第十六話 ご主人様のライバルは諦めが悪い
「セシリア様、今日の郵便物です」
「ご苦労。そこに置いておいて」
朝になり、屋敷に届いた郵便物をアンジュがセシリアに袋に入れてまとめて渡し、セシリアも一通、一通、手紙を確認する。
貴族であり、農園の経営者でもある彼女の下には、連日大量の郵便が届き、それをチェックするのも彼女の大事な仕事でもあった。
特に最近は家に届く郵便に目を光らせており、使用人に届いた分まで、郵便物の送り主を一人一人入念にチェックしていた。
「っ! あの女……」
「どうなされました?」
「いえ、何でも。アンジュ、これはあなたへの手紙ね。娘さん、今、全寮制の学校に居るんでしょ。たまには会ってあげたら」
「そうですね。次の休暇で時間が合えば」
ある便箋を見て、セシリアが一瞬、歯軋りをしたが、すぐに表情を取り繕いアンジュに娘が送った手紙を渡す。
そして、セシリアが送られた手紙の束を持ち、自分の部屋へと一旦、戻っていった。
「これでよしと」
灰皿の上に先ほど、届いた便箋を置き、マッチで燃やして灰にする。
「フローラの奴、またポールに手紙を送ったりして……何のつもりよ、全く」
ここ数日、立て続けにフローラがポールに手紙を送り続け、そのたびに、セシリアが焼き捨てていた。
中身を覗き見するのは流石に気が引けたのでしてなかったが、相変わらずポールにどうにかして接触を試みようとしている従妹に苛立ちを隠せず、どうにかフローラとポールを遠ざけたいと考えていたが、晩餐会や親族同士の集まりで、フローラとは嫌でも顔を会わす事になり、そこでポールの事を聞かれるのは間違いないので、その事がセシリアの苛立ちをさらに募らせていた。
「しょうがないわ。もうポールに手紙を送るなと書いてやるわ」
効果があるかわからないが、フローラに二度とポールに手紙を送るなと警告の手紙を書く。
もちろん、言う事を聞くとは思えないが、とにかくこれ以上、フローラとポールを関わらせない様に、セシリアも神経を使っていたのであった。
「これでよし。後はアンジュに……いえ、自分で出そうかしら」
簡単に『ポールに手紙を出すな』と一文を書き、便箋に収めた所で、この手紙をいつどう出そうか考える。
使用人に出させると、不審に思われそうなので、自分で出した方が良いと考えていた所、
トントン。
「失礼します。セシリア様、お茶をお持ちしてまいりました」
「ご苦労、ポール。そこに置いておいて」
「はい」
と、紅茶の入ったティーポットとカップをポールが持ってきたので、そこの机に置かせる。
そして、ポールが一礼して、部屋を出ようとすると、
「待ちなさい、ポール」
「はい。何か?」
「ちょっと来なさい」
セシリアがポールを手招きして呼び寄せ、彼女の元に向かうと、
「ここに座りなさい」
「え? あ……はい」
椅子に座っていたセシリアが膝の上に乗るようにポールに命令すると、ポールも即座に応じて、主の膝の上に乗る。
「ふふ、素直になったじゃない」
「いえ……本当に良いのかなって思って……」
「私の命令よ。それに二人きりなんだから、恥ずかしがる必要はないでしょう」
と、後ろから抱きつきながら、セシリアがポールにそう微笑みながら言い、ポールもうれしそうに彼女の胸元に頬を押し付けて甘える。
「こら、何やってるのよ、もう」
「すみません。でも、セシリア様、何だかお母様みたいで……」
「お、お母様……」
セシリアの膝の上に抱かれ、彼女に抱かれると、まるで母親に甘えている様な安心した気分になっていたので、ポールが思わずそう言うと、セシリアも顔を引きつらせる。
彼は善意で言ったつもりであったが、セシリアはショックを受けてしまい、
「ポール、私、まだあなたみたいな息子を持つ年齢じゃないの。わかる?」
「はい。でも……」
「でもじゃないの。お母様じゃなくて、せめてお姉さまと言いなさい。と言うか、私はあなたの主人よ。母親じゃないの、わかる?」
と、頬を抓りながら、セシリアが釘を刺すようにそう言い、ポールも頷く。
セシリアが怒っているようであったが、何故怒っているのか、ポールはよく理解出来ず、頬を抓られながら首を傾げていた。
「まったく、あなた、まだ子供なのね」
「す、すみません」
「まあ、良いわ。事実だし。もう行きなさい」
「はい」
