第二十三話 貴族の令嬢達にも出来ないこと
「セシリア様、おかりなさいませ」
「ただいま。良い子にしていたポール?」
「はい。えへへ……」
町に出かけて商談を終えたセシリアがアンジュと共に屋敷に戻り、ポールが嬉しそうに主を出迎えると、セシリアもまるで母親の様に幼い使用人の頭を撫でて、ポールも幼子みたいに微笑む。
傍から見れば、親子みたいな微笑ましい姿であったが、セシリアはポールと母子みたいな関係になりたい訳ではなく、最近は特に自分に対して母親みたいに懐いているポールに少しだけセシリアも不満を抱いていた。
「ポール、ちょっと付いて来て」
「はい」
セシリアがそう命じると、ポールも嬉しそうに主の後を付いてくる。
完全にセシリアに気を許していたポールは、むしろ彼女が何をしてくれるのか、浮かれた気分になりながら、一緒に部屋に入っていったのであった。
「ポール、ちょっとこれを見て」
「何ですこれ?」
「通販のカタログよ。通信販売。わかる?」
「はあ……」
町に出たついでに貰ってきた、通信販売のカタログをポールに手渡し、初めて見るカタログを開いて見ると、色々な玩具や衣服、日用品に、食料品、ジュースや酒のセットなどの写真、イラストが掲載されていた。
しかし、ポールはどれもピンと来ず、そもそも書いてある事も小難しくて理解出来なかったので、欲しいと思う物も特に見当たらなかった。
「欲しいと思う物はある?」
「いえ、特には」
「本当に? 正直に言って良いのよ」
「ありません。本当に」
「そう……じゃあ、私に何かして欲しい事ない?」
「えっと……それじゃあ、膝の上に乗せて抱っこしてください」
「んもう、しょうがないわね。ほら、乗りなさい」
「えへへ」
セシリアの膝の上に乗りたいと言うと、セシリアも苦笑しながら、ソファーに座り、ポールも幼子の用に彼女の膝の上に乗る。
彼女の膝の上に乗って、抱き締められると、ポールもとても心が安らぎ、母親に抱かれる赤子の様な気分になって、セシリアに身を委ねていたのであった。
「はあ……あなた、本当に甘えん坊ね。家に居る時、自分のお母様に対しても、いつもこうしていた訳?」
「小さい頃はしてもらいましたけど、十歳位になったら、自然にしなくなりました。でも、セシリア様とこうするの大好きです」
「くす、ありがとう。でも、ポール、私はあなたのママじゃないの。あくまでも、主であり、ポールは私の為に尽くさないといけないの。わかる?」
「はい、もちろんです」
「理解してるのかしら? ママは子供の面倒を見ないといけないけど、あなたは使用人だから、本当は私の身の回りの世話をしないといけないのよ。だから、私達は親子じゃないし、ママではないの。あん、もう」
と、自分に甘えてくるポールにセシリアが穏やかな声で諭すが、ポールは構わず彼女の胸に顔を埋めていく。
すっかり、心も体もセシリアに気を許してしまい、二人きりの時は遠慮なく甘えてきていたポールが愛おしくも感じたが、同時に少しだけ不満もあった。
「あなたは、物欲がないわね。もっと、我侭言っても良いのよ」
「十分、言ってます。セシリア様に、こうやって甘えてますし。嫌ですか?」
「嫌じゃないわ。むしろ、うれしい位。でもね、ポール。私をママみたいに思っちゃ駄目よ。あなたのお母様になりたい訳じゃないの、私は」
「はあ……」
そう言うと、ポールはキョトンとして首を傾げるが、こうやって甘えられるのが嫌なのかと思い、ポールもちょっと悲しい気分になっていた。
しかし、セシリアはまだわからないかと諦め気味の顔で溜息を付き、
「くす、もう良いわ。仕事に戻りなさい」
「はい」
「あ、その前に。んっ……」
「んっ!」
セシリアの膝の上から立ち上がったポールの手を引いて、一気に唇を重ねていく。
「んっ、んくう……んっ、ちゅっ、んんっ! はあ……」
いつも以上に濃厚にセシリアが唇に吸い付いた後、ポールの頭を撫でて、退室を促すと、ポールもポカンとした顔をして、一礼し、フラ付きながら、セシリアの部屋を後にする。
