第三十八話 令嬢は使用人から敢えて少し離れる
「今日も出かけるわ。留守番、しっかり頼むわよ」
「はい。いってらっしゃいませ」
セシリアがまた商談のために市場に行くので、アンジュと共に屋敷を出て馬車へと乗り込む。
収穫期に入ったので、セシリアも仕事が忙しくなり、仕事で遅くなるのが増えたので、ポールもそしてセシリアも寂しさを感じていた。
「セシリア様、今日も遅いなあ……」
暗くなってきても、セシリアがまだ帰って来なかったので、心配しながら夜空を見上げる。
仕事が忙しいのは、ポールも理解していたが、何よりセシリアの顔が見れないと、寂しくて仕方なく、満たされない気持ちになっていくばかりであった。
「セシリア様、お帰りになったわよ」
「あ、はい!」
なんて考えていると、年配のメイドに主人の帰宅を告げられ、慌ててポールも玄関に向かう。
やっとセシリアの顔が見れると、顔を明るくして、彼女を出迎えに行ったのであった。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。夕食の準備は出来ている?」
「はい。今すぐご用意出来ます」
「そう。なら、すぐ頂くわ」
と、年配のメイドと会話を交わし、セシリアが部屋へと向かう。
心なしか少し疲れている様に見えたので、ポールの不安は逆に募っていったのであった。
「セシリア様」
「ポール? 入りなさい」
夜も更けた時刻になり、ポールがセシリアの部屋に入っていくと、
「あの、セシリア様。今日もご苦労様でした」
「どうしたのよ? 何か心配そうにしているけど」
「お疲れのようでしたので……」
「今は収穫期だから、どうしても忙しくなるのよ。貴方も農家の子なら理会できるでしょ?」
「は、はい。あのー……」
「はあ……わかったわよ。来なさい」
「はい! えへへ……」
セシリアも溜息を付きながら、ベッドに座り、ポールを膝の上に乗せてあげる。
「セシリア様~~」
「あん。もう、本当に赤ちゃんなんだからあ」
ポールが膝の上に座ると、早速、セシリアの胸の谷間に顔を埋める。
この所、すっかりセシリアに甘える事に遠慮がなくなり、セシリアも嬉しくも困っていたが、
「いい加減になさい。主人にこんな事をする使用人が何処に居るのよ?」
「セシリア様は特別なんですう……」
「しょうがない子ね。甘やかせ過ぎたかしら……」
「へへ……」
そんな主人の小言も今の彼には心地よい位であり、セシリアにひたすら頬ずりして、肌の温もりを感じる。
「しょうがない子ね。でも、ポール。私、明後日からしばらく仕事で屋敷を留守にするわよ」
「え? そ、そうなんですか?」
「ええ。ちょっと新しい作物の品種の展示会に遠出するから。あなたも連れて行こうかと考えたけど、やっぱり止めたわ」
「ふえええ……セシリア様がいないと寂しいですうう……」
「くす。連れて行きたいのは山々だけど、こんなに甘えん坊じゃ、少し主人離れを覚えないと駄目ね。三日間、留守にするわ。その間、屋敷でお留守番なさい。もちろん、屋敷の敷地に出るのは駄目よ。ちゃんと他の使用人にも監視させるから」
三日……この屋敷に来てから、セシリアとそんなに離れるのは、ポールも経験がなかったので、泣きそうな顔をして、セシリアにしがみつくが、
「そういう事よ。私がいなくても、堂々と振舞えるよう、その根性を鍛えなさい。ああ、フローラもその展示会、行くみたいだから、あいつが来る心配はないわ」
そう頭を撫でながら、セシリアがポールに口にし、ポールもシュンとした顔をして俯く。
彼女と一緒に居るのが当たり前だと思っていたので、こんな事になるとは思わず、三日も我慢できるのか不安で仕方なかったのであった。
「それでは、行ってくるわ。留守中は、頼むわよ」
「はい。お気をつけて」
セシリアがアンジュとメイド一人を連れて、馬車に乗り込み、年配のメイドに留守を任せて、屋敷を後にする。
しかし、ポールは他の使用人たちと並んで見送りながら、とても寂しそうな顔をしており、今すぐ馬車を追いかけたい気分になっていた。
「セシリア様……」
夕方になり、誰もいない主人の部屋の中にポールは入る。
勝手に入ってはいけないのはわかっているが、少しでも愛する美しい主を感じていたいと、抑えきれなかったのであった。
「うう……」
ベッドに座り、彼女の羽毛の枕を抱き締める。
香水の甘い残り香を感じながら、ポールはしばらくそのまま座っていた。
「ポール! 何処に居るの!?」
「っ! あ、はい!」
セシリアの枕を抱きながら、ポールがウトウトしていると、思わず返事をする。
寝そうになっていたので、マズイと思っていたが、彼の声を聞いて、メイドがセシリアの部屋に入って来てしまい、
「ポール! あなた、セシリア様の部屋で何をしているの!?」
「す、すみません! ちょっとお掃除をしようと思って……」
「セシリア様の部屋の掃除は私が任されてるのです! あなたは勝手に入っては駄目でしょう!」
と、年配のメイドが血相を変えて怒鳴り、ポールも平謝りして、部屋を後にする。
セシリア本人であれば、ポールが勝手に彼女の部屋に入っても許してくれるだろうが、セシリア不在の今は逆に部屋に入る事は、セキュリティの問題からも許されなくなってしまい、ポールは更にセシリアとの距離が開いた事を痛感したのであった。
「あらー、セシリアも来ていたの」
「フローラ。来るって言っていたでしょう」
展示会場に着くと、父親の付き添いで来たフローラがセシリアに声をかける。
「ふふん、ポールは?」
「居ないわよ。屋敷でお留守番」
「ええ? 何で連れて来ないのよ! くると思ったのに!」
セシリアの事だから、必ずポールも同行させると思って、フローラも楽しみにしていたが、予想外の言葉に驚きの声をあげる。
「甘いわね。彼はまだ十代なのよ。今日は遊びで来てるんじゃないから、連れて来る必要は少なくともないわ」
「キイイイ……どこかに隠してるんじゃないでしょうね?」
「疑うなら調べてみれば。馬車の中にも何処にもいやしないから」
やっぱり、連れこなくて正解だったと思いながらも、セシリアも内心寂しい気持ちもあり、いきり立っているフローラを置いて、アンジュと共に会場に入る。
だが、仕事の為に数日、屋敷を留守にすることは、今後増えるため、その度に、幼い使用人を連れて来るのは、却って邪魔にしかならず、セシリアも心を鬼にして、我が子に修行させる思いで、彼女もぐっと我慢して、会場で業者の営業と挨拶しながら、会場を回っていったのであった。




