第二十話 愛するご主人様のお仕置きはやっぱり厳しくない?
「セシリア、また来たわよ」
「追い出しなさい」
「は、はい」
バンっ!
ある朝、フローラがセシリアの屋敷に押しかけて来たので、セシリアの命令通り、アンジュがドアを閉めて、フローラを締め出す。
「ちょっと、入れなさいよ! セシリア、あんた仮にも従妹である私をこんなに邪険に扱って、ただ済むと思ってるの!?」
「うるさいわね! 従姉妹だからって、ウチの屋敷にしつこく押しかける方が失礼じゃない! 大体、あんたの話なんか聞く暇ないわ。今から、晩餐会に行かないといけないんだから、邪魔するなら、警察を呼ぶわよ!」
「晩餐会ですって? だったら、私も招待されてるわ。一緒に行きましょう」
「冗談じゃないわ。あんたは歩いて行きなさい。それか、大好きな自動車でも使って、一人で行けば良いじゃない」
「ええ、タクシーなら既に待機させてるわ。ポールも一緒に同行させるから、呼んで来て」
「はああ……連れて行く訳ないでしょうが。招待されてるなら、さっさと会場に行きなさい。ポールは今日も同行させるから、それで我慢なさい。わかったら、さっさと消える」
「はーい。やったー、今夜はポールに会えるのね。じゃあ、またねー」
いい加減、セシリアも根負けしてしまったのか、投げやり気味にフローラにそう言うと、フローラも嬉しそうにはしゃいで、ようやく立ち去り、外に待機させていたタクシーに戻る。
「全く、あの女もしつこい……」
「セシリア様?」
「ポール、居たのね。今夜の晩餐会、聞いたとおり、フローラも来るから。あいつに誘われても、絶対に断りなさい。いいわね? 破ったら、今度は本当に鞭打ちにしてやるんだから、覚悟なさい!」
「は、はいい……」
騒ぎを聞きつけてやって来たポールにセシリアはそう厳命し、ポールもいつになく厳しい事を鋭い口調で言われたので、背筋をピンと伸ばして、返事する。
しかし、どんな形であれ、セシリアもフローラをポールと顔を合わせる事を許してくれたのは、彼女なりの妥協なのだと理解し、ポールも苦笑しながら、晩餐会の準備をしていったのであった。
「どうぞ」
夜になり、セシリアはアンジュとポールを引き連れて、招待された晩餐会の会場である城へと向かい、招待状を見せて、中に入る。
最初は緊張したポールであったが、もう何度目かの貴族の晩餐会なので、だいぶ雰囲気にも慣れてしまい、着飾ったセシリアの美しさに見とれながら、彼女の知人達の挨拶をアンジュと共にこなしていったのであった。
「あーん、ポール、来たのね。嬉しいわ」
「ふ、フローラ様。こんばんは」
「くす、こんばんは。良い子にしてた? きゃっ!」
パンっ!
パーティードレスに身を包んだフローラがしばらくぶりにポールと顔を合わせ、嬉しそうに彼に挨拶を交わし、ポールの頭を撫でようとしていたフローラの手をセシリアが払い除ける。
「何するのよ、またっ!?」
「はしたないわね。ポールは、農家の子供なの。フローラみたいな高貴で立派な血筋の女性が気安く触ったら、あなたの手が汚れちゃうわ」
「あんたこそ、毎日触ってるんじゃない」
「うるさい、私は主だから良いのよ。挨拶済んだら、さっさと向こうへ行って。あんたと話す暇ないから」
「キイイイっ! 性格悪すぎ!」
「せ、セシリア様。なにぶん、こういう場での喧嘩は、どうかお控え願います」
「はいはい。んじゃ、行くわよ、二人とも」
二人の口論に見兼ねたアンジュが慌てて割って入り、ムキになっていたフローラを置いて、セシリア達が去っていく。
ポールも申し訳ない気分にはなっていたが、セシリアの命令は絶対なので、フローラに軽く会釈して主に付いて行く。
それでも、ポールの気遣いに嬉しくなったのか、フローラも微笑みながら彼に手を振り、彼女の笑顔を見て、少しドキっとなってしまった。
「一緒にどうですか?」
「ええ、お願いするわ」
舞踏会の時間になり、招待された貴族達が、セシリアをダンスに誘い、彼女もそれに応じて、優雅なバイオリンの演奏に乗せてダンスをする。
その様子を会場の隅でポールは眺めていたが、やはり複雑な気分にはなっていた。
