第十七話 女主人への挑戦状
「あ、あのー……」
「何よ?」
「はうう……いえ、その……やっぱり、恥ずかしいと言うか……」
夜になり、セシリアの部屋に呼び出されたポールは彼女にシースルーの寝巻き姿のまま、胸に顔を埋めて抱きつかれて、一夜を過ごすよう命令される。
十四歳の彼にとっても、まだまだ刺激が強すぎるので、とても耐え難い状況ではあったが、セシリアは無理を承知で、お仕置きも兼ねて、幼い使用人を抱き枕として使用していたのであった。
「命令よ。聞けないの?」
「はうう……」
彼女の豊満で暖かい肌に直に触れ、ポールも興奮を抑えきれなくなっていたが、セシリアは彼を挑発するようにぎゅっと抱きつく。
しかし、セシリアは不安げな顔をしながら、ポールへのハグをいつも以上に強くし、彼の肌の温もりで必死に安心を得ようとしていたのであった。
「フローラの所に行ったら、死刑よ。わかってる?」
「はい……あの、絶対に行きませんから……」
「んもう。その割りに、今日もデレデレしてたじゃない」
そんなつもりは全くなかったが、セシリアはまだ信用出来なかったのか、ポールの頭を撫でながら、更に胸の谷間に顔を挟み込む。
ポールも男の子なので、この状況はあまりにも刺激的過ぎるのだが、主が不安になっている事は感じ取り、
「あの、フローラ様とセシリア様って、一緒に住んでたんですか?」
「まあ、小さい頃に、少しだけね。三ヶ月くらいだったかしら。フローラの両親が、ちょっと海外に仕事に行っていたから、その間、あの子が家に預けられてたのよ」
フローラがこの屋敷に一緒に住んでいたと聞いて、セシリアにその事の真偽を問い詰めると、セシリアも溜息を付いて渋々話し始める。
「子供の頃は、妹みたいに懐いていたんだけどね。いつの日か、私の方が美貌で買ってる事に嫉妬し始めて、突っかかって来たのよ。全く、逆恨みも甚だしい女だわ」
「はは……」
自分でそうさらりと言ってしまう、セシリアの話を聞いて思わず苦笑いしてしまうポール。
彼女は自分自身に絶対の自信を持っており、美しさでも誰にも負けてないという自負を持っているのだが、それが周囲の反発を招いているのではと思い始めていた。
「んー、気取った女だと思ってるでしょ。でも、事実だからしょうがないわ。昔から、私を妬んで、陰口を叩く人もいたけど、私には心地良いくらいだったもの。あの子が私を妬むのもわかるわ。でも、ポールを奪おうとするのは許せない。例え、全財産を差し出すと言っても渡すものですか」
「うぎゅう……」
と、力強く言いながら、ポールを胸の谷間に埋め、彼も息苦しさを感じつつも、嬉しくて胸が温かくなる。
自分をここまで想ってくれる事が嬉しくなってしまい、セシリアに益々、甘えたくなってしまったのであった。
「へへ、セシリア様……」
「ん? こら、甘えん坊ね……何度も言うけど、私はママじゃないのよ」
「はい」
未だに母親みたいに甘えている事に、セシリアも複雑な気分を抱きながらも、満更でもない顔をして、釘を刺す。
実際、こうして抱いていると、息子を抱いてる様な気分にもなり、主と幼い使用人はお互いの温もりを感じながらも、そのまま一夜を過ごしていったのであった。
「セシリア、開けなさい」
ドンドンっ!