まだまだポールは十四歳である上に、彼が年齢以上に幼い事を思い知らされたセシリアは溜息を付いて、彼にもう行く様命じ、ポールも立ち上がって、セシリアの部屋から出る。
母親みたいと言われて、セシリアも複雑な気分にはなっていたものの、ポールが自分に懐いてくれた事は嬉しく、我が子を見守る母親の様な穏やかな目をして、彼を見送っていったのであった。
「セシリア様、やっぱり優しいなあ……」
屋敷の裏庭で草取りをしながら、セシリアに頭を撫でられた時の事を思い出し、頬を緩ませるポール。
厳しい所もあるが、自分の事を大事に想ってくれてる事は十分に伝わっていたので、彼も嬉しくなってしまい、美しい主への思慕の情は高まるばかりであった。
しかし、自分はあくまでも使用人で、セシリアは貴族。
将来付き合ったり、結婚する事になれば、セシリアは農民と結婚したとして、必ず後ろ指を刺されてしまうと不安になってしまい、やはりセシリアとこれ以上の関係になるのは難しいのかと、草むしりをしながら、悶々と考えていた所、
ガサガサ。
「ん?」
「ヤッホー、ポール♪」
「うわあっ!?」
急に茂みがガサガサ蠢き始めたので、蛇でも居るのかと身構えていると、急に茂みから女性が飛び出してきたので、驚いてひっくり返る。
「くす、驚いた?」
「ふ……フローラ様! どうして……」
「どうしても何も、何日も手紙送ったのに、全然返事くれないんだもん。心配になったから、来ちゃった♪」
と、ブラウスとロングスカートと言う庶民のようなラフな格好で、フローラが面食らっていたポールにそう言い、彼も貴族らしからぬフローラの思い切った行動に唖然とする。
「実は子供の頃、この屋敷に何ヶ月か住んだ事あるのよね。セシリアともよく屋敷の庭で遊んだわ。だから、ここの事はよくわかってるの。くす、裏庭の入り口の鍵、簡単に開いちゃうのよね、これで」
「あ、あの……どうして……うわっ!」
フローラが裏庭の入り口の鍵を開けた針金を手にして、得意気にそう説明すると、ポールに顔を近づけ、
「くす、わかってるわ。どうせ、セシリアが私への手紙を全部、あなたに渡す前に、取り上げて焼き捨てたんでしょ。そんな事だろうと思って、今日はあなたに直接、手紙を渡しに来たわ」
そう言いながら、懐から数枚の便箋をフローラが取り出し、ポールに手渡す。
「今すぐ、読んで」
「は、はい……」
そう命じると、ポールもすぐに便箋を開けて、フローラの手紙を読む。
「…………は、はうう……」
「くす、どうだった?」
「あの、これ……」
「この手紙に書いてある事が、ポールへの私の気持ちよ。ああ、良いわね。貴族と平民の道ならぬ恋……しかも、相手は幼馴染の従姉の執事なんて。くす、ねえ、ポール。セシリアの所じゃなくて私の所に来ない?」
「それは……」
「悪い様にしないから。ね? 良いでしょ、来てよ。給金は弾むし、セシリアより可愛がってあげるから」
と、ポールの顔を胸に押し付けて、甘えるような声でねだるが、そんな事を言われても返事など出来ず、ポールも困り果てていた。
「気が向いたら、ここに手紙出して。待ってるから」
「ポール、何を騒いでいるの?」
「っ!? せ、セシリア様!」
ポールに住所を書いたメモを胸ポケットに入れてそう言うと、セシリアの声が
「あら、来たのね。くくく……」
「ポール……なっ!? フ、フローラ! どうして、ここにっ!?」
「ちょっとお話をね。もう帰るから、じゃあねー。ちゅっ」
「ぬわあっ!? ま、待ちなさい、こらあっ!」
セシリアがフローラと対面すると、フローラは彼女に見せ付けるようにポールの頬にキスをして、屋敷から逃げ出す。
追いかけるセシリアであったが、フローラの方が足が速く身軽な格好をしていたので、追いつけず、用意していた馬に乗って逃げられてしまった。
「はあ、はあ……くそっ! あの女……ポールっ!」
「はいっ!?」
「あいつに何言われたの!? 正直に全部、言いなさい! 命令よ!」
「はいいっ!」
セシリアにそう命じられ、フローラに言われた事を全て彼女に話すポールであったが、セシリアは顔を真っ赤にし、
「もう許さないわ、あの女……絶対に屋敷に入れてやらないんだからね! 来なさい、ポール!」
と言いながら、ポールの手を引き、屋敷に戻る。
しかし、これでフローラが引き下がる訳はないとセシリアもポールも思っており、頭を悩ます日々は続いていったのであった。




