第三十五話 幼い使用人は令嬢達の事で頭を悩ませる。
「ふふ、ポール~~♪ 久しぶりー」
セシリアが招待された舞踏会に同行したポールが、会場で同じく招待されていたフローラと出会い、セシリアの後ろに付いていたポールに駆け寄る。
「あんたも来てたのね」
「招待されてるの知ってるでしょう、白々しい。いい加減、嫌味を言うの止めなさいよね」
「あんたが嫌味を言ってきてるんじゃない」
「キイイっ! 相変わらずの減らず口! そんなんだから、ポールにも口うるさいママみたいな目で見られるのよ」
と、嫌味をたっぷりフローラであったが、こんな光景にもポールは慣れてしまい、むしろ微笑ましい気分で、見つめていた。
「ふふ、ポールも大きくなった? もう何歳だっけ?」
「来年で十五歳です」
「キャー、そうなんだ。なら、そろそろ家に来る?」
「何でそうなるのよ。あんたには渡さないと何度も言っているし、彼はもう私の物なのよ。わかったら、さっさと行きなさい。色々、こっちも挨拶しに行かないといけないんだから。あんたもそうでしょう」
「ふん、良い子ぶって。それじゃ、ポール、またねー」
「あ、はい」
セシリアがフローラをしっしと追い払うと、フローラのほうも社交の仕事があったので、この場は大人しく去っていく。
しかし、まだ彼の事は諦めておらず、虎視眈々とポールを二人きりになる機会を狙っていたのであった。
(セシリア様……)
舞踏会が始まり、セシリアが他の貴族の男と踊っているのを複雑な心境で眺めるポール。
いつもの事だし、セシリアにとっても大事な仕事なのは理解しているが、それでも結婚を命令された後でも、ああやって笑顔で他の男と踊っているのを見るのは、ポールもあまり良い気分はしなかった。
「ポール、私と踊らない?」
「え? あ、その……」
華麗にダンスをしているセシリアをボーっと眺めていたポールの元に、いつものようにフローラが彼にダンスの誘いをする。
しかし、言うまでもなく、セシリアから誰とも踊るなと命令されていたので、
「申し訳ありません。セシリア様から、お断りしろと言われているので……」
「あいつの命令なんか、いつも破っているでしょう。それでもまだクビになってないんだから、良いじゃない」
「そ、そういう訳には……」
確かにフローラと過去にも踊っていたし、その度にセシリアに叱責はされていたが、解雇にはならなかったのだが、だからと言って、主の命令を破っても構わないと言う訳ではないので、彼女に手を握られても素直に頷くことは出来なかった。
「ほら、早く。レディーの誘いを断るのは失礼なのよ。いたっ!」
「あらあら、ごめんなさい。舞踏会の最中にボケっと突っ立ってたら、危ないわよ」
「あんた……」
と、また二人がにらみ合いになった所で、ポールが、
「あ、すみませんっ! ちょっとお手洗いに行ってきます!」
「ポールっ!?」
機転を利かせて、この場から足早に立ち去っていく。
自分が居ると、二人が喧嘩になってしまい、舞踏会が台無しになってしまうと考え、会場から逃げていったのであった。
「ポール。出て来なさい」
「…………セシリア様」
それから、一時間ほど経ち、舞踏会が終わったのを見計らってポールが隠れていたトイレから出て来ると、彼を探しに来たセシリアとバッタリ会う。
「全く、急に逃げちゃ駄目でしょう。使用人なら、主から、片時も目を離しては駄目。わかった?」
「はい……」
「くす、まあ私の為を思ってやってくれたんでしょうけどね」
「あーーー、居たっ!」
「む……」
ポールの頭をセシリアがなでてそう言っていた所で、フローラが大声を出して、二人の下にやってきた。
「まだ居たの? さっさとホテルに行きなさいよ」
「そうはいかないわ。よくも邪魔してくれたじゃない」
「邪魔するに決まってるじゃない。私の使用人をたぶらかそうとする女から、守るのは主の義務よ」
と、何時になくセシリアは強気な態度でフローラに言い放ち、二人が激しく火花を散らす。
二人に仲良くしてほしいという、ポールの願いであったが、彼女らは一向に聞き入れてくれる様子はなく、彼も困り果てていた。
「あのっ! フローラ様。先ほどは申し訳ありませんでした」
「別にポールに怒っていないわ。怒っているのは、そこのわからずやよ」
「わからないのは貴女の方よ。いい加減、ポールに言い寄るのは止めなさい。貴族のご令嬢がはしたないわ」
「へえ、あんたが言える立場なの? 知ってるのよ、セシリアとポールの関係」
「どう知ってるというのかしら?」
「恋仲かと思ったけど、違うんでしょう。ポールはあんたを母親みたいな目でしか見てないじゃない」
「う……」
図星を突かれて、セシリアも言葉を一瞬、詰まらせる。
結婚を約束させた事をバラしてしまおうかと思ったが、まだ早すぎると思い、セシリアもポールもどう言い訳しようか、目を合わせて考えていたが、
「とにかく、ポールは私の物なの。あんたには所有を主張する権利すらないわ。何より、この子が望んでいないんだから、ちょっかいを出さないで。行くわよ、ポール」
「あ、はい。失礼しました……」
「こらっ! ちっ、逃げられたか……」
セシリアに手を引かれて、ポールもフローラの下を立ち去り、外で待機していたアンジュの元へ戻っていく。
だが、まだフローラとセシリアの諍いは収まりそうになく、どうすれば二人の仲を改善出来るのか、まだ年少のポールには中々、思いつかなかったのであった。
「ポール、こっち来なさい」
「はい」
屋敷に戻った後、セシリアの自室に招かれたポールはいつもの様に、彼女の膝の上に乗り、セシリアに抱っこされる。
「えへへ、セシリア様……」
「ふふ、昨夜は、あなたにしてはよくやったじゃない。フローラとの誘いを断っただけでも、褒めてあげるわ」
「ありがとうございます。でも、セシリア様、フローラ様とも仲良くしてほしいです」
「まだ言ってるの? 仲良くするにしても、あいつがポールのことを諦めないと、出来ないわ。何せ、将来の夫となる子を、フローラは奪おうとしているのよ」
「はうう……」
セシリアが彼をぎゅっと強く抱き締めながら、そう言うと、ポールも更に困った顔をして言葉を詰まらせる。
自分を巡って、争っている事に、ポールも心を痛めてはいたが、ではどうすれば、二人が歩み寄ってくれるのか、彼には全くわからずにいた。
「いずれ、フローラにもあなたと結婚する事を報告するわ。でも、まだ早いわね。騒ぎになっちゃうから、出来る限り、直前まで口外は避けるわ。特にフローラなんて口が軽いんだから、言い触らすに決まってるんだし。そしたら、もう抱っこもしてあげられなくなるわよー」
「うう……それは困りますう……」
と、セシリアの胸に顔を埋めながら、ポールが泣きそうな顔をして、彼女に甘える。
だが、ポールもフローラとこれ以上、仲をこじらせてほしくはなかったし、フローラの事は嫌いではなかったので、もしセシリアと結婚する事を彼女に話すと、自分も嫌われてしまうのではと恐れてしまい、彼女らの仲を修復させる方法が結局、思いつかずにいたのであった。




