第三十四話 主様に結婚を命じられる使用人
「ふうう……中々、難しいわね」
ある日曜日の昼、屋敷の敷地内でセシリアが購入した自動車の運転の練習をするが、あまり上手く行かずに苦戦していた。
フローラはセンスがあるのか、すいすい運転していたので、自分が上手く出来ないのが、セシリアも余計に悔しく感じて歯痒く思っていた。
「セシリア様ー」
「ん? あら、ポール」
運転席で少しうなだれていたセシリアにポールが駆け寄って声をかける。
「ここにいらしたんですね」
「ええ。あなたは、庭掃除をしてたんでしょう?」
「はい。えへへ、どうですか、運転の方は?」
「ちょっと難しいわね。あなたを乗せて、色々な場所に連れて行きたいんだけど、そう簡単には行きそうにないわ。悪いわね」
「いえ、ご無理をなさらずに……」
自分の為に、車の運転を一生懸命やっているのかと思うと、ポールも胸が熱くなると同時に、申し訳ない気持ちにもなる。
本当なら、自分が運転して、セシリアを送迎したり、色々な場所に連れて行きたいのに、年齢的にまだ不可能なので、それが出来ないのが歯痒かった。
「そんな目をしないの。あなたには、後、何年かしたら、運転を任せるから、今は私を頼りなさい」
「すみません……」
「ふふ。こっち座る?」
「はい」
セシリアが助手席に座るよう促すと、ポールも猫のようにひょこっと座り、ふかふかのシートの感触を感じて、これが最新の高級車かと感心する。
かなり高価な車だったので、パワーも内装もかなり凝っていたが、それだけに運転も中々難しい物であり、やはり専属の運転手を雇った方が良いのかと、セシリアも考えていた。
「あなたにもいずれ車を買うわ。数年後にはもっと良い車が出るでしょうし、その時はしっかり運転をマスター出来るようになさい」
「はい。えへへ……僕もいずれ、セシリア様を車に乗せたいです」
数年後――後部座席にセシリアを乗せ、自分が運転する姿を想像して、胸を膨らませるポール。
仮にも男の子だったので、車に対する憧れは強く、セシリアに買ってもらうのを楽しみにしていた。
「あなたにしては随分と積極的じゃない。ほら、ここに乗りなさい。狭いけど」
「へへ……セシリア様~~」
座っていたセシリアの膝の上に乗り、ポールも嬉しそうに彼女の胸に顔をうずめる。
彼女に乗って抱っこされるのは、今やポールの一番の楽しみで癒しの時でもあり、これを生きがいにしている程であった。
「あなたも本当に甘えん坊ね」
「セシリア様が好きなんですう」
「あら、言うじゃない。なら、私を将来、嫁に貰ってくれる?」
「えっと……」
セシリアに抱き締められながらそう言われ、ポールも一転して言葉を詰まらせる。
彼女と結婚したい気持ちはもちろんあるが、自分は庶民でしかなく、使用人でしかないので、貴族のセシリアとの結婚など本当に良いのかと言う気持ちもあった。
何より、セシリアはポールにとっては母親や女神のような存在であり、尊い存在であったので、結婚など恐れ多くて想像も出来なかった。
「どうなのよ? 好きなんでしょう?」
「僕なんかで良いんでしょうか?」
「私が良いと言ったら、それがすべてなのよ。嫌なの?」
「うう……嫌じゃないですう……」
と言うが、ここまでストレートに迫っても、ポールは素直に返事をせず、セシリアも段々、イラついて来る。
彼が自分に好意を抱いている事に、セシリアも疑ってはいなかったが、自分に対する好意が、恋愛の感情とは微妙に違う事にも気付いており、どうすればポールが一人の女性として見てくれるのか、逆に頭を悩ませていた。
「全く。じゃあ、十八歳になったら、私と結婚よ。命令」
「ええ? でもお……」
「拒否する気? 使用人なら、主の命令は絶対と言ってるでしょう?」
「でも、でも……」
「でも、何なの? 言いたい事があるなら、ハッキリ言いなさい」
「結婚したら、セシリア様に抱っこしてもらえるんですか?」
「はあ……」
思いもよらぬ事をポールに言われ、セシリアも溜息を付く。
ここまで迫っても、自分との結婚に乗り気がしない彼を見て、純粋すぎる彼に諦めの気持ちも見えたが、もう強引に行くしかないと、セシリアも覚悟を決め、
「なら、私が他の男と結婚してもいいの? したら、もう抱っこも終わりよ」
「それは! 嫌です!」
「ふふ、そう。なら、結婚まではしてあげるから、それで我慢なさい。私の夫となったら、一人前の男として振舞ってもらうから」
「はい……」
とセシリアに言われるが、ポールもイマイチ乗り気がしないまま頷く。
自分の大きくなればセシリアをリードして、使用人として彼女に尽くしたい気持ちはあったが、彼女と肩を並べる自信はなく、それ以上にセシリアと対等な夫婦関係を築くのは想像できなかったし、違和感もあった。
自分みたいな平民が彼女と対等になれるのか――そんな不安が頭を過ぎり、素直に喜べなかったのであった。
「あなた誕生日はいつだっけ?」
「十月十五日です」
「なら、四年後のその日が結婚の日よ。良いわね?」
「え、ええっ!? そんな急に……」
「急じゃないわ。四年先だって言ってるじゃない。ほら、誓いのキスよ」
「え……んっ!」
セシリアに一方的にプロポーズされた挙句、結婚式の日まで決められ、困惑していたポールにセシリアが一気に唇を重ねる。
「んっ、んん……」
彼女との何度目かのキスであったが、セシリアのキスをして、ポールも息を詰まらせていたが、嬉しさよりも不安の方が大きかった。
「ん……くす、これであなたは私の伴侶よ。良い? 命令だからね」
「はい……」
セシリアが顔を離すと、動揺していたポールにそう宣告し、彼も力なく頷く。
ポールはセシリアの事は誰よりも愛していたし、彼女の為なら本当に何でもしたいと思っていた。
しかし、夫となる事まで自分が望んでいるのか、疑問に思っており、彼女のプロポーズを素直に受け止めて良いのかとずっと悩んでいた。