挨拶代わりのキスではない、濃厚なキスをされて、ポールも刺激的過ぎて、脳が蕩けてしまったが、彼女の意図はよく理解出来ないまま、持ち場へと戻っていったのであった。
「セシリアー、ポール居る?」
「あんた、よっぽど暇なのね。少しは叔父様たちの仕事、手伝ったら?」
翌日、性懲りもなく、フローラがセシリアの屋敷にまた押しかけ、ポールに会いに行くと、もう追い出す気力もなくなったのか、セシリアも溜息を付いて、自ら玄関に出て、従妹の応対をする。
「手伝ってるわよ。事務の仕事や、お父様の営業の付き添いとかもやってるんだから」
「ふん、お気楽なもんね。叔父様も叔母様も大変だわ。あんたみたいな、生き遅れの娘がいつまでも屋敷に居ついて」
「あんたに言われたくない!」
「私は、この家の当主なの! もう帰って! あんたに出すお茶なんかないわ!」
「お、お二人とも……玄関で、はしたないですよ」
フローラとセシリアが子供みたいな口論をしているのを見て、アンジュも堪らず、止めに入る。
「ふん、ポールなら居ないわ。残念だったわね」
「あら、遂に解雇したの?」
「そんな訳ないわ。ちょっと気晴らしも兼ねてお使いを頼んだの」
「ふーん……じゃあ、私、帰るね」
「なら、近くまで送っていくわ」
「良いわよ! てか、勝手に乗らないで!」
ポールに会いに行くのが見え見えだったので、フローラの車にセシリアも乗り込む。
「あんた、自動車買ったんだ。凄いわねー、叔父様の財力」
「本当なら、あんたなんて乗せたくないんだけどね。でも、いつの日か、この自動車が馬車に変わる筈よ。その時の為に、ポールにも自動車の運転の仕方、覚えさせたいの。ふふん、ちゃんと彼の将来の為にね」
「ふーーん、そいつは結構な事ね」
車に乗りながら、セシリアとフローラが後部座席に乗って、そんな話をするが、自動車を買ってあげればポールは喜ぶかとふと考えていた。
まだ普及しはじめだったので、とても高価ではあったが、セシリアの財力なら買えない事でもなかったので、後部座席が馬車より狭く、舗装されてない道路のため、揺れていたのがネックであり、セシリアはどうも自動車が好きになれなかった。
「あ、止めて。ちょっと降りるわ」
「何よ」
「イヒヒ……ほら、あれ」
町に入り、フローラが車を止めて降りたので、何事かとセシリアも一緒に降り、フローラが指差した先を見ると、ポールが紙袋を持って歩いてるのが見えた。
「きゃー、ポールよ。可愛いわね、やっぱり」
「よく見つけたわね……付いてきて良かったわ」
たまたまポールを発見して、フローラも浮かれて声をかけようと近寄った所で、
「あ、ポール!」
「? ハンナ」
「「えっ?」」
フローラが声をかける前に、学校帰りのハンナがポールとバッタリ対面し、ハンナも嬉しそうにポールに近づく。
「えへへ、しばらくぶり! 元気してた?」
「うん。ハンナは学校帰り?」
「まあね。あー、ポールちょっと大きくなった? へへ、久しぶりに会えて嬉しいなあ」
と、ポールとのしばらくぶりの対面をハンナも心から喜び、ポールもハンナと会えて、嬉しそうに話し込む。
同年代の友達と会うのがしばらくぶりだったので、ポールもすっかりハンナと話し込み、
「ちょっと、あの子、誰よ?」
「ポールの友達……迂闊だったわ。あの子の事、忘れてた」
最近、フローラに付き纏われて、彼女に気をとられていたので、ハンナの存在をセシリアも忘れており、自分達に見せた事のない、気さくな彼の笑顔を見て、言い知れぬ嫉妬心を二人の貴族の令嬢も抱いていた。
「あ、私、もう行くね。またねー」
「うん」
ハンナと別れた後、ポールも手を振って彼女を見送り、屋敷へと戻る。
しかし、すぐ後、
「ポール~~」
「え? せ、セシリア様にフローラ様! どうしてここに?」
「ふふ、さあね。良いから、ちょっとお姉さんたちに付き合ってくれるー?」
「え、あの……」
背後からセシリアとフローラがドス黒いオーラを発しながら、ポールに声をかけ、彼を車に押し込んでいく。
訳もわからないまま車に乗せられ、そのまま屋敷に戻っていったのであった。