「ポール、良かった一緒に踊らない」
「っ! ふ、フローラ様……あの、申し訳ありませんが、今日はちょっと……」
「良いじゃない、一緒に踊りましょうよ。使用人としてはならないなんて、単なる慣習でしかないんだから」
セシリアを眺めていると、フローラが案の定、またポールを誘ってきたが、ポールは今度は頭を下げて断る。
しかし、フローラはポールの手を握って、強引に引き寄せ、彼を抱いてダンスのステップを始めていった。
「あ、あのっ!」
「ふふ、レディーの誘いは主の命令に優先するのよ。よく覚えておきなさい」
「困ります、僕なんかと……」
と必死に首を横に振って断るが、やはりフローラも貴族なので、彼女の誘いを強く断る事が出来ず、止むを得ず、セシリアに見られないように祈りながら、フローラとダンスをしていったのであった。
「セシリアとはよく踊るの?」
「たまに……」
「そう。でも、酷いわね、あの子。使用人だからって、ポールを隅っこにぞんざいに置き去りにするなんて。貴族の風上にも置けないわ」
「ぞんざいには扱われてません。セシリア様は本当に良くしてくれています」
「ふーん。本当かしら? きゃあっ!」
ポールが少しムっとなってそうフローラに答えると、急に彼女の背後に誰かがぶつかり、
「あら、ごめんなさい」
「セシリア……覚えておきなさい」
「こっちこそ。ポール、あんたもよ」
「はいい……」
セシリアが白々しい態度で、フローラに謝った後、ポールを睨みつけてそう告げ、ダンスを再開する。
このままだとセシリアに鞭打ちされるかもしれない――そう怯えながら、フローラと踊り続け、舞踏会の時間は過ぎていった。
「何で、あんたまで同じホテルなのよ」
「偶然よ。良いじゃない、別に」
舞踏会が終わった後、セシリアはアンジュとポールを連れて、近くに予約していたホテルへと向かうが、フローラも同じホテルに泊まる事になり、白々しくも付いて来ていた。
「それにしても、最後までポールと踊らなかったのね。あんたが、他の男と踊ってるの見て、ポール、泣きそうな顔してたわよ」
「お生憎様。悪いとは思ってるけど、これも私の仕事だと彼も理解してるわ。むしろ、あんたこそ、ポールを強引に誘ったりして、彼に引かれてるわよ。貴族の品位を落とす行為だわ」
「どうかしらね? 楽しかったわよね?」
「は、はい」
「この……ポール、ちょっと来なさい」
「はううう……」
思わず、そう頷いたポールをキッと睨みつけて、彼の手を引いて、セシリアが自分の部屋へと連れて行く。
「んで、どういう事?」
「あの、フローラ様に無理矢理……はううっ!」
セシリアが鋭い目で、ポールになぜフローラの誘いを断らなかったのか詰め寄ると、答えあぐねていた彼の頬を抓る。
「私の命令を無視したら、どうなるかわかってるわよね? そんなに鞭打ちされたい?」
「す、すみません! 罰は受けますので……」
「はあ……罰を受ければあの子と踊った事を許すと思わない事ね。今、鞭はないから、仕方ないわ。フローラ、来なさい」
「うわっ! な、何よ!」
セシリアがドアを開けると、聞き耳を立てていたフローラが転倒しながら、部屋に飛び込んでくる。
「やっぱり居たのね。ったく……今日は、これで勘弁してあげるわ。もう二度と、この馬鹿の誘いに乗らない事ね」
「え……んっ!」
「んっ、んんっ!」
「なっ!?」
そう言って、セシリアがポールと不意に口付けを交わし、フローラも驚いて目を見開く。
「んっ、ちゅっ……ポール、私のこと、愛してるわよね?」
「は、はい」
「宜しい。くす、じゃあもう戻りなさい」
そう頭を優しく撫でた後、セシリアがポールに告げ、彼も頭を下げて、自身の寝室に戻る。
二人の様子を見ていたフローラはしばし呆然としていたが、
「ふん、無理矢理キスしたんじゃない」
「どうかしら? あの子の言葉を聞いてなかったの?」
「あんたが言わせたんでしょうが。見てなさい……近い内、立場を逆転させてやるから」
二人の絆をフローラに見せつけたつもりだったが、逆にセシリアのキスを見て負けず嫌いのフローラに火をつけてしまいま、一方的に対抗心を燃やしていったのであった。




