしょう? ダイヤで出来ているのよ。この指輪はお母様が買ったエメラルドの指輪。魔除け代わりになるんだって」
と、隣に座ったポールにセシリアが身に付けていた貴金属を見せつけるが、ポールはさほど興味示さず、彼女の端正な顔を間近に見て、胸がドキドキと高鳴っていた。
「そんなに緊張しなくても良いわよ。今日は二人きりのデートなんだし、ここは私の土地だから、誰も来やしないわ」
「で、ですが……」
「んー、私の言う事が聞けないの? はい、口を開けなさい」
「は、はい……」
セシリアがポールの腕を組んで、彼の腕に自分の胸を押し付けながら、バスケットに入っていたブドウを一つ摘んで、ポールにあーんして食べさせる。
仮にもご主人様にこんな事をさせてしまう事に申し訳なさを感じていたが、こんな気さくな面もあるのだと、ポールも意外に思い、益々彼女の事を意識するようになっていた。
「これじゃ、食べにくいわよね。ほら、遠慮なく食べなさい。サンドウィッチは嫌いかしら?」
「いえ、そんな事は」
「そう。私一人じゃ食べ切れないから、たくさん食べなさい」
そう言われ、ポールもバスケットに入っていたサンドウィッチやチキンなどを食べ始める。
セシリアにとってはむしろ質素な位のランチであったが、貧しい家の出身のポールにとっては滅多に食えなかった豪華な食事だったので、次第に食べるペースを上げていった。
「あら、食べかす付いてるわよ。ちゅっ」
「――! せ、セシリア様……」
夢中になってランチを食べているポールを見て、母性本能を刺激されたのか無性に可愛く思えてしまい、食べかすなど何も付いてない彼の頬に唇を触れる。
不意にキスされたため、ポールも顔を真っ赤にして困惑していたが、そんな彼女のお茶目な一面を目の当たりにして、もうまともに顔も見れないほど、虜になっていった。
「ん? あそこにキツネが……ポール、猟銃を」
「っ! はい!」
目の前に鹿が見えたので、狩猟の標的だと思ったセシリアが、ポールに木箱に入っていた猟銃を出すよう命じると、彼もすぐに銃を取り出して差し出す。
セシリアは本当に猟銃を扱えるのかと不安な眼差しでポールも見ていたが、セシリアは銃を持って茂みに入り、しばらくすると大きな銃声が響き渡る。
「駄目だったわ。まあ、そう簡単には行かないわね。今度はちゃんと準備していかないと」
仕留め損なったのか、セシリアが硝煙を上げていた猟銃を手に持って、ポールに渡し、彼も恐る恐る発砲したばかりの猟銃を箱にしまう。
本当に撃ったのかと、想像すると恐ろしくなってきたが、こうやって銃を平然と扱えるセシリアを見て、改めて身分の差を思い知らせた。
「帰るわよ。ちょっと天気が怪しくなってきたしね」
「は、はい」
セシリアに命じられ、急いで後片付けをし、帰宅の準備をポールが始める。
空を見ると、いつの間にか厚い雲に覆われており、今にも雨が降りそうであった。
「あら、雨が降ってきたわ」
「あ……えっと……折りたたみの傘が……」
「ええ、持って来てたわね。ほら、あなたが差しなさい。一つしかないんだから」
二人で林道を歩いていると、急に雨が降り始め、ポールが慌ててリュックに入っていた折り畳みの傘を取り出して、セシリアに頭の上に差す。
しかし、小さな傘だったので、ポールは雨で濡れていたが、主人のセシリアを雨で濡らす訳には行かないと雨粒に耐えていた。
「もう、こっち来なさい」
「え? あ、あの……」
「くす、こうやって一緒に傘を差せば濡れないわよ。ほら、その猟銃は私が持つから」
「そんな……」
「命令よ」
「は、はい」
セシリアに言われて、彼女と体を密着させ、二人で一緒に傘の柄を手に持って傘を差す。
尽くすべき主人と相合傘になってしまい、縮こまっていたポールであったが、セシリアの方が二十センチ近く背が高いので、身分も何もかもすべて自分が敵う女性ではないと思い知っていた。
きっと自分の事もからかっているだけだろうと思い、何だか悲しい気分になってきた。
「ポール。私のネックレスや指輪欲しくなかったの?」
「え? いえ、そんな事は全く……」
「そう。猟銃があったんだし、今は私と二人きりだったんだから、奪おうと思えば奪えたじゃない」
「――! 絶対にしません、そんな事!」
思いも寄らぬ事を言われて、ポールもビックリしていたが、セシリアもそんな彼を穏やかな目で見下ろし、
「わかっているわ。でも、それだけ私を信頼してるんでしょ。今日のデートは私への忠義を試す意味もあったの。合格よ。金より私が大事なのよね?」
「と、当然です……」
と、宥める様にセシリアが彼に言うが、ポールは仮に命令されてもそんな事は死んでも拒否すると硬く誓っていた。
お金なんかいらないから、セシリアと共に生きたい――そんな想いを強くし、彼の想いを察したセシリアもポールの手をぎゅっと握って、雨の中、二人で歩いていった。