翌日の朝になり、フローラが屋敷に押しかけ、玄関のドアをどんどん叩いて、中に入れるよう叫ぶ。
「あの、セシリア様……」
「入れちゃ駄目よ。不審者を家に入れるなと、散々言ってるじゃない」
「ですが……」
涼しい顔をして紅茶を飲みながら、困惑するアンジュに指示するが、アンジュも仮にも主の従妹で貴族であるフローラを邪険にするのは気が引けるのか、不安げな顔をして、外を時折眺める。
フローラはドレス姿で、屋敷に来ており、どうもポールをどこかに誘うつもりで、屋敷に来ている様だったので、セシリアも断固屋敷に入れない様にしていたのであった。
「開けなさいよ、このっ!」
「全くはしたない女ね。仕方ない、出るわ」
ドアを蹴ってきたので、流石に静観出来なくなった、セシリアが嘆息しながら、玄関に行き、ドアを開くと、
「やっと開けたっ! あんた、可愛い妹分をよくそこまで邪険に扱えるわね!」
「勝手にそう言ってるだけじゃない。で、用は何? 一分以内にこの場で伝えて」
「ポールに会いに来たの」
「じゃあね」
「おっとっ! そうは行かないわよ!」
ドアを閉めようとしたセシリアであったが、閉まる寸前に足を挟んで、ドアが閉まるのを阻止するフローラ。
「ちょっと、何やってるのよ!」
「くす、この靴、鋼鉄で出来てるから、痛くないのよねえ。ドアをいくら叩いても無駄よ」
「このアマ……ああ、もう何なのよ! ポールは渡さないわよ! 全財産を差し出しても無駄だからね!」
「それを決めるのはあなたじゃなくて、ポールじゃなくて? 自分の物だって言うけど、執事を物扱いするなんて、ひどい主ね。使用人をみんな物扱いしてるの。最低ね」
「お生憎、彼も私に服従を誓っているので、問題ないわ。もういい加減にしてよ! 帰って!」
「帰らないって言ってるでしょ、入れなさいよ!」
ドアを閉めようとするセシリアとフローラがお互い玄関でいがみ合い、見兼ねたアンジュとほかのメイド達が止めに入る。
「セシリア様、ここで喧嘩されても……」
「だったら、この馬鹿を追い出しなさいよ!」
「は……あの、フローラ様。今日の所はお引取りを……」
「嫌よ。無理に追い出したら、お母様に言いつけてやるわ」
「叔母様は関係ないでしょうが!」
アンジュも帰るように促すが、フローラは聞く気はなく、不毛な口論が延々と続く。
どうした物かと溜息を付いていた所で、
「あのっ!」
「ポール!? 来るなと言ったでしょ!」
「いえ……セシリア様が困っているので……あの、フローラ様!」
騒ぎを聞いて、四階の部屋で待機しろと命じられたポールがフローラに駆け寄り、
「えっと、ご用件は何でしょうか?」
「きゃー、ポール、嬉しいわ。私に会いに来てくれたのね。へへ、今度、一緒にデートしない?」
「帰れっ!」
「あんたに言ってるんじゃないわよ! ポール良いでしょう、ね?」
「あの、気持ちは嬉しいのですが……うわっ!」
断ろうとした所、フローラがポールの胸倉を掴んで、外に引き寄せる。
「ふふ、あなたの気持ちを聞かせて、ポール」
「ですから、お誘いには……」
「セシリアも一緒で良いわよ。ただし、あんた一人で来なさい」
「っ!」
鬼のような形相になっていたセシリアにフローラがビシっと指差して、そう言うと、セシリアも歯軋りして、
「嫌よ」
「あら、逃げる気? どっちが彼の主に相応しいか決めない?」
「ふざけないで。私の方が相応しいに決まってるわ」
「逃げるのね。あーあ、セシリアも落ちたもんだわ」
「きっ! ああ、わかったわよ! 別に彼をかけるつもりはないけど、そこまで言うなら叩き潰すわ!」
フローラの挑発にムキになって乗ってしまい、ポールも驚いた顔をする。
負けず嫌いのセシリアの性格をよく理解していたフローラもしてやったりとした顔をし、
「じゃあ、今度、この場所に来て。じゃあねー」
「ふんっ!」
フローラが場所と日時を示した手紙を渡し、ようやく屋敷を去る。
いつもは自分を振り回していたセシリアがフローラに振り回されてるのをみて、ポールも複雑な気分になり、挑発に乗った事に後悔している主を眺めていたのであった。




