第二十七話 ご主人様のねだったプレゼント
「ポール! 銀食器はちゃんと二度拭きなさいと、言ってるでしょう! まだ黒ずんでいるじゃない! ちゃんと細かい所は重曹につけて、」
「は、はい」
とある日の午後、ポールはアンジュに銀食器の磨き方を教えてもらっていたが、予想以上に難しく、手間がかかるもので、アンジュに度々叱責されながら、膨大な量の銀食器を他のメイドと共に磨いていく。
普段はセシリアしか使わないが、晩餐会を催す為の来客用の銀食器が膨大にあり、それを磨くのはかなりの一苦労であった。
「アンジュ様、これで宜しいでしょうか」
「どれ……うん、オッケーね」
メイド達が次々と銀食器を磨き終わり、その都度、ハウスキーパーのアンジュが入念にチェックして、丁寧にしまっていく。
ポールも終わる頃には、グッタリしており、予想以上の労力を要する作業だったので、下手な力仕事より疲れてしまっていた。
「くす、お疲れ様、ポール」
「セシリア様」
廊下を歩いていると、セシリアとバッタリ会い、ポールも軽く会釈する。
「銀食器を磨いてたのね。あれ、思ったより大変でしょう。私も昔、少し手伝った事あるけど、結構面倒なのよね。量も多いし」
「い、いえっ! 確かに大変でしたけど、セシリア様が使うのですから、当然です」
まさか、セシリアもやった事があるとは思わず、ポールも思わず恐縮してしまう。
(そうだ、セシリア様が使うのだから、常に綺麗にしないと……)
彼女の使う食器に汚れなどあってはならないと、セシリアの笑顔を見て改めて思い、ポールも
「ふふ、まあ私はあまり気にしないけどね。銀食器って、結構使いにくいし。そうだ、ちょっと話があるんだけど、良い?」
「はい」
セシリアがポールに部屋に来る様、命令すると、ポールも即座に彼女の後を付いて行く。
「ほら、来なさい」
「はい。へへ」
いつもの様にセシリアがソファーに座ると、ポールも彼女の膝の上に乗る。
もはやこんな光景もお馴染みになってしまい、ポールも完全に身も心もセシリアに委ねており、彼女に抱き締められている、この瞬間こそ、ポールが最も幸せを感じる瞬間であった。
「ふう、本当に赤ちゃんみたいね、あなた」
「駄目ですか?」
「駄目よ。そんな年齢じゃないでしょう。全く、あなたは使用人なのよ、あくまで。こういうのは特別なんだから」
と、最近、遠慮がなくなってきているポールに苦笑しながらも、セシリアも彼の頭を撫で、逆にハグを強くしていった。
「そうだ。あなた、私の喜ぶことをしたいんでしょ?」
「はい。何でも言ってほしいです。でも、僕、お金がないので……セシリア様のお好きな物、何かプレゼントしたいですけど、」
この前、フローラと話した事を全てポールはセシリアに話し、好きな物をプレゼントしたいと彼女本人も話していたので、何かと思っていたが、今のポールの給料で、買えるような物はなく悩んでいた。
いかに、ポールがセシリアにこうして可愛がられているとは言え、給与が特に優遇されている訳ではなく、新人で最年少の彼の給料は使用人たちの中で一番低かった。
責任者のアンジュはそこらの貴族では払えないような相当な額の給与を貰っていたが、彼女の地位に登り詰めるのは、最低でも十年以上はかかると言われていたので、セシリアにふさわしい高価な物を今の彼が買うのは不可能であった。
「ふふ、なんでも構わないわよ。何なら、庭に咲いているその辺の花でも嬉しいわ」
「はう……でも……」
「でもじゃないでしょ。プレゼントってのは気持ちなの。そりゃ、高価な物を貰えれば嬉しいけど、 今のあなたにそんな事を期待する訳ないでしょう」
と優しく言ってくれたが、仮に今のセシリアの言葉が本心であっても、ポールは何か釈然としない物があった。
しかし、実際問題、ポールも自由に使えるお金があまりなく、実家に仕送りもしないといけないので、セシリアの好きな物を贈れるのはいつになれるかと考えれば考えるほど、気が遠くなっていった。
「くす、しょうがないわね。プレゼントって言うか、頼みたい事があるんだけど、良い?」
「何ですか?」
「あなた、料理出来る?」
「料理ですか? 家に居る頃は手伝ってましたけど」
「なら、ポールが実家に居る時に、食べていた食事が食べたいわ。それを作って」
「えっ!? で、でも……」
思いもよらぬ事をセシリアに頼まれ、驚いて声を上げるポール。
しかし、セシリアはなおも彼を抱き締めて、
「でもじゃないの。命令よ。普段、農家の人達が、どんな物を食べているか知りたいの。今後の為にもね」
「ですが……」
彼が実家に居た時に食べていた物は、当然ながら粗末な物ばかりで、パンとスープに、野菜の煮物などで、肉はたまにしか食べられず、セシリアの口に合う物ではなかった。
それに、セシリアには常に豪華なドレスを着て、高級な料理を食べてほしかったので、ポールもそんな粗末な料理は彼女の口に合わないと考えていたが、
「使用人たちの賄いは前に何度か食べたけど、あんな感じ?」
「いえ……」
ポールら、使用人の食事も豪華ではなかったが、それでも肉や魚はたまに出るし、パンもかなり実家に居た頃よりは良い物だったので、とてもセシリアに食べさせたくないと、首を横に振るが、
「とにかく、頼むわ。明日にでも作ってくれない?」
「明日ですか?」
「ええ。明日は、雇っているシェフが家に来れないの。だから、外食しようと思っていたんだけど、何ならあなたが作ってくれないかしら」
「はうう……わ、わかりました」
そこまで頼まれたら、仕方ないと、渋々ながらも頷く。
「お、お待たせしました……」
「どうも。ふーん、これがそうなの」
翌日、言われた通り、ポールが実家に居る時に食べていたパンやスープ、じゃがいもとソーセージの蒸かした物を差し出す。
これでも、かなり良い方ではあったが、ポールは何だか恥ずかしくて、顔を赤らめていた。
しかし、普段セシリアが食べている高級料理を彼が作る事は出来ないため、これが彼の精一杯であった。
「じゃ、いただきます」
「うう……」
興味深そうにセシリアが眺めた後、ポールの作ったスープをすくって飲む。
「ふーん、こういう物なんだ。味、薄いわね」
案の定、そこまで美味しい物でなかったが、それでもセシリアはポールが作ってくれた物なので、嬉しそうに食べていた。
「苦労かけてるわね」
「い、いえっ!」
セシリアが色々な意味をこめて、ポールにそう言い、彼もピンっと背筋を伸ばして一礼する。
ポールの家の畑はセシリアが所有している土地を借りている為、セシリアに小作料を払っており、多くの小作人を抱えている彼女は莫大な小作料や事業者に貸してる地代に農園の収入で生計を立てていた。
農民達から徴収している小作料は不当に高い料金ではないが、自分のせいで、ポールが貧しい暮らしていた事にセシリアも少し気を咎めていた。
しかし、ポールはそんな彼女の気持ちに気付く事はなかった。




