第二十二話 女の主様は使用人の欲しい物がわからない
「ふふん、ねえ、ポール?」
「はい?」
ベンチの隣に座っていたフローラが腕をがっしりと組んで、彼に寄り添いながら、
「セシリアの事、どう思ってるの? 本当の所を聞かせて」
「とても素晴らしい人だと思ってます。僕の事も、良くしてくれますし……」
「そうじゃなくて、恋愛の対象としてみているかって事よ」
「え、ええっ?」
と、ストレートにフローラに訊かれてしまい、動揺して顔を赤くする。
セシリアをそういう目で見ているかは、特に意識してなかった筈だが、好きか嫌いかで言われれば間違いなく好きだし、出来ればと思っていたが、貧しい農家出身の使用人に過ぎない自分がそんな関係になるなど、まだ躊躇いもあったので、とても本人の前では言えなかった。
「私の目の前で、よくそんな事聞けるわね。相変わらず、おかしな神経した女だこと」
「あんた目の前だからこそ、ポールがどんな反応するか、見てみたかったのよ。ふーん……どうやら、この女の色香に惑わされてるみたいね。何て、いやらしい女なのかしら。従妹として恥ずかしいわ」
「そうね。恥ずかしいわ。だったら、さっさとそんなはしたないおばさんの私から、さっさと消え去りなさい。高貴なフローラの血が汚れてしまうわ。シッシッ!」
「きいいい! 懲りない女ね。でも、見てなさい。あんたより、私の方がこの子の主に相応しいと言う事を、見せてやるわ」
「結構。どうせ、碌な事しないんでしょうし、ポールは私の虜になってるの。あんたに付き纏われて迷惑してるってのがわからない。ねー?」
「えっと……はい……」
セシリアに足を抓られながら、そう聞かれたので、目を泳がせながらも、渋々頷く。
正直に言うと、フローラに迷惑している部分もあったが、少なくとも悪い人ではないと思っていたので、彼女と話すのも嫌ではなかった。
「今のが彼の本心のつもり? あんたが命令で無理矢理言わせてるんじゃない。良いわ、ちょっと町まで行きましょう」
「ふん。まあ、付き合ってやるわ。暇だし。その代わり、アンジュとあんたのお付のミアも一緒よ。ポールだけじゃ、不安だし。一旦、ホテルに戻るわよ」
いつも以上にしつこいので、いい加減、ポールがフローラの所に行く気などないとハッキリとわからせて諦めさせようと、セシリアも彼女に付き合う事に方針を転換したのであった。
「んーー、良い服がないわね」
チェックアウトを済ませた後、フローラとセシリアがそれぞれお付きのメイドである、ミアとアンジュを引き連れながら、町の高級ブティックに繰り出し、豪華なドレスを物色していく。
フローラとセシリアが着る様なドレスは全て、ポールのような貧しい農家出身の人間が買えるような値段ではなく、よくこんな物を着られるなと感心しながら、憮然とした顔をしていたセシリアの後を付いて行った。
「ねー、ポール。何かほしい服はない? 私が買ってあげるわよ」
「え? いえ、無いですけど……」
「本当? そんな貧相なスーツじゃ可哀想ね。昨日の燕尾服はどうしたの?」
「普段、そんな高価な服を着せる必要は無いわ。燕尾服は、あくまで舞踏会に同行する時に着させるけど、力仕事とかもさせるんだから、動きやすい服にさせるのは当たり前じゃない」
「言うじゃない。使用人の服もまともに用意してあげないの? ねー、遠慮なく言ってごらん、ポール~~」
パチンっ!
「いたっ! また、人の手をっ!」
ポールの手を握ろうとしたフローラの手をセシリアがまた払い除ける。
しかし、もうそんなやり取りも慣れてしまったのか、ポールも苦笑しており、フローラのメイド長のミアも困った顔をしながらも黙っていた。
「ふん、わかったでしょう? この子を物で釣ろうとしても無駄なの」
「どうかしらー? ポール、今度はあそこ行きましょう」
「は、はい」
何やら意味深な笑顔を見せながら、フローラが今度は近くにある別の店へと向かう。
「ふふ、どうかしら、ポール?」
「うわあ……」
フローラが向かった店は、高価な玩具が売られている玩具屋で、フロントガラス越しにしか見たことの無い模型や人形などが陳列され、ポールも目を輝かせる。
ポールは貧しい家だったので、誕生日でもプレゼントなどは殆ど買ってもらえず、同じクラスの子が高価な玩具や自転車などを買ってもらってるのを見て、とても羨ましがっていた。
「玩具でも、自転車でも何でも買ってあげるわよ」
「ちょっと、人の使用人を物で釣るの止めなさいって言ってるでしょう」
「だから、あんたに聞いてるんじゃないの。ポールに欲しい物ないか聞いてるのよ。ほらほら、何でも言って」
「あの……」
フローラが目を輝かせながら、ポールにそう迫るが、彼も困った顔をして言葉を詰まらせる。
正直に言うと、欲しい玩具はいっぱいあり、自転車も欲しいのだが、それをここでフローラにねだるのは流石に気が引け、言う事は出来なかった。
「欲しくないって。ほら、もうこの話は終わり」
「あんたに聞いてないの。全く、愛する使用人に玩具も服も何も買ってあげない気?」
「必要ないから。さあ、もう帰るわよ! こんな所で油売ってる暇ないわ!」
フローラの指摘にムッとしたセシリアはポールの手を引いて、店を出る。
彼女に言われて、確かにポールに何かプレゼントしたりしてなかったが、そもそもポールが何か欲しい物をねだったりしなかったので、考えもしなかったのであった。
「くす、まるで親子みたいね。セシリアって口うるさいママみたい♪」
「うるさいっ!」
と、フローラに嫌味を言われたが、ポールにも母親みたいと言われたので、カチンとセシリアも来てしまい、イライラしながら、馬車に乗り込み、屋敷に戻っていったのであった。
「ポール、ちょっと良い?」
「はい?」
屋敷に戻った後、セシリアはポールを部屋に呼び出し、ポールも何事かと部屋に入ると、
「あなた、何か欲しい物ある?」
「え? 無いですよ」
「本当? さっきの玩具とか欲しいのなかった?」
「いいえ、ありませんよ」
「そう……正直に言って良いのよ。何でも言って」
「何もありません。セシリア様と一緒に居られれば十分ですから」
「まあ、可愛い事言っちゃって。お仕置きに今日は一緒に寝るわよ」
「へへ……はい」
と、ポールを抱きしめながら、そう告げるセシリア。
ポールが甘えてくれた事は素直に嬉しかったが、彼の本当に欲しいものがわからず、彼女の悩みは深まっていったのであった。




