第二十六話 貴族の令嬢は奔放に生きていく
「ふう……」
よく晴れた平日の午後、ポールはいつもの様に屋敷の庭の草むしりに勤しむ。
セシリアの屋敷の敷地は広い為、常に手入れが必要で、常勤の使用人では数少ない男手のポールの大事な仕事でもあったのだ。
「あ、この花、綺麗だなあ」
草むしりをしている間に、紫色の咲き誇るアイリスの花を見つける。
綺麗な花ではあったが、綺麗と言えば、主のセシリアを即座に連想してしまい、顔が真っ赤になる。
今や何かとセシリアの事を意識してしまい、彼女の事を考えると胸が高鳴るばかりであった。
「セシリア様に似合うかな……」
この花を摘んで、セシリアにあげれば喜んでくれるかと考えたが、勝手に庭の花を摘んだら、怒られるのではないかとも思い、じっと眺めながら迷う。
セシリアの喜ぶ顔が見たい――彼女の常に気品の溢れる笑顔を見るたびに、今やポールは胸が熱くなってしまい、セシリアのすべてが愛おしく感じてしまう程であり、とにかく何か出来る事はないのかと考えていた所、
プップーっ!
「っ!?」
「はーい、ポール~~」
「フローラ様」
何か汽笛のような奇妙な音が聞こえてきたので、何事かと顔を上げると、フローラが自動車に乗って、敷地の脇にある林道におり、彼に手を振っていた。
「ふふん、また来たわよ」
「あの、セシリア様は今、ちょっとお出かけしてまして……」
「セシリアなんかどうでも良いのよ。ポールに会いに来たんだから♪」
「は、はあ……」
自動車から降りて、屋敷の柵を軽々と飛び越えたフローラが、ポールの前にひょっこりと顔を出す。
貴族とは思えない、彼女のやんちゃっぷりに、ポールも苦笑してしまったが、そんなフローラの行動にももう慣れてきてしまい、逆に羨ましく思えてしまった。
「何か、ニヤニヤしていたけど、何を考えていたの? もしかして、私の事、考えてくれてた?」
「い、いえ……セシリア様の好きな物って何なのかなって思ってまして」
「セシリアの? まさか、あいつに何かプレゼントする気? もう誕生日もとっくに過ぎてるわよ」
「いえ、何となくって言うか、ちょっと気になって。フローラ様、ご存知ですか?」
「あいつの好きな物ね。狩猟は結構好きだった気はするわ。後、バカンスとか、オペラの鑑賞とかも好きみたいな事も言ってたわね。昔はバイオリンも習ってたわ」
従妹で付き合いが長いフローラなら、セシリアの好きな物を知っているだろうと、訊ねて見ると、貴族の令嬢らしい趣味を色々と並べていく。
が、自分がプレゼント出来そうな物はなかったので、あまり参考にはならず、こんな花をあげたくらいで喜んでくれるとは思わなかった。
いや、あげれば『嬉しい』と言ってくれるだろうが、お世辞ではなく、心から喜んでくれるものをプレゼントしたかったのだが、今の自分ではとても買える物ではないのは明らかであり、
「何か悩んでいるみたいね。何かあったの? ふふ、セシリアの弱みを握るチャンスだから、お姉さんにこっそり教えて」
「な、何も……いえ、この前、縁談があったんですけど、セシリア様、すぐ断ったんです」
「何だ、そんな事。また断ったんだ。さっさと結婚しちまえば良いのに。そうすれば、あの女もちょっとはしおらしくなるだろうに」
と、自分のことをまるっきり棚にあげて、フローラが溜息を付きながら言う。
そう言えば、フローラもまだ独身だった事を思い出し、
「あの……フローラ様は、まだご結婚は……」
「ポール、一つ忠告しておくけど、レディーに結婚しているかどうかを訊くのは、とっても失礼な事なの。私だから大目に見るけど、以後、気をつけるように」
「も、申し訳ありません!」
フローラがビシッと指差して、ポールに釘を刺すと、ポールも深々と頭を下げて、謝罪する。
奔放に見えても、礼儀には厳しいのだと、ポールも思い知り、失礼な事を聞いてしまった事をひどく恥じていた。
「アハハ、まあ気にしないで。縁談は良く来るけどね。お母様が、若い内にしか出来ない事がいっぱいあるから、色々としておけって言ってるのよ。結婚して、家庭を持ったら、こうやって遊び回れないしね」
「はあ……」
気さくに笑いながら、フローラがそう言い、意外そうな顔をしてポールも頷く。
「言っちゃなんだけど、結婚なんていつでも出来るのよ。私、こう見えても容姿には自信あるし。舞踏会でもモテるのよ。黙っていても誘いが来るわ。でも、貴族や王族なんかと結婚したら、色々と人間関係面倒なのよね。何なら、ポールが貰ってくれる? 面白そうだし」
「そ、そんな急に言われましても……」
セシリアに続き、フローラにまで求婚されてしまい、冗談でもまともに返事が出来ず、困っていると、
「くす、まあ考えておいて。セシリアが絶対悔しがると思うから。んじゃ、あいつが帰ってくる前に、私はこれで。まったねー」
ポールの頭を軽くなでた後、フローラが柵をまた飛び越えて、外に止めてあった自動車を自分で運転して、屋敷を去る。
何時の間に車の運転の仕方を覚えたのかと、感心していたが、フローラの言葉を思い出して、ぼんやりと考え込む。
セシリアとフローラはいがみ合っているが、それでも血の繋がった従姉妹同士なので、考えている事は似通っているのか、結婚をあせっている様子はなく、今しか出来ない事を謳歌しているのは共通していると思っていた。
「ポール~~」
「な、何でしょう?」
屋敷に戻ると、セシリアがポールを睨みつけながら、彼に迫って来た。
「正直に答えなさい。あなた、さっき屋敷で何をしていた?」
「草むしりと庭の掃除を……ひっ!」
咄嗟にそう言い訳すると、セシリアが胸倉をつかみ、
「嘘付かない方が良いわよ。裏の林道に、車輪の跡が続いていたの。まさかとは思うけど、フローラと密会していたんじゃないでしょうね?」
「み、密会なんかしてないです! ちょっとお話してだけですから!」
「やっぱり! んで、何を話していたのか、洗いざらい吐きなさい」
「はい……」
セシリアに尋問され、先ほどのフローラの会話をすべて彼女に話す。
「ふん、そんな事を。叔母様、確か、私にも同じ事を言っていたわね」
「はい……」
フローラの母、セシリアの叔母は、彼女にもフローラと同じ事を言っていたのかとポールも意外に思い、
「まあ、叔母様の言いつけ通りにやってるわけじゃないけど、私は今、好きなように生きたいだけよ。ふふ、今日は正直に言ったみたいだから、お仕置きを大目に見てあげるわ。だから、あなたも余計な心配はしなくて良いわ。あなたの許しなしに結婚することはないから」
「は、はあ」
ポールを安心させるようにセシリアがそう力強く言い、ポールも彼女の言葉を聞いて安堵する。